赤星たみこの「がんの授業」

【第十三時限目】がんと免疫 免疫療法は開発途上。過信せず、賢くつき合おう

監修●吉田和彦 東京慈恵会医科大学附属青戸病院副院長
構成●吉田燿子
発行:2004年11月
更新:2019年7月

  

赤星たみこ(あかぼし・たみこ)●漫画家・エッセイスト

1957年、宮崎県日之影町(ひのかげちょう)のお生まれです。1979年、講談社の少女漫画誌『MiMi』で漫画家としてデビュー。以後、軽妙な作風で人気を博し、87年から『漫画アクション』で連載を始めた『恋はいつもアマンドピンク』は、映画化され、ドラマ化もされました。イラストレーターで人形作家の夫・新野啓一(しんの・けいいち)さんと、ご自身を題材にした夫婦ギャグをはじめ、あらゆるタイプの漫画で幅広い支持を得ていらっしゃいます。97年、39歳の時に「子宮頸がん」の手術を受けられ、子宮と卵巣を摘出されましたが、その体験を綴ったエッセイ『はいッ!ガンの赤星です』(『はいッ!ガンを治した赤星です』に改題)を上梓されました。

免疫力にはがんを抑える効果がある!

「免疫力を上げて、がんを乗り切ろう!」

がん患者さんからそんな言葉を耳にすることがよくあります。

人間の体は、生まれながらにして自然治癒力を持っています。この自然治癒力の鍵を握るのが、体内の免疫システムです。

免疫力が高まれば高まるほど、がんの予防や治癒に効果がある、というわけで、今や「免疫力」は健康問題を語る上で欠かせないキーワード。

しかし、私も、「免疫力っていったいなぁに?」、「免疫力が上がると、がんに対してどんな効果があるの?」と聞かれると、心もとない返事しかできないのも事実です。そこで今回は、がんと免疫の関係について詳しく勉強してみたいと思います。

免疫とは何か。それは、病原体などの異物の侵入から身を守るために、人間の体が生まれながらにそなえている防御のメカニズムのこと……と、私は思っていました。ところが、免疫とはこれだけではなかったんです。

免疫を正しく言うと、自己とそれ以外のもの(非自己)とを区別し、非自己を排除する仕組みです。防御システムはその一つというわけです。

人間の体の中では、たえず目に見えないがん細胞が発生しています。ところが、こうしたがん細胞の多くは、本格的な発がんに至る前に消えてしまいます。いったいなぜ?不思議に思いませんか?

こうした目に見えないがん細胞の数が100万個以下なら、人間の体でコントロールできる、つまりやっつけてくれると推定されており、これは免疫機能の働きによると言われています。つまり、免疫力にはたしかにがんを抑える効果があるのです!

では、免疫とはどのような仕組みで起こるのでしょうか。

免疫細胞にはさまざまな種類があり、互いに密接に連絡をとりあいながら働きます。そして、体内に侵入した病原体などの異物を「非自己」と認識すると、さっそく攻撃を始めるのです。

まず最初に出動するのが、マクロファージや好中球(白血球の一種)などの“自然免疫”チームです。これらは、いわば血管内を常にパトロールしている白バイ隊のようなもの。異物とみるや手当たり次第にしょっぴいて、餌食にしてしまいます。

ところが、相手が強力なウイルスなどの“凶悪犯”になると、さしもの白バイ隊もお手上げです。そこでマクロファージは、サイトカインという物質を出して、リンパ球に助けを求めます。

リンパ球は「B細胞」や「T細胞」からなり、T細胞には「ヘルパーT細胞」「キラーT細胞」などがあります。

マクロファージからSOSを受け取ったヘルパーT細胞は、B細胞に「抗体」を作る指令を出します。B細胞は病原体の表面にある「抗原」に向けて、目印となる抗体を発射します。抗体の働きは、抗原を無害化したり、「病原体はここにいるぞ!」と仲間に伝えることです。この知らせを受けたキラーT細胞が、さらに病原体を攻撃し、やっつけてしまいます。このことからキラーT細胞は「殺し屋」の異名まで持っています。

とまあこんな具合に、体内ではさまざまな免疫細胞がネットワークを作り、日々、病原体と闘ってくれているのです。

免疫療法に副作用がないと考えるのは早計

こんなに強力な免疫システムがあるのなら、がん細胞のような邪魔者だってなんとかしてくれそうなもの……ところが、そうは問屋がおろさないのですね。

というのも、がん細胞は完全な異物ではないからです。がん細胞は、もともと体内の自分の細胞の遺伝子に傷がついて変化したもの。だから、がん細胞の抗原は、外からは判別が難しいのです。抗原が見えにくいと、免疫システムの攻撃目標にならない。だから、がん細胞には免疫が有効に働かないのですね。

しかし、我らが免疫システムも手をこまねいているわけではありません。実は、がん退治の伏兵が最前線に控えています。それが、リンパ球の一種の「ナチュラルキラー(NK)細胞」です。NK細胞は、マクロファージと同じ“自然免疫”チームに所属し、血管内をパトロールしています。ところが、このNK細胞、ただの白バイではない。「生まれながらの殺し屋」で、がん細胞を攻撃して殺す性質を持っている。

ただ、それをどういう方法で殺すのかはまだわかっておらず、その殺傷能力は、キラーT細胞に比べると、それほど強くないといわれています。

じゃあ、殺傷能力はキラーT細胞のほうが強いなら、そっちにたよればいいじゃん? と思うでしょうが、キラーT細胞は非自己と認識したものにはものすごく強いのですが、非自己として認識しにくいがん細胞には弱いという問題点があるのです。

NK細胞はがん細胞を見分ける力は強いけど、殺傷能力はやや弱い……。だからNK細胞だけですべてのがん細胞をやっつけられると思うのは、荷が重過ぎるでしょう。

では、免疫メカニズムの効用とは、体の自然治癒力を高めてがんを予防することだけなのでしょうか。それとも、できてしまったがんをやっつける力も、本当にあるのでしょうか。

ここで、免疫の仕組みをがん治療に応用した「免疫療法」について考えてみたいと思います。

免疫療法が本格的に医療の現場に登場したのは、1970年代のことです。

初期に登場した免疫療法のひとつに「免疫賦活剤」があります。これはキノコや細菌、植物などから有効成分を抽出し、免疫力を高めるための薬として作られたものです。代表的なものとしては、カワラタケから抽出されたクレスチンや、連鎖球菌から作られるピシバニールなどがあります。この免疫賦活剤は副作用が弱いこともあって80年代に一世を風靡しました。しかし、十分な治療効果が得られず、今では化学療法などと併用して補助的に使われています。

免疫システムを利用した薬としてよく知られているものに、インターフェロンがあります。

インターフェロンとは免疫細胞が分泌するたんぱく質で、サイトカインの一種です。これも一時期、「副作用がない夢の新薬」ともてはやされたのですが、実際に使ってみると、発熱やうつ病などの激しい副作用が出ることがわかってきました。

免疫療法の目的は、免疫細胞に元気になってもらって、がんと闘ってもらうことです。自分の免疫システムで闘ってもらうことですから、免疫療法には「副作用が少ない」というイメージがあります。

しかし、「免疫療法には副作用なんてあるはずがない」と考えるのは早計です。たとえば植物やキノコなどから有効成分を抽出したタイプの健康食品は、エキスが濃縮されているだけに、抗がん剤と同じような副作用が出てしまうことも多いのです。

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