抗がん剤治療完遂のために、今、重視されつつある副作用対策
患者目線に立ったチーム医療の確立が支持療法・副作用対策を成功させるカギ
臨床薬剤学教授の
谷川原祐介さん
抗がん剤による口内炎、下痢、食欲不振などの副作用に悩まされている患者さんが多い。
その副作用対策として大きく期待されているのが成分栄養剤だが、飲み続けるのに苦労する患者さんが多いのも事実だ。
それをチーム医療でサポートし、副作用対策を成功させようという試みが、今注目を集めている。
副作用対策が、がんと闘う体力・気力を呼び戻す
がんの薬物治療は近年めざましい進歩を遂げ、以前と比べて治療成績が格段に向上してきました。その結果、何年間も長期にわたって治療を続けることが増え、患者さんの社会活動やQOL(生活の質)を維持するために外来での治療が主流となっています。加えて、効果が認められた抗がん剤治療を継続するために、副作用の対策( 支持療法とよびます)がより一層重要視されるようになりました。
抗がん剤の副作用のなかでも、食欲不振、口内炎、下痢、吐き気は頻繁に発現します。その影響で食欲が低下し、食事をとることができなくなると、体力・気力が落ちて病気と闘うこともできません。抗がん剤治療を受けている患者さんの食事の問題を解決することは、たいへん重要な課題です。
成分栄養剤が、がん治療で注目され始めた理由
成分栄養剤とは、消化をほとんど必要としない栄養成分から成る経口摂取の栄養剤(医薬品)です。具体的には、タンパク質ではなくアミノ酸として含有し、他にも炭水化物、少量の脂質、電解質、ビタミンを栄養素として含有します。
吸収が容易で、消化管に負担をかけないため、クローン病、潰瘍性大腸炎など消化管疾患時の栄養管理をはじめ、手術後の栄養管理などに用いられてきました。
昨今、この成分栄養剤は、抗がん剤治療を受けている患者さんの食事問題を解決するひとつの方策として注目されています。本特集記事では、2施設から使用経験を紹介してもらいました。
ケース1 患者・家族も参加するチーム医療で抗がん剤治療の副作用を軽減する
相澤がん集学治療センター化学療法科統括医長の
中村将人さん 社会医療法人財団慈泉会相澤病院
相澤がん集学治療センター看護科主任の
上川晴己さん
スタッフ全員が患者目線で治療目的を共有化
がん治療において、近年、極めて重要視されるようになったのは「チーム医療」という考え方である。患者さんに対して主治医だけでなく、各診療科、放射線治療医、緩和ケア医、看護師、薬剤師、放射線技師、ときには経済的な相談に乗るソーシャルワーカーなどさまざまな医療スタッフがさまざまな観点からチーム医療でがん治療の成功に向け患者さんを支えていこうという発想だ。
このチーム医療を積極的に取り入れているのが、長野県松本市にある相澤病院である。ここのがん集学治療センター看護科主任を務めている上川晴己さんは、チーム医療についてこう説明する。
「このセンターで確立されているチーム医療と従来の医療体制との最も大きな相違点は、チームのスタッフ全員が患者さんの目線に立ち、治療目的の共有化を図っているかどうかです。以前なら、薬剤師は医師から出たオーダーを調剤するだけ、そして看護師は薬剤師から預かった薬をひたすら患者さんへ投与するばかり、専門性が十分に発揮できずにいました。1人の患者さんに対して治療していくうえで、使用する薬がどんな位置づけにあり、その薬の次の治療がどう進められていくのかがわからず、与えられた目の前の仕事をただこなすだけといったような体制が、どの病院でもごく一般的だったと思います」
治療における主役は誰か?
医師の考えのもとに、目的も不確かなままスタッフが従属的に行うかつての医療体制では、薬剤師にしろ看護師にしろ、それぞれの専門性を十分に発揮することは難しかった。しかし、チーム医療では、1人の患者さんに対する治療でも、治癒を目指すのか延命を目指すのかなどといった治療の目的を全スタッフが把握し、同じ方向に向かって医療を行っていくので、自分の専門性を生かしつつ連携しながら治療を進めることができるという。
「もう1つ、過去の医療との大きな違いは、治療における『主役はだれか?』という点だと思います。主導するのは医療者側なのか、患者側なのか。当セン ターでのチーム医療は、まず患者さんありきの考え方です。患者さんに対して私たち医療従事者は何をすべきかを主治医が考え、治療方針を立てる。その治療の実現に向けて、さまざまな職種のスタッフが綿密な連携を取って患者さんに相対していくという形を取っています」
開設以来、1日も欠かさず行っているカンファレンス
このがん集学治療センターでは、外科や内科、放射線治療科、緩和ケア科など各科のがん専門医が一堂に会しているため、化学療法と放射線治療の併用や、治療期間中の症状緩和などさまざまな科の連携が必要なときに主治医がすぐに他の専門医に相談することができる。また、医師、薬剤師、看護師の連携が緊密であり治療方針の修正や変更などにその場ですぐ対応できる体制が整っている。いわばこの横の連携と縦の連携がごく自然にスムーズに行えるのがこの特長なのだ。
「患者さんが少しでも楽に治療を進め、その人らしい生活を続けていくにはどうすればよいか。医師を始めとするスタッフ全員が、それぞれの専門知識を集めて、同じ目的意識を共有する努力を続けています。そのために当センターでは、毎日、次の日に来られる全ての患者さんの治療方針やその方の現在の状況、家族の思いまで含めて話し合い、確認し合う場を設けています。当センター開設以来1日も欠かさず行ってきたこのカンファレンス(話し合い)によって、各スタッフがその患者さんに対する治療の意義を共有し、その患者さんに自分が何を出来るか考えて、1人ひとりの患者さんやご家族に接することができています」
このセンターの方針として、さらにもう1つ特筆すべきは、医療従事者だけでなく、患者さんやそのご家族も含めてチーム医療を行うという考え方を持っていることだ。患者さんや家族が治療の内容を理解し、目的を共有することにより、自宅でのケアの質をあげ、生活の質を維持できると考えているからだという。
ご主人の励ましで体重が2キロ増加した患者さんも
患者さんやご家族も含めた形のチーム医療。この考え方が典型的に表れた例があると、このセンターの統括医長、中村さんは言う。
大腸がんで肝転移、腹膜転移を起こして来院した60歳代の女性の例である。大腸がんを切除したのち、アバスチン(*)とFOLFOX(*)を併用した抗がん剤治療を開始し、現在はアバスチンとFOLFIRI(*)に切り替えて治療を行っている。
治療の効果はあったのだが、副作用の影響で食事の量が減り、体重も減ってきていた。これを解消するためにまず、半消化態栄養剤を試してみたが、症状の改善は得られなかった。そこで最近他の患者さんで手ごたえを感じていた成分栄養剤エレンタールに切り替えてみた。当初本人はエレンタールの味になじめなかった。以前の看護師なら、「そんなに嫌なら無理して栄養剤を飲む必要はないですよ」と説明していたかもしれない。しかし、現在はチーム医療の充実により個々のスタッフが支持療法としてのエレンタールの有効性を理解している。そこでどうしたら無理なく飲み続けてもらえるかを、主治医、スタッフはもちろん、本人、彼女の夫もまじえ相談する場を設けた。
その結果、本人もエレンタールの意味を理解し、また、「これを飲み続けているおかげで良くなっているのだから飲まなきゃダメだよ」と夫が力強いサポートをしてくれたおかげもあり、彼女はエレンタールを飲み続けることができた。その後彼女は、同じ化学療法を継続しているにもかかわらずほぼ1カ月でみるみる元気を取り戻し、37.7キロだった体重は1カ月後には、なんと40キロまで回復、現在も順調に治療中だという。
*アバスチン= 一般名ベバシズマブ
*FOLFOX= 5-FU+ ロイコボリン+ エルプラット(商品名)
*FOLFIRI= 5-FU+ ロイコボリン+ カンプト/ トポテシン(商品名)
1 日わずか1パックのエレンタールで食事量が増加
「現在の抗がん剤治療は、以前と比べ治療成績も格段に上がってきており、1年2年と長期にわたって治療を続けるケースが増えています。その治療期間を少しでも良い状態で過ごしていただけるため、エレンタールのような支持療法の重要性が増してきています。エレンタールの効用としてなによりも大きいのは、消化管の粘膜保護の作用によるものか、1日わずか1パック(300ミリリットル)を飲んでもらうだけで通常の食事量が増えてくる。すると表情が明るくなり、食欲も増し、さらに治療に前向きになろうとする傾向が多くの患者さんに見られるのです」
と中村将人さんは言う。エレンタールを支持療法として本格的に導入して半年以上、かなりの手ごたえをつかんでいるそうだ。「そうなると、飲みづらいといわれるエレンタールを、どうやったら長く続けて飲んでいただけるようになるか。ここが今の課題です」
[相澤病院の医師、看護師などスタッフ全員で
作っている「エレンタール・レシピ集」]
これを引き継いで上川さんは言う。
「これまでの経験から、最初のひと口で嫌いになったら、それ以降は飲んでいただけなくなることが分かっているんです。それだけに今、私たちはさまざまな食材に混ぜて食べやすいメニューをつくる研究をしています。そして患者さん1人ひとりの味の好みや生活環境などを綿密に聞き取り、その方の嗜好にぴったりの食べ方を提供することが長く続けて飲める最大の要素だと思っています」
がん集学治療センターでは今、スタッフ全員でエレンタールのレシピ集を作成中とのことだ。嫌いにさせない最初のひと口。これを探し当てるために重要なのは、患者さんを患者としてみるのではなく、日々食事をして生活をしている1人の人として、自分の身に置き換えて考えていけるか、なのだという。チーム医療とは、単なる医療システムではなく、患者さんとスタッフの間に温かい心の交流があって初めて成り立つものなのかもしれない。上川さんは、こう締めくくった。
「今、1日たった1パックの成分栄養剤で治療に前向きになり、日に日に笑顔になられる患者さんを数多く見ていると、エレンタールは心の栄養剤でもあるんだなぁと思えてくるんです」
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