赤星たみこの「がんの授業」

【第十六時限目】リンパ浮腫 リンパ節郭清は、必要最低限にするのが最近の考え方

構成●吉田燿子
発行:2005年2月
更新:2019年7月

  

赤星たみこ(あかぼし・たみこ)●漫画家・エッセイスト

1957年、宮崎県日之影町(ひのかげちょう)のお生まれです。1979年、講談社の少女漫画誌『MiMi』で漫画家としてデビュー。以後、軽妙な作風で人気を博し、87年から『漫画アクション』で連載を始めた『恋はいつもアマンドピンク』は、映画化され、ドラマ化もされました。イラストレーターで人形作家の夫・新野啓一(しんの・けいいち)さんと、ご自身を題材にした夫婦ギャグをはじめ、あらゆるタイプの漫画で幅広い支持を得ていらっしゃいます。97年、39歳の時に「子宮頸がん」の手術を受けられ、子宮と卵巣を摘出されましたが、その体験を綴ったエッセイ『はいッ!ガンの赤星です』(『はいッ!ガンを治した赤星です』に改題)を上梓されました。

がんの手術の際に、しばしば、患部周辺のリンパ節を取り除くことがあります。これをリンパ節郭清と言います。リンパ節郭清はがん細胞がリンパ節経由で転移するのを防ぐために行われます。

しかし、リンパ節を郭清してしまうと、さまざまな問題が出てくるのです。

その一つが「リンパ浮腫」。これはリンパ節郭清にともなう後遺症の代表的なもので、最近はこの問題が大きくクローズアップされるようになってきました。

今回は、がんとリンパ系の関係について、リンパ節を郭清するとなぜリンパ浮腫ができるのか、ということを勉強してみたいと思います。

がんは血管を通して転移しているという説も

日本では、がんの手術の際に周りのリンパ節も取り除くのが常識でした。なぜなら、「がんはリンパ節から全身に転移する」と考えられてきたからです。

「がん細胞はまずリンパ節に転移し、リンパ管に入って全身に転移する。だから転移を予防するためにも、最初からリンパ節をとってしまったほうがいい」

この理論に基づいて、リンパ節の郭清が行われてきたわけです。

しかし、がんは本当にリンパ管を通して転移するのでしょうか? その可能性ももちろんあるのですが、最近は、リンパ管よりも血管を通してがんが転移する可能性のほうが大きいのではないか、と考えられるようになりました。

たしかに、がん細胞の身になって考えれば、血管を使って移動したほうがはるかにおトクです。なにしろリンパ管よりも血管のほうが、栄養が豊富で管も太い上に、心臓のポンプ力で高速移動も可能なのですからね。リンパ管がアナログの電話回線だとすれば、血管はいわば光ファイバー網。悪賢いがん細胞なら、光ファイバー網を使わないはずはないでしょう。

がんが血管を通じて転移するのであれば、リンパ節だけとっても意味がないことになります。とはいえ、明らかにリンパ節に転移がある場合は、除去したほうがいいに決まっています。そこで最近は、「やみくもにリンパ節を郭清するのではなく、必要最低限のリンパ節だけを除去する」という考え方が広まってきています。

リンパ節の郭清のしかたは、がんの種類によってもちがってきます。現在、がんとリンパ節の関係について最も研究が進んでいるのが乳がんです。

今では乳がんが転移するとき、「最初にどのリンパ節に向かうのか」がわかっているので、このリンパ節を生検(=センチネルリンパ節生検)して転移が見つかったときだけ、手術で周辺のリンパ節を郭清する方法が広まっています。

一方、子宮がんのような婦人科系のがんでは、今のところセンチネルリンパ節の存在はわかっていません。

胃がんについてはまだ実用段階には至っていないのですが、今、さかんに調べられています。オランダでは胃がんのリンパ節郭清が有効かどうかについて臨床試験が行われています。それによると、「リンパ節を広範囲に郭清してもしなくても生存率に差はない」という結果が出たとか。これが本当なら従来の常識が覆されるだけに、今後の研究の行方に注目したいところです。

リンパ浮腫はリンパ管がつまって起こる病気

さて、次にリンパ浮腫について考えてみましょう。

リンパ浮腫には生まれつきのものと、乳がんや子宮がん、前立腺がんなどの手術でリンパ節郭清をした後におきるものとがあります。

そういえば、私も子宮がんの手術をしたとき、子宮を全摘するついでに、子宮の周囲のリンパ節も全部取ってしまいました。幸いリンパ浮腫の症状は今のところ出ていないのですが、「10年後、20年後に出る場合もありますよ」とあるお医者さんに聞かされ、ビックリしたことがあります。

手術後、検診のたびに先生が私の足のむくみをチェックしていたけれど、あれはリンパ浮腫の有無を確認していたのですね。笑えるのが、病室の隣りのベッドにいた子宮筋腫の患者さん。朝の回診で、先生が彼女の足を見て、「あっ、こんなにむくみが!」と心配したんですが、彼女が「いえ、元から太いんです」と。まわりのベッドの患者さんも看護婦さんも、思わず吹き出してしまったのを覚えています。

リンパ浮腫はなぜ起こるのでしょうか。それをお話しする前に、まずリンパ系の働きについておさらいしてみましょう。

私たちの体内には、血管と並んで、リンパ管が全身にはりめぐらされています。血液は動脈を通って全身に行き渡り、毛細血管によって体のすみずみまで運ばれます。そして毛細血管から外に浸み出し、体の細胞組織に栄養を運ぶのです。

“使用済み”になった血液の多くは、近くの静脈に吸収されます。しかし、その一部はリンパ管に吸収されて、静脈に送られます。このリンパ管とリンパ節による一連のネットワークのことを「リンパ系」といいます。

では、リンパ節とは何なのでしょうか。これは、リンパ管のところどころにある直径10~30ミリほどの楕円形をした組織で、ワキの下やあごの下、足の付け根などに集中しています。体内には数百個のリンパ節があるといわれ、主にリンパ管に侵入した異物などをとりのぞくフィルターとして働いているようです。

このリンパ節や胸腺、脾臓などで作られるのが、リンパ球です。リンパ球とは白血球の一種で、免疫をつかさどる大変重要な役割を持っています。

リンパ球にはB細胞、T細胞、ナチュラルキラー細胞の3つがあり、それぞれ体内に侵入した細菌やウイルス、がん細胞を撃退するべく大活躍しています。リンパ系とは人間の体を守る上でなくてはならない“免疫の牙城”なのです

リンパ浮腫とは、何らかの理由でリンパ管がつまったことによって起こる病気です。先ほども説明したように、毛細血管から浸み出した血液中の水分は、いったん体の細胞組織に取り込まれた後、静脈に戻ります。しかし、血液中の蛋白成分はすぐに静脈に戻ることができず、まずリンパ管に吸収されます。リンパ管を“排水管”として使い、最後に静脈に合流して心臓に向かうわけです。

ところが、手術でリンパ節を郭清してしまうと、この排水システムが壊れてしまいます。するとリンパ液がうまく流れなくなり、リンパ管に吸収されるはずの蛋白成分が皮下組織にたまってしまいます。蛋白成分には水分をひきつける性質があるので、皮下組織に水分がたまり、足や腕がむくんでしまうのです。

むくみくらい、それほど大変なことじゃないんじゃない? と思ったアナタ、甘いです! NHKのテレビ番組でリンパ浮腫に悩む患者さんのことが紹介されていました。その方は、がんの手術でリンパ節を郭清した後、なんと足が3倍もの太さに膨れ上がってしまったというのです。

リンパ浮腫を放っておくと、足や腕が極度に肥大して変形してしまうことがあります。痛みや麻痺が出て、ひどいときには歩行困難になったり、皮膚が硬くなって象の皮のようになる「象皮病」になることもあるとか。たかがむくみと侮っていると、生活の質(QOL)は確実に低下します。

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