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赤星たみこの「がんの授業」
【第十八時限目】臨床試験 臨床試験と人体実験はどう違う? 治験って何?
赤星たみこ(あかぼし・たみこ)●漫画家・エッセイスト
1957年、宮崎県日之影町(ひのかげちょう)のお生まれです。1979年、講談社の少女漫画誌『MiMi』で漫画家としてデビュー。以後、軽妙な作風で人気を博し、87年から『漫画アクション』で連載を始めた『恋はいつもアマンドピンク』は、映画化され、ドラマ化もされました。イラストレーターで人形作家の夫・新野啓一(しんの・けいいち)さんと、ご自身を題材にした夫婦ギャグをはじめ、あらゆるタイプの漫画で幅広い支持を得ていらっしゃいます。97年、39歳の時に「子宮頸がん」の手術を受けられ、子宮と卵巣を摘出されましたが、その体験を綴ったエッセイ『はいッ!ガンの赤星です』(『はいッ!ガンを治した赤星です』に改題)を上梓されました。
がん患者さんとお話をしていると、たまに「抗がん剤の臨床試験に参加した」という方にお会いすることがあります。でも、そう言われてピンと来る人は、そんなに多くはないのではないでしょうか。それもそのはず、欧米に比べて日本では、臨床試験に対する一般の認識はお寒いかぎり。なかには主治医に臨床試験への参加を勧められ、「臨床試験って一体、人体実験とどこがちがうのよ。ワタシ実験台になっちゃうの?」と一瞬、頭が真っ白になる人も少なくないようです。
自分の体で薬をテストするなんて……二の足を踏みたくなる気持ち、私も患者としてよーくわかります。おまけに、過去には試験データの改ざんや製薬会社がらみの贈収賄事件など、臨床試験をめぐるさまざまな不祥事がマスコミをにぎわせたとなれば、なおさらですよね。
しかし、厚労省も手をこまねいていたわけではありません。薬害エイズ事件をはじめとする過去への反省から、97年に新しい「医薬品の臨床試験の実施の基準」(新GCP)を法制化。臨床試験の品質管理が厳格化され、インフォームド・コンセントが義務付けられました。これを機に臨床試験のあり方も変わり、患者の意志と安全性を可能なかぎり尊重した形で行われるようになったのです。
では、患者のほうはどうでしょうか。臨床試験に参加するかしないか――これは患者にとっても家族にとっても、ひいては社会全体にとっても、大きな問題です。新薬や新しい治療法が世に出るためには、必ず事前に臨床試験で安全性と効果をテストしなければならず、そのプロセスを経ないかぎり、私たちはけっして先端的な治療法の恩恵に浴することはないのですから。
それを考えると、私たち患者も二の足を踏んでばかりはいられない! 臨床試験への理解を深め、自分の身を守りながらも積極的に関わっていくだけの気構えがあれば、自分も助かる、他の患者さんの役にも立つ、というわけです。しかし、まだ結果の出ていない新しい治療を初めて受けるわけですから、臨床試験のリスクとメリットをじっくり知っておかねばなりません。
動物で有効でも、人間に有効とは限らない
まず、「臨床試験」とは何か。なぜやらねばならないのか。動物実験で充分ではないのか。などの疑問を、私は持っていました。
しかし、世の中には鳥インフルエンザウイルスのように、ある特定の動物だけに作用して、他の動物には作用しないものもあります。それは薬も同じです。動物には効いても人間にはなかなか効かない薬もあります。特に抗がん剤はそうです。人間に効くかどうかは、人間で試してみないことには何もわからないのです。
新しく見つかった薬や治療法が、安全で有効かどうかを科学的に検証することが臨床試験です。臨床試験の対象となるのは、新薬や手術法などを含む、新しい治療法全般。中でも、新薬の製造承認を国から得るための臨床試験のことを「治験」と呼んで区別しています。
新薬の開発は、動植物や土壌に生息する微生物、化学合成などから薬効成分を探し出し、抽出・合成することから始まります。次に動物実験を行い、薬の有効性をテストします。しかし、仮に動物実験でよい結果が出たとしても、それだけでは新薬ができたことにはなりません。なぜなら、先に書いたように、動物実験の結果がそのまま人間にも適用できるとはかぎらないからです。
抗がん剤は他の薬とちがって毒性も強いので、取り扱いには注意が必要です。なにしろ抗がん剤は、第2次世界大戦中に使われたマスタードガスから生まれたという、いわくつきの“劇薬”。毒性と薬効が接近しているだけに、効果があるほど副作用も強いのが普通です。このため抗がん剤の臨床試験は、細心の注意を払って行われます。
段階的に確かめていく、がん治療の効果
がんの臨床試験は、一般の薬(治療法)と違って、フェーズ1からフェーズ3までの3段階に分けられます。
●第1相試験(フェーズ1)
薬剤の安全性を確かめるための試験です。段階的に少しずつ投与量を増やしていき、どのくらいまでの量まで安全か(最大耐容量)を調べます。効き目よりも、とくに重い副作用が起こらないかどうかに主眼が置かれます。少数の患者さんを対象に行われます。
●第2相試験(フェーズ2)
薬剤の効果と安全性について確かめる試験です。がんがどれくらい縮小するかということで薬の効果を見ます。また、患者さんの何パーセントに効果が出るか(奏効率)、どのがんに、どのくらいの量で効果が現れるか当たりもつけます。厚労省では、このフェーズ2までの試験結果にもとづいて、新薬の承認を行い、薬価が決まって発売となります。が、がんの縮小が必ずしも生存の延長に結びついていないことがここの問題点です。
●第3相試験(フェーズ3)
ここでは、新しい薬剤が既存の標準的薬と比較してどの程度効果があるのか、標準的薬と併用した場合にどのぐらいの延命効果があるのかなど、患者さんを2つのグループ(それ以上もある)に分け、新薬と既存薬の効果を比較します。試験は、薬の市販後に、多数の患者さんを対象として行われます。
このように、臨床試験というのは慎重の上にも慎重を期して進められます。「試験」という言葉から来る一抹の不安もあるでしょうが、実は「研究目的である」からこそ、「医療スタッフが総力を挙げて、患者の病状の変化を細大もらさず見守ってくれている」ともいえるわけです。そう考えると、なんだか心強いものがあります。
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