カロリー補給のための栄養剤から、抗がん薬の支持療法・副作用対策として今注目の的 口内炎など消化器がんの副作用対策に成分栄養剤の利点を生かす
成分栄養剤は吸収性の高さだけでなく、抗がん剤により損傷した消化器管の粘膜を改善する効果がある。この効果に着目し、口内炎などの抗がん剤治療で起こる副作用対策に生かそうとする動きがある。そこで成分栄養剤の効果について研究を進める3人の医師に、その詳細をうかがった。
成分栄養剤「エレンタール」が今注目される理由
消化器系の状態が良くない患者さんの栄養補給を目的として開発された栄養剤を「経腸栄養剤」という。さらにアミノ酸で構成された成分により、胃での消化、つまりタンパク質を分解しアミノ酸に換えるという通常のプロセスを必要とせず、腸でスムーズに吸収される栄養剤を、「成分栄養剤」と呼ぶ。
国内で唯一この成分栄養剤として認められているのが、「エレンタール」。脂肪が少ないことから胃液や膵液の分泌が起こらず腸管に負担をかけないため膵炎患者に、あるいは、消化管を安静に保つことから潰瘍性大腸炎やクローン病の患者に用いられることが多かった。
その「エレンタール」が近年、抗がん剤治療の現場で使用されるようになってきた。それも、単に抗がん剤の副作用で弱った消化管への栄養補給として利用されるだけでなく、副作用そのものを抑える効果を期待しての導入だという。そこでまず、この分野の研究に最も力を入れている岐阜大学腫瘍外科助教の田中善宏さんにお話を聞いた。
支持療法の重要性が顕著に表れる
田中さんは食道がんが専門。同大教授の吉田和弘さん、講師の山口和也さんと「エレンタール」に副作用を抑える効果があるかどうかの研究を進めてきた。
「まず、岐阜大における食道がんの年間症例数は手術が約25例、化学放射線療法が10例、これに対して化学療法はあらゆる治療に絡んでいますので、症例数は多く毎年30人弱です」
食道がんそのものは、急増傾向にある。原因は食事の欧米化。とくに逆流性食道炎で食道の下部に発症するがんが非常に目立ってきているのが特徴だという。
「食道がんの場合、進行が他のがんと比べて速く、早期であっても高率にリンパ節転移を起こしており、放射線治療・手術・化学療法を組み合わせた集学的治療を要することが多いです」
岐阜大病院では、吉田さんのもと独自の治療法を開発して実践してきたと田中さん。
「現在、だいたい4種類の治療法を採用。1つは古くからある5-FU(一般名フルオロウラシル)とシスプラチン(一般名)の組み合わせ。もう1つはタキソテール(一般名ドセタキセル)と5-FUを併用した化学放射線治療。あと、独自にDCF療法とDGS療法という化学療法を実施しています。DCFのほうはタキソテールに5-FUとシスプラチン。DGSのほうはタキソテールにTS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)とアクプラ(一般名ネダプラチン)になります。もともとDCFのほうでシスプラチンを使うと入院を余儀なくされるという難点があったので、外来でも使えるメニューとしてつくったのがDGS療法なんです」
この2つの治療法は奏効率も80パーセント以上と非常に高い。しかし残念ながら副作用も強いのが難点。また、食道がんの場合、他のがんと比べて患者背景も異なっているという。
「多くの患者を診ていると、食道がんには特有の気質っていうのがあるんですよ。まず肥った人があんまりいない。やせ細って病院へ来る人が多い。男性患者ばかりでなく5分の1くらいは女性患者もいますが、ほとんどがベースとなる全身状態が非常に悪い。ヘビースモーカー、アルコールを飲み過ぎているような方が多いです。とにかく他のがん種に比べても治療に不利な条件が揃っているんですよ」
成分栄養剤の効能を患者さんに理解してもらう
食道がんではこのように状態の悪い患者が化学療法を行わざるを得ない。そのため副作用も悪化しやすいのだ。
「だから逆にきちんと治療をしてあげれば、その分反応がものすごく高いんですよ! 一気に改善する。なかでも効果的なのは口内炎です。口内炎にはグレードが0から4まであるんですが、よく起こるのはグレード2の口腔内の痛みが激しくて食べることもできないとか、グレード3の出血を伴う症状。そこでこういった抗がん剤の副作用が軽減できる方法をなんとかできないかということでいろいろ調べて見つけたのが、グルタミンの大量投与です。アミノ酸の一種であるグルタミンには強い粘膜障害の修復作用があることから、マーズレン(一般名アズレンスルホン酸ナトリウム)という製剤を使ってやってみようってことになったんです」
しかし、マーズレンを投与しても一定の効果は得たものの満足できる結果は得られない。ネックになったのは、先の食道がん患者の状態の悪さである。そこで腸からの吸収性が高い成分栄養剤「エレンタール」を用いることで、グルタミンの吸収効率を向上させ最大限の効果を期待して使用し始めたのだという。
「マーズレンは1日に9包、つまり3包ずつ飲まないといけないのですが、これがなかなか守れないのです。そこで『エレンタール』300ミリリットルの中にマーズレン9包を全部入れてしまって、あとは凍らせてシャーベット状にした。それを気付いたときに冷凍庫から出してちびちび舐めてもらう。そんなふうな飲み方を指導したんです。1日3回の分包での飲み忘れ防止も期待しました。これだけでおにぎり1個半を食べただけのカロリーもとれてますしね」
ただここでもう1つ、服用の障害となる要素がある。それは「エレンタール」の味だ。
「当大学でも始めたころはいろんな医師が口をそろえて、『まずくて飲めない』、『こんなものがんの人に飲ませられない』と言っていました。もちろんメーカーとしてもグレープフルーツ味とか青リンゴ味とか全部で9種類のフレーバーを用意し味の改良を行っており、我々も冷やしたり、凍らせたりなどいろいろ工夫をしています。それでも中には飲めない患者さんもおられます。しかしここで大事なことは、医者が患者さんに飲ませる努力を怠ってはいけないということです」
つまり、「栄養が足りないから飲んでおいてください」程度の指導ではなかなか飲んでもらえるものではない。それを、ただでさえ臭いや味に敏感な化学療法中のがん患者に飲んでもらえるようにするために、田中さんはいったいどんな努力をしたのだろうか。
「患者さんを説得するために、猛烈に勉強しました。『エレンタール』が粘膜障害を防いで小腸からの吸収をよくするとか、腸管の免疫能を高めるとか。あるいは海外ではQOL(生活の質)を高めていることに専門家の注目が集まっているとか。そしてそういうデータを患者さんに見せました。『これは少し飲みにくいかも知れないけど、がん治療で壊れた粘膜を再生する効果があるから是非飲んでください』と丁寧に説明しました。また手帳に自分の食事内容・内服完遂度を記してもらい、外来のたび、栄養評価を継続し、たとえば〝マヨネーズを多用して〟など具体的な栄養摂取法を指導し、努力に共感し励ましました」
この効果はたちまち現れ、患者さんはみんな飲んでくれるようになったという。そこで平成20年に、「エレンタール」を飲んだ場合と飲まない場合とでどう違うかを調べる比較試験を行った。その結果、「エレンタール・マーズレン」を飲んだ群では口内炎が出たのは11例中2例。その口内炎も最も軽度なグレード1に止まった。逆に飲まない群では11例中6例で口内炎が発症し、そのうち痛みが激しいグレード2に4例、出血が起こるグレード3に1例の発症があり、グレード1に止まったのはわずか1例と、差が明白だった。
DAO活性や忍容性の向上を実証するのが今後の課題
以来、これをきっかけに岐阜大病院では、がん患者に対して「エレンタール」をベースとしたグルタミン入りの製剤を全例投与することになっている。
「食道がんの手術というと、昔はもうほとんどの人が術後5キロ10キロ体重が減っていました。しかし今や、最近の56例中21例が5カ月以内に術前値に戻り35例は5キロ減以内で安定しています。4割近くが術前に戻っている感じですね。もちろんこれは栄養士さんの努力もありますが、『エレンタール』を導入した支持療法の効果がいかに高いものであるか、わかっていただけるのではないでしょうか」
今後、岐阜大ではさらに詳細なデータを取り、基礎的な研究を続けて仮説を実証しようと研究に余念がない。
「これからの研究としては、DAO活性の数値を取ろうとしています。DAO活性というのは、腸の栄養吸収力の指標になる絨毛の高さを示す血中の酵素の数値。つまり成分栄養剤が小腸の絨毛を促進させるのかどうかを、血液検査で追跡していく。そして血中においてDAOが高く、吸収されるグルタミンの数値も上がっていて、口内炎が減っているという結果がでたら、『エレンタール』を粘膜再生の治療目的で使うことに意味があることが明白になるわけです」
さらに、田中さんの実際の臨床経験で言うと、「エレンタール」の腸管免疫のメンテナンス・栄養状態の維持は抗がん剤継続の忍容性を高める、つまり抗がん剤投与に耐える力を与えてくれる印象があるのだという。その点も、今後詳細にデータを集め、実証していく予定だそうだ。
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