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赤星たみこの「がんの授業」
【第十九時限目】予後因子 余命を左右する予後因子。予後って何?
赤星たみこ(あかぼし・たみこ)●漫画家・エッセイスト
1957年、宮崎県日之影町(ひのかげちょう)のお生まれです。1979年、講談社の少女漫画誌『MiMi』で漫画家としてデビュー。以後、軽妙な作風で人気を博し、87年から『漫画アクション』で連載を始めた『恋はいつもアマンドピンク』は、映画化され、ドラマ化もされました。イラストレーターで人形作家の夫・新野啓一(しんの・けいいち)さんと、ご自身を題材にした夫婦ギャグをはじめ、あらゆるタイプの漫画で幅広い支持を得ていらっしゃいます。97年、39歳の時に「子宮頸がん」の手術を受けられ、子宮と卵巣を摘出されましたが、その体験を綴ったエッセイ『はいッ!ガンの赤星です』(『はいッ!ガンを治した赤星です』に改題)を上梓されました。
がんを語るとき、よく耳にするのが「予後」という言葉です。
「Aさんのがんは予後がいい(悪い)ですね」
「60歳でステージ4の○○がんの男性患者の予後は○年です」
といった具合に、医療の現場では、予後という言葉がさまざまな使われ方をしています。
とはいうものの、この言葉、なんだかワカッタようなワカラナイような……。「予後」と聞くたびに、靴の上から足を掻くような、じれったい感じがしてしまうのは私だけでしょうか。そこで手元の辞書を調べてみると……ありました! フムフム、「予後」(英語ではprognosis)とは、治療後の病気の経過についての医学的な見通し、もしくは余命のことを意味する、とあります。
ということは、「手術の後遺症が重いと予後が悪くなる、なんてこともあるわけね」と思いませんか? 私の場合「子宮頸がんの手術の後遺症で、排尿障害と更年期障害がひどかったのよー。それを除けば、おおむね予後はよかったんだけどねー」というような言い方をしていたのですが、これが実は大間違いだったんです!
ある専門医の先生いわく、予後と後遺症とは全く別の問題なんだそうです。
「後遺症というのはある治療の結果として生じた特定の症状のことですが、予後とは純粋に“がんによってどれぐらい生きられる可能性があるか”ということ。だから、仮に後遺症の悪化で命を落とすことになったとしても、それはがんの予後の問題とは関係がないのです」
がんの予後とはあくまで、初期治療後に患者さんが治る確率を示しているわけで、この辺も誤解しないよう、注意しておく必要があります。
今回は予後について詳しく学んでみましょう。
5年生存率は治りやすさの指標の1つ
がん患者やその家族の方たちが一番気にするのが「5年生存率」や「生存期間」という言葉ではないでしょうか。私自身も子宮頸がんの手術を受けて、もう8年たちました。5年というのはがん患者にとって1つの大きなハードルですから、それを越えたときはとても嬉しかったものです。
5年生存率が高い、低い、という言い方をしますが、これはがんの治りやすさ(または治りにくさ)の指標の1つです。
「予後がいい」=回復もしくは完治の見込みが高いということで、5年生存率が高く、生存期間も長いということですね。逆に「予後が悪い」=回復もしくは完治の見込みが低く、余命が限られることを意味します。また「予後は○年」という場合には、「あとどれぐらい生きられるか」を示しているわけです。
がんの予後を左右するものを「予後因子」と言います。腫瘍の大きさや転移の有無などが典型的な予後因子ですが、臓器の種類によって、それぞれ違う予後因子があります。
現在、最もスタンダードな予後因子とされているのが、TNM分類による病期分類です。
TNM分類については以前にも本欄で採り上げましたが、T(Tumor:腫瘍)=がんの大きさや深さ、N(Node:節)=リンパ節への転移の有無と程度、M(Metastases:転移)=遠隔臓器への転移の有無を示しています。国際対がん連合(UICC)が採用するこのTNM分類では、臓器別に病期(ステージ)を判定する分類基準がくわしく定められています。
このTNM分類こそが、目下のところ、予後因子界の世界代表選手として君臨しているわけです。腫瘍の大きさや転移の有無が予後を決める要素となる、というのはわかりやすい話です。腫瘍が大きければ予後は悪くなるだろうし、小さくて転移もなければ予後はいい。わかりやすいですよね。
予後因子の違いで治療法も異なる
ところが……抗がん剤の開発が進み、がんの治療法も多様化してくるにつれ、TNM分類だけではカバーしきれない部分が出てきたのです。
例えば、乳がんの患者さんを例に取ると、しこりの大きさやリンパ節転移の有無、遠隔転移の有無が同じであっても、「年齢」や「閉経の状況」、「ホルモン・レセプター」や「がんの顔つき(グレード=核異型度)」などが違うと、その人に効く抗がん剤の種類が違ってくるのです。これが、予後因子が違う、ということなのです。
異なる予後因子を持つAグループとBグループの患者さんでは、有効な治療法も変わってくる。そこで、より効果的な治療法を選択するためにも、きめ細かく予後因子を特定することが必要になってきたわけです。
乳がんの場合、閉経後、もしくは35歳を超えて発病した患者さんの予後は、比較的よいといわれています。またホルモン・レセプターが陽性である患者さんのほうが予後がよく、タモキシフェンなどのホルモン剤を補助療法として使えるという点でも治療法の幅が広がります。
さらに、乳がんの治療法に革新をもたらすきっかけとなったのが、「がんの遺伝子」 HER2です。HER2は細胞の増殖に関与しますが、これが陽性だと一般に予後はよくないといわれています。
ところがHER2には、表と裏の顔を持つ「ジキルとハイド」的なところがあるのですね。というのも、HER2が陽性だとがんの進行が早い反面、分子標的薬ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)や抗がん剤のアドリアシン(一般名ドキソルビシン)などが非常によく効くわけです。つまり、HER2が発見されたことで、乳がん治療の可能性は大きく広がったといえます。その意味で、大変重要な予後因子だといえます。
この他、乳がん以外の予後因子の例を、もう少しご紹介しましょう。現在、予後因子が割合わかっているがんとしては、悪性リンパ腫があります。
悪性リンパ腫にはホジキン病(HD)と非ホジキン病(NHL)があります。このうちHDでは、「61歳以上かどうか」「巨大腫瘍病変があるかどうか」が予後因子となります。またNHLであれば、TNM分類による病期に加え、「61歳以上かどうか」「全身状態」「リンパ節以外に病変が2個以上あるか」「たんぱく質LDH(乳酸脱水素酵素)の値が高いかどうか」などがチェックされます。
ここに採り上げたがん以外でも、TNM分類をベースに、予後因子の研究が続けられています。しかし、治療法を大きく変えるような決定的な予後因子を見つけるまでには、なかなか至っていないのが現状です。
また、予後因子が比較的確立しているといわれる乳がんでも、予後因子の定義はまだまだ流動的です。現に、今年1月にスイスのザンクト・ガレンで開催された乳がん国際会議では、乳がんの予後因子の分類法や補助療法などに関して、従来の定義に大きな変更が加えられました。このように、予後因子については未知の部分が多く、研究はまだまだ発展途上にあります。
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