赤星たみこの「がんの授業」

【第二十時限目】リスクファクター がんのリスク、リスクファクターって何?

監修●吉田和彦 東京慈恵会医科大学附属青戸病院副院長
構成●吉田燿子
発行:2005年6月
更新:2019年7月

  

赤星たみこ(あかぼし・たみこ)●漫画家・エッセイスト

1957年、宮崎県日之影町(ひのかげちょう)のお生まれです。1979年、講談社の少女漫画誌『MiMi』で漫画家としてデビュー。以後、軽妙な作風で人気を博し、87年から『漫画アクション』で連載を始めた『恋はいつもアマンドピンク』は、映画化され、ドラマ化もされました。イラストレーターで人形作家の夫・新野啓一(しんの・けいいち)さんと、ご自身を題材にした夫婦ギャグをはじめ、あらゆるタイプの漫画で幅広い支持を得ていらっしゃいます。97年、39歳の時に「子宮頸がん」の手術を受けられ、子宮と卵巣を摘出されましたが、その体験を綴ったエッセイ『はいッ!ガンの赤星です』(『はいッ!ガンを治した赤星です』に改題)を上梓されました。

先日、ある50代の友人からショッキングな知らせを受けました。乳がんが見つかったというのです。
「えっ……よりによって、なんでアナタが!?」

サラリーマンの妻として規則正しい生活をし、外食もめったにしない、タバコも吸わない。一見健康そのものの生活を送っている彼女が、なぜ乳がんになってしまったのか。ところが、話をよーく聞いてみると、原因のひとつは、どうも彼女の職場にありそうなのです。

彼女の会社では、夕方になると帰社した営業社員が一斉にタバコを吸い始め、その煙がモウモウと立ち込めるんだそうです。いってみれば、彼女は職場で、毎日大量の発がん物質にさらされていたわけです。

もちろん、タバコだけが彼女のがんの直接の発症原因かどうかはわかりません。しかし、タバコが健康を害するひとつの原因になったであろうことは疑う余地がありません。なぜならこれまでのさまざまな調査研究の結果、がんにかかりやすい危険因子というのはたしかに存在すること、そのひとつがタバコであるということがわかっているからです。

この「がんを引き起こす恐れのある要因」のことを危険因子、または「リスクファクター」と呼んでいます。

がんのリスクファクターにはどんなものがあるか。それを知っておくことはとても大切です。普段からリスクファクターを遠ざけるような生活をすれば、がんを予防することができるのです。

では、リスクファクターとしては、具体的にどのようなものがあるのでしょうか。

今回はそれについて、皆さんと一緒に勉強していきたいと思います。

食生活とタバコが2大リスク

「がんのリスク」とは、「特定の因子と、がんを発症する確率との間に、統計的な関連性が認められること」を言います。

たとえば、喫煙者はタバコを吸わない人の20倍も肺がんにかかる確率が高いと言われています。こうした場合に、「喫煙者は肺がんのリスクが高い」という言い方をするわけです。

では、がんのリスクが高い日常生活を送っている人が、必ずがんにかかるかというと、そうともかぎらないのですね。たとえば、どんなにタバコをふかしても肺がんにならない人もいれば、喫煙の習慣がないのに肺がんにかかる人もいる。したがって、「リスクはひとつの目安でしかなく、リスクが高いからといって個々の人が必ずがんにかかるわけではない」と言えます。

がんにかかりやすいリスクファクターとしては、さまざまなものがあります。タバコや食べ物、汚染された大気に含まれる発がん物質、遺伝や放射線の被曝などなど……。これらのリスクファクターは、細胞のDNAに影響を及ぼし、がん化をうながす性質を持っているのです。このうち最も大きな要因と考えられているのが、「タバコ」と「食生活」です。ただ、それ以上に大きなものもあります。それは加齢です。実際、高齢になればなるほどがんが増えています。

がんを誘発するすべての要因のうち、食生活とタバコが原因で発がんするケースは、各々3割程度といわれています。6割ものがんの原因が、このふたつで占められるというのですから、こりゃあハンパじゃない。ところが、意外にこの事実が知られていないのですね。

食生活ががんの原因になるというと、つい食品添加物や有害な産業廃棄物に汚染された水などを考えてしまいますが、ところが実際には、そういうケースは全体の1割に満たないそうです。そうではなくて、高脂肪、塩分過多といったバランスの悪い食生活ががんを引き起こすというのです。このことは逆に、「食生活を改善したり禁煙したりするだけで、かなりの確率でがんは予防できる」可能性を示しています。

特にタバコについては「百害あって一利なし」と言われるだけあって、タバコの煙に含まれる発がん物質は有害そのもの。タバコがリスクファクターとなるがんは、肺がんだけではありません。口腔がん、咽頭がん、喉頭がん、食道がん、膀胱がん、腎臓がん、すい臓がんなど、ほぼ全身のがんを誘発する危険があるといわれています。

実は私、昔は1日5箱は吸うヘビースモーカーだったんですが、15年ほど前にやめました。ああ、タバコやめてよかった……。今、心からそう思います。

欧米型の食生活で増えるがん

高脂肪の食事がリスクを高めるがんとしては、大腸がんや前立腺がん、子宮体がん、乳がんなどがあります。なぜ高脂肪食ががんのリスクを高めるかについては諸説ありますが、一説には、脂肪ががんの発生に関与するフリーラジカルの生産をうながすのではないかといわれています。

もうひとつ気をつけたいのが、塩分のとりすぎです。たとえば酢漬けや塩漬け、燻製などの調理法は、胃がんのリスクを高めると言われています。アメリカでは冷蔵庫が普及したために塩漬けの食品を食べなくなり、おかげで胃がんが減ったとか。リスクファクターにもトレンドがあるようです。

これはあるお医者さんに聞いた話ですが、昔の日本では、乳がんや大腸がんにかかる人の数はとても少なかったそうです。ところが戦後、食生活が欧米化するにつれて、日本でもこうしたがんが欧米並みに増えてしまった。米国在住の日系1世と日本人を比べても、乳がんの増加はそれほど見られないものの、日系3世になると、乳がんの発生率が普通のアメリカ人と変わらなくなってしまうという調査結果もあります。これは日系3世になると食生活がアメリカ人と変わらなくなり、脂肪の摂取量が多くなっていることに起因しているようです。食生活の変化が、どれほどがんの発生に影響を与えるかがわかりますね。

そう考えると、食事って本当に大事です。私も大の肉好きで、一時は焼肉三昧の日々を送ったこともありました。でも、哀しいかな、動物性タンパク質のとりすぎも、がんの立派なリスクファクター! 何事もほどほどに、を心がけたいものです。

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