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ハイパーサーミア(がん温熱療法)とは――抗がん薬や放射線療法の標準治療との併用で効果

監修●今田 肇 戸畑共立病院がん治療センター長
取材・文●七宮 充
発行:2019年5月
更新:2019年11月

  

「がんの治療は、まずガイドラインに示された標準治療を行うのが鉄則。その上で、ハイパーサーミアを上乗せするのが望ましい」と話す今田肇さん

がん細胞は正常組織に比べ熱に弱い。この性質を治療に応用したのがハイパーサーミア(がん温熱療法)だ。がんが存在する領域に体表面からテレビやラジオで使われる周波数の高周波電流を流して加温し、がん細胞を死滅させる。また、化学療法や放射線療法と併用すると、それぞれの治療効果を高める〝増感作用〟も期待できる。早くからハイパーサーミアに取組み、多くの症例を重ねてきた戸畑共立病院がん治療センター長の今田肇さんに聞いた。

高周波でがん細胞を加熱し、ダメージを与える

がん細胞が熱に弱いことは古くから知れられていた。文献をひもとくと古代ギリシャのヒポクラテスまで遡るという。こうした経験を踏まえて、本格的な研究が始まったのは1960年代から。

培養細胞を用いた実験から、①がん細胞は41.5℃~44℃に加温すると死滅する、②がんのほうが正常組織より加温されやすい、③温熱効果はがんの種類にあまり左右されない――などハイパーサーミアの生物学的利点が次々に解明された。

一方、難航したのが加温する方法だ。41.5℃~44℃なら熱い温泉に浸かるだけでよさそうだが、外部から温めても、表面が1℃上がる程度。がんのある身体の深部の温度は上昇しない。そこで考えられたのが高周波による加温だ(図1)。

赤外線や紫外線が身体の表面しか温められないのに対し、高周波は奥深くまで浸透し、がん組織を狙うことができる。さらに研究を重ねた結果、8メガヘルツの周波数帯が治療に最も適していることがわかった。

心配なのは正常組織だが、こちらのほうは、高周波を加えると血管が拡張し、血流が増える。このため熱が逃げ、温度が上昇することはない。一方、がん細胞は血管が拡張せず、放熱できないため、温度が上昇し、死滅する。つまり、高周波はがん細胞だけを選択的に加熱し、ダメージを与えることができるのだ(図2)。

1980~1990年代には、数多くの臨床試験が行われ、とくに表在性のがん(乳がん、皮膚がん、頭頸部がんなど)では、放射線療法と併用することによって、がんの消失率や治療したがんが再増大しない率の改善が認められた。そしてこれら成績を踏まえて、1990年には8メガヘルツの高周波装置(サーモトロン-RF8)を用いたハイパーサーミアが保険適用になっている。

今田さんによると、ハイパーサーミアは脳や眼球を除くすべての部位に適応できる。とりわけ乳がんや皮膚がんのような表在性のがんでは有効性が高い。一方、胃がん、肺がん、肝がんなど深在性のがんは41.5℃~44℃まで加温するのはなかなか難しいが、放射線療法や化学療法と併用することで、治療効果を増強できるという(写真3)。

 

温熱によって抗がん薬の作用が増強

ハイパーサーミアは、がん細胞を高温にさらし死滅させるのが目的だが、それ以外にもいくつか利点がある。なかでも最近とくに注目されているのは、抗がん薬の効果を強める作用だ。

今田さんはそのメカニズムを次のように説明する。

「温熱を加えると、がん細胞を覆う細胞膜の透過性が高まり、抗がん薬の取り込み量が増えます。その結果、細胞内の抗がん薬の濃度が高まり、効果が増強されるのです。また、がん細胞は抗がん薬によるDNA損傷を回復しようとしますが、それが熱によって阻害される。加温すると、この2つの仕組みによって抗がん薬の効果が増すと考えられています」

温熱によって効果が高まる抗がん薬としては、白金製剤(シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン)、アルキル化剤(シクロフォスファミド、ニトロソウレア)、代謝拮抗剤(5-FU、ゲムシタビン)、抵がん性抗生物質(ブレオマイシン、マイトマイシンC)などが確認されている。とくに、白金製剤や抵がん性抗生物質は、がんを死滅させるのに必要な温度より低い40℃前後から、増感作用が認められている。

「抗がん薬治療にハイパーサーミアを併用すると、たとえ40℃前後の低い温度でも薬剤の効果が増します。つまり、ハイパーサーミアは、抗がん薬を増感する1つの手段にもなるのです。その結果、副作用の強い方に、抗がん薬を減量させることができます。また、通常量の抗がん薬を服用できないケースでも、ハイパーサーミアを併用することで少量投与によって長期にわたって病態を維持することが可能になるなどメリットは大きい」と今田さん。

ハイパーサーミアにはさらに利点がある。加温によって免疫力が高まることだ。抗がん薬を長く使っていると、白血球とくにリンパ球の機能が低下してくる。しかし、ハイパーサーミアを併用すると、体温の上昇によってリンパ球が活性化し、NK細胞、細胞傷害性T細胞、さらに樹状細胞などが増殖。がん細胞への攻撃性が強まり、抗がん薬の効果を補強するという。

ガイドラインの標準治療に上乗せが鉄則

前述したように、ハイパーサーミアは高周波によってがん細胞を死滅させるだけでなく、放射線や抗がん薬を増感したり、免疫活性を高めるなど多彩な効果を期待できる。とはいえ、現時点で外科療法、化学療法、放射線療法などに置き換わるものではない。残念ながらハイパーサーミア単独でがんを治癒(ちゆ)に導くというエビデンス(科学的根拠)は得られていないからだ。

今田さんは「がんの治療は、まずガイドラインに示された標準治療を行うのが鉄則。その上で、ハイパーサーミアを上乗せするのが望ましい」と強調する。

ただ、現実には治療の開始時点からガイドライン通りに進まない、あるいはガイドラインだけでは解決できない問題を抱えている患者も少なくない。ステージⅣの手術不能例、再発・転移がんといったケースで、同センターを受診してくるのは、こうした治癒の難しい患者が多い。

「がん患者さんの進行具合、免疫状態、病態などは様々で、どのような症例がハイパーサーミアの適応となるかは一概には言えません。我々の対象になるのは、まず標準治療をし尽くして、それ以上の手立てがなくなった患者さんです。

こうしたケースでは、まずそれまでの治療を洗い直し、その上で少量の抗がん薬、放射線治療にハイパーサーミアを組み合わせることが多い。個人差はあるが、がんを小さくしたり、進行を遅らせる可能性があります。また、副作用が強く、抗がん薬治療を継続できないような患者さんも、ハイパーサーミアの選択肢に入ります」(今田さん)

ちなみに、今田さんたちのデータによると、肺がん患者でハイパーサーミアと抗がん薬を併用した治療の奏効率は、治癒とがんの縮小を含めて70%近くにのぼるという。

受診の前に情報を

ところで、ハイパーサーミアはどこの病院でも受けられるわけではない。現在、国内で実施しているところは100カ所ほど。今回、取材した病院で使用されている機器は、サーモトロン-RF8 EX Edition(6月には新型機種サーモトロンGRが発売予定)。現在のところこの機種が導入されている施設はこちらのサイトになる。

また、加温装置は同じでも、ハイパーサーミアと化学療法、放射線療法との併用については、まだ標準化された方法はなく、施設によって異なるため、受診する前にきちんとした情報を得ておく必要がある。

実際の治療時間は50~60分ほど。症状にもよるが、週1回ずつ複数回行う。身体への影響はほとんどない。

今田さんは「ハイパーサーミアはがん治療の武器の1つ。抗がん薬治療や放射線療法とうまく組み合わせることで、治療成績の向上が寄与する可能性があります。導入する施設が増え、普及が進むことを期待したい」と話している。

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