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注目されるマイルドハイパーサーミアという新しい温熱療法
低めの加温で放射線、抗がん剤の効果を一層高める

監修:桜井英幸 群馬大学大学院腫瘍放射線学助教授
取材・文:福原麻希 医療ライター
発行:2006年9月
更新:2013年4月

  

桜井英幸さん
群馬大学大学院
腫瘍放射線学助教授の
桜井英幸さん

がん温熱療法は、普通、43度以上に温めることでがんを死滅させるのをねらっている。

しかし、43度以上に加温することは簡単なことではない。

そこで、加温を少し低めにし、放射線や抗がん剤の効果を高めて成果を上げているのが、群馬大学病院放射線科助教授の桜井英幸さんのグループだ。これは、「マイルドハイパーサーミア」と呼ばれる温熱療法の新しい形だ。

放射線や抗がん剤の効果を増強する

写真サーモトロンによる局所温熱療法を受けている様子
サーモトロンによる局所温熱療法を受けている様子

がん温熱療法は、43度以上に加温するのが普通だが、そうではなく、「体温より少し高い41~42度に加温して、放射線や抗がん剤の効果を増強する方法」がある。これは、温度が低いことから「マイルドハイパーサーミア」と呼ばれており、新しい形の温熱療法だ。

この方法をいち早く取り入れ積極的に推し進めてきた群馬大学大学院腫瘍放射線学助教授の桜井英幸さんは、その理由をこう説明する。

「体の中の大きながんを43度以上に温めることは大変難しい。ふつうは、がんとその周辺を加温してもせいぜい41度前後になるぐらいで、これではがんに対する影響はあまりありません。つまり、漫然とマイルドハイパーサーミアを受けていても治療効果はほとんどないわけです。が、マイルドハイパーサーミアは、放射線や抗がん剤の効果を増強することが科学的に証明されています。したがって、放射線や抗がん剤の効果を一段と上げることができ、とくに難治性のがんに対して用いるのがよい適応と考えます。また、放射線治療後の再発では少ない線量しか照射できないものですが、その場合もこの治療を併用できることがあります」

とくに難治性のがんの場合は、初期治療において標準治療にマイルドハイパーサーミアを組み込んだほうが良好な結果が得られると言う。が、現状では、他の施設で遠隔転移や播種などにより「もう治療の手立てがない」と言われ、インターネットや資料を探してこの治療にたどりつく患者が多いそうだ。

もっとも、マイルドハイパーサーミアを加えるかどうかは、標準治療との関係で判断される。また医師の判断が加わる場合もある。マイルドハイパーサーミアは、単独治療での根治は難しく、おもに放射線や抗がん剤治療の補助療法として使われている。あくまでも放射線や抗がん剤の脇役なのだ。

同病院では、これまでマイルドハイパーサーミアを次の症例に用いてきた。

(1)局所進行肺がん(胸壁浸潤、5センチ以上の巨大ながん)

(2)進行膵がん

(3)照射後の再発腫瘍(肺がん、食道がん、肉腫、子宮体がん、子宮頸がん、直腸がん、膀胱がん、前立腺がん)

(4)進行消化器がんの術前治療(進行食道がん、進行下部直腸がん)

(5)悪性度の高い骨軟部肉腫

これに対して、この治療が適応にならない場合もある。桜井さんは次の例をあげる。

(1)遠隔転移がある場合……この治療は局所をコントロールする治療であるため、遠隔転移の場合はカバーできない。

(2)肝臓のように血流が多い臓器……せっかく温めても、ラジエーターのように血流によって温度が逃げていく

(3)頭頸部がん……現在、日本でよく使われているサーモトロンではこの場所への加温が難しい

(4)標準治療で良好な成績が出ているがんの場合は標準治療が優先される

RTOGの結果によって研究を中止しなかった理由

腫瘍を温めると、どのような効果があるのか。桜井さんは、そのしくみを研究で解明している。

「放射線治療では、照射されたがん細胞の多くは細胞のDNAに損傷を受け死滅しますが、時間の経過とともに多くのがん細胞は回復し、生き残ってしまうことがわかっています。マイルドハイパーサーミアは、その生き残ったがん細胞を致死させる働きがあることが、研究からわかりました。また、マイルドハイパーサーミアと放射線を併用すると、放射線が効きにくい細胞にもその効果をうまく引き出すことができることもわかりました」

この研究は、2001年に国際癌治療増感研究協会により研究奨励賞、2006年には協会賞が贈られている。

マイルドハイパーサーミアには、このほかにも、(1)腫瘍周囲の血管を拡張させて抗がん剤の腫瘍内の取り込みを強める(2)腫瘍に栄養を送る血管が新たにつくられることを抑制する(3)ヒトの体の免疫力を高める、などのメリットがあることが報告されている。

ところで、1991年に米国のRTOG(=Radiation therapy Oncology Group、米国腫瘍放射線治療グループ)という組織が2種類の論文でハイパーサーミアに否定的な結果()を発表し、それが引き金になり、米国や日本で多くの施設で研究が中止された経緯がある。だが、同科で研究中止は検討されなかったそうだ。その理由を桜井さんはこう言う。

「RTOGの研究論文を読んだとき、自分たちの経験から『これはおかしい』と思える部分がいくつかあったからです。1番大きな問題点は、症例のほとんどで目的とした温度に達していなかった。にもかかわらず結論が導き出されていたのです。このほか、症例の選び方も根治を目的とせず、対症療法的に症状緩和を目的としていたり、全身状態の不良な患者に治療していたりしていました。成績が悪くなるのは当然の結果といえます」

RTOGの試験で1回でも42度以上になったのは256人中77人(30パーセント)。当初の計画通りに加温できたのは10人(約4パーセント)だけで、376人(68パーセント)は温熱療法が途中で中止になっていた。

さらに、桜井さんはRTOGの論文を読む1991年以前にいくつかの驚くような症例を経験していた。

たとえば、50代男性の舌がん(頸部リンパ節転移)の患者さんは頸動脈にがんが浸潤していたため手術不能と診断された。同科で放射線治療と化学療法、さらに、マイルドハイパーサーミアを併用したところ、治療終了後には手術できるほどの大きさにがんが縮小していた。さらに、切除した組織を検査したところ、リンパ節にはがん細胞が認められなかった。

また、2003年には、8歳女児の難治性滑膜肉腫の症例で予想を上回る効果が出た。

女児は左足股関節の腸腰筋(太ももの内側に付着する筋肉で、足を持ち上げたり、歩いたりするときに使う)に腫瘍が見つかり、すでに上腕骨にも転移の疑いがあり、4b期と診断された。がんセンターでは根治が望めないと判断され、手術ではなく、化学療法と放射線治療を受けた。が、腫瘍は小さくならず、モルヒネによる疼痛コントロールだけをしていた。

あきらめきれない両親がインターネットで情報を探したところ、同科がハイパーサーミアを治療に取り入れていると知り、相談に来た。桜井さんらが、骨盤部の疼痛コントロールを目的にマイルドハイパーサーミア単独の治療をしたところ、治療終了後に女児の足の痛みは消失し、筋肉の緊張もなくなって足をスムーズに動かせるようになった。退院後は自宅から通学できるようになったと言う。

)RTOGの発表では、表在性腫瘍(頭頸部がん、乳がんなど)の場合は「放射線治療と温熱放射線治療を比較しても、有効率、局所コントロール向上に差はない」という結論だった。深部腫瘍(転移性がん、再発性がん、など)を対象とした場合は目標とした加温ができないと報告された。

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