血液がん、小児がん、患者さんに朗報!
切れ味のよい薬剤で危険な副作用「腫瘍崩壊症候群」を止める!
腫瘍・血液内科診療部長の
薄井紀子さん
化学療法がよく効くために腫瘍が壊れて高尿酸血症などを起こし、患者さんを死に至らしめるおそれのある腫瘍崩壊症候群。
この緊急処置を要する症状を防ぐため、新しい薬剤、ラスリテックが現れた。
治療薬は効いたが、腫瘍崩壊症候群を止められなかった
東京慈恵会医科大学付属第3病院腫瘍・血液内科診療部長の薄井紀子さんには、悲しくて悔しい臨床経験がある。
2002年暮れ、22歳の女性患者Aさんが入院した。
末梢血液検査(*)と生化学検査(*)、 染色体解析などの検査の結果、急性リンパ性白血病と診断された。生化学検査では、尿にょうさんち酸値は7.5mg/dl(ミリグラム/デシリットル)で女性の正常値よりもやや高く、白血病細胞量が多いと高値となるLDHという酵素は2546国際単位/l(リットル)で、正常値よりも非常に高かった。白血球数は8400/μl(マイクロリットル)でほぼ正常値範囲、一般的なタイプだった。
急性リンパ性白血病では、早急に強い治療が必要だ。入院2日目、エンドキサン(*)、ダウノマイシン(*)、オンコビン(*)、プレドニン(*)による多剤併用化学療法で白血病を攻撃する寛解導入療法(*)を 始めた。この標準的治療で、かなりの確率で寛解が期待できる。なお、治療に伴う副作用の支持療法の1つとして尿酸値を下げるために、尿酸の生成を抑える薬剤アロプリノール(*)を用いた。
ところが、異変が起きた。1回目の治療をした3時間後に尿量が減った。15時間後には意識障害が起きた。入院時に比べて、尿酸値は7.5から12へ、LDHは2546が約4万へと、跳ね上がった。腫瘍崩壊症候群が起きたのだ。
腫瘍崩壊症候群とは、治療効果の高い化学療法で、たくさんの大きな腫瘍が急速に崩壊するときに、腫瘍細胞の内容物が血液中に一気に大量に放出されることで発症する。体内に、尿酸が大量に増えると、高尿酸血症を起こす。それが引き金となって、急性腎不全や不整脈を次々に起こす。
医療チームは、Aさんを集中治療室に緊急搬送して、血液透析などの治療を行った。しかし、急性腎不全と不整脈を発症して、入院3日目に亡くなった。
「腫瘍崩壊症候群は、治療効果の高い強い治療を行ったときに発症します。発症するとコントロールがかなり難しく、不幸な結果に至ることもあります。腫瘍崩壊症候群のベスト治療はこれを防ぐことですので、高尿酸血症を引き起こさないことがポイントです。2009年10月、短時間で確実に尿酸値を低下させて、高尿酸血症を予防できるラスリテック(*)が日本でも承認されました。この薬を使えば腫瘍崩壊症候群の発症を、ほぼ防ぐことができるようになりました」と薄井さん。
現在では、急性リンパ性白血病の治療中に腫瘍崩壊症候群を発症したAさんのような悲劇は、ほとんどなくなった。
Ⅰ.基礎的診断基準(以下の2つ以上を認める) | |
治療3日前から治療7日後までに起こる異常値で判断する | |
血清尿酸値 | 8mg/dL以上または基準値の25%増加 |
血清カリウム値 | 6mEq/L以上または基準値の25%増加 |
血清リン酸値 | 4.5mg/dL以上(成人)、6.5mg/dL以上(小児) または基準値の25%増加 |
血清カルシウム値 | 7mg/dL以下または基準値の25%低下 |
Ⅱ.臨床的診断基準(基礎的診断基準+以下の1つ以上を認める) | |
血清クレアチニン値 | 基準値の1.5倍以上の上昇 |
心血管障害 | 致死的不整脈の出現 |
けいれん | ── |
Coiffier B, et al. J Clin Oncol. 2008; 26(16):2767-78.より改変
*末梢血液検査=静脈から血液を採取し、血小板、赤血球、白血球の値などを調べ、体の状態を調べる検査
*生化学検査=血液、尿、細胞組織などを採取し、疾患を化学的に分析する検査
*エンドキサン=一般名シクロホスファミド
*ダウノマイシン=一般名ダウノルビシン
*オンコビン=一般名ビンクリスチン
*プレドニン=一般名プレドニゾロン
*寛解導入療法=完全寛解の状態(骨髄中の白血病細胞が5パーセント以下で、末梢血・骨髄が正常化し、白血病の症状や所見が消失した状態)に導くための治療法
*アロプリノール=ここでは一般名として
*ラスリテック=一般名ラスブリカーゼ
化学療法がよく効くがんに起こる
腫瘍崩壊症候群は、化学療法が効きやすい腫瘍、そして、腫瘍の量が大きく、増殖スピードが速い腫瘍で起こりやすい。
この条件に当てはまる腫瘍は、主に急性リンパ性白血病、急性骨髄性白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などの血液がんである。腫瘍崩壊症候群を合併しやすい悪性腫瘍の90パーセントは、血液がんで占められる。
固形がんでも、化学療法が効きやすいがん、たとえば、小児がんや、精巣がん、肺がんなどでも起こることがあるようだ。
腫瘍崩壊症候群の発症頻度が最も高いのは急性リンパ性白血病で47パーセント、次いで、悪性リンパ腫のなかの非ホジキンリンパ腫の22パーセント、急性骨髄性白血病17パーセントという順番である。「腫瘍がとてもよく壊れやすいものほど、腫瘍崩壊症候群の発症頻度は高くなります」と薄井さん。
とくに最近では、分子標的薬など治療効果の高い抗がん剤の開発が進んでおり、そのため、腫瘍崩壊症候群が起きやすくなっているという。
治療のスピードに合わせ腫瘍崩壊症候群をストップ
ところで、高尿酸血症を予防するラスリテックは、どのようなメカニズムで治療効果を発揮するのだろうか。
腫瘍崩壊症候群は、化学療法などの治療を開始してから12~72時間以内に起きる。治療の効果で、腫瘍細胞が大量に崩壊するときに、腫瘍細胞の中から核酸やカリウム、リンなどが飛び散って、血液中に大量に流れ込む。そのため、高尿酸血症や、高カリウム血症、高リン酸血症などを起こす。カリウムとリンは、輸液療法などで比較的容易にコントロールできる。問題は高尿酸血症だ。
崩壊した腫瘍細胞から大量に流れ出た核酸が分解され、最終的に尿酸へと変化する。尿酸は尿に溶けづらいため、尿酸が体内に増えると、尿細管などをつまらせて急性腎不全を起こす。これが怖い。
これまでは、高尿酸血症を防ぐために、内服薬のアロプリノールを使い、できるだけ水分をとるという処置をしていた。
この薬剤が体内に尿酸が増えるのを抑え、水分摂取により尿量を増やすことで尿への排泄量を増やし、尿酸の排出を促進する。しかし、この薬剤を使っても尿酸を下げるのに時間がかかることから、急性白血病などの治療をやり遂げにくかった。
悪性腫瘍 | 小児 (人=682) | 成人 (人=387) | 全体 (人=1069) | |||
人数 | % | 人数 | % | 人数 | % | |
急性リンパ性白血病 | 433 | 63 | 73 | 19 | 506 | 47 |
急性骨髄性白血病 | 74 | 11 | 104 | 27 | 178 | 17 |
慢性リンパ性白血病 | 0 | 0 | 37 | 10 | 37 | 3.5 |
慢性骨髄性白血病 | 6 | 0.9 | 36 | 9 | 42 | 4 |
非ホジキンリンパ腫 | 122 | 18 | 109 | 28 | 231 | 22 |
ホジキン病 | 8 | 1.2 | 6 | 1.6 | 14 | 1.3 |
多発性骨髄腫 | 0 | 0 | 15 | 3.9 | 15 | 1.4 |
他の血液がん疾患 | 5 | 0.7 | 3 | 0.7 | 8 | 0.7 |
固形がん | 34 | 5 | 4 | 1 | 38 | 3.6 |
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