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2次障害を予防して生活の質を保とう
抗がん剤による末梢神経障害の特徴とその対策

監修:田墨惠子 大阪大学病院化学療法部看護師長
取材・文:増山育子
発行:2008年4月
更新:2019年7月

  

田墨惠子さん 大阪大学病院
化学療法部看護師長の
田墨惠子さん

ある特定の抗がん剤の副作用で起こる「手足のしびれ」は患者さんが日常生活をしていく上で重大な影響を及ぼしかねない。
がんを治療するにあたって避けて通れないことだとしても、なんとか改善する手立てはないのだろうか。
そういった患者さんの悩みを多く聞く立場にある大阪大学病院化学療法部看護師長の田墨惠子さんに伺った。


しびれは特定の抗がん剤に限って起こるのが特徴

図:神経線維

神経線維:微小管は細胞分裂に関与するほか、神経細胞では細胞体で作られたタンパク 質を神経末端方向へ運ぶ役割を持っています。またその逆の輸送もします

手足の指先にピリピリ、じりじりするような痛みやしびれを感じる、いわゆる「手足のしびれ」は「末梢神経障害」と呼ばれる。

これは、ある特定の抗がん剤を用いたときに、末梢神経(脳や脊髄から全身に走る神経系のこと)の細胞がダメージを受けることによって起こる副作用だ。

たとえば吐き気や倦怠感といった副作用がほぼどんな抗がん剤でも出現するのにくらべて、末梢神経障害はある特定の抗がん剤に限って起こるのが特徴で、●タキサン系製剤:タキソール(一般名パクリタキセル)、タキソテール(一般名ドセタキセル)、●ビンカアルカロイド製剤:オンコビン(一般名硫酸ビンクリスチン)、●プラチナ(白金)製剤:シスプラチン(商品名ブリプラチンまたはランダ、プラトシン)、エルプラット(一般名オキサリプラチン)などが、この副作用の出やすい薬剤として知られている。

「以前から肺がんなどの治療に使うシスプラチンなどがしびれを起こしやすい抗がん剤として知られていましたが、近年、タキソールの適応範囲が広がり、使用頻度が増えていますし、エルプラットが国内で承認されたことなどで、末梢神経障害の症状を訴える患者さんが多くなっています」と、大阪大学医学部付属病院化学療法部看護師長の田墨惠子さんは言う。

「多くの場合、末梢神経障害は治療を続けている限り続き、治療が終わっても完全に治らない場合もあるといわれていますし、治るのにもとても長い時間がかかる場合もあります。それが末梢神経障害の特徴でもあります」

[梢神経障害を起こしやすい代表的な抗がん剤]

商品名 一般名 適応となる主ながん種
タキソール パクリタキセル 卵巣がん、非小細胞肺がん、乳がん、胃がん、子宮体がん
タキソテール ドセタキセル 乳がん、非小細胞肺がん、胃がん、頭頸部がん
オンコビン 硫酸ビンクリスチン 白血病、悪性リンパ腫、小児腫瘍、多発性骨髄腫、悪性星細胞腫、神経膠腫
ランダ
ブリプラチン
プラトシン
シスプラチン 睾丸腫瘍、膀胱がん、腎盂・尿管腫瘍、前立腺がん、卵巣がん、頭頸部がん、非小細胞肺がん、
食道がん、子宮頸がん、神経芽細胞腫、胃がん、小細胞肺がん、骨肉腫、胚細胞腫瘍など
エルプラット オキサリプラチン 治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸がん

しびれは体験するまでわかりにくい

末梢神経障害には、手足の指先のしびれ感、触れている感覚がなくなる、熱い・冷たいがわからなくなる、力が入らなくなる、など多様な症状がある。その多くは「指をすり合わせるとおかしな感じがする」というような、何かをつまんだり持ったりするとしびれているように感じる状態から「ボタンがはめにくい」「字が書きにくい」「靴がはきにくい」というような何もしなくてもしびれていたり、手に力が入らなくて「ものがつかめない」「歩いていると転ぶ」というように進行する場合もある。

タキソールでは「グローブアンドストッキング」と呼ばれる、手足の指先から始まったしびれが手袋と靴下をつけたときに覆われる部分に広がっていく症状が知られている。それに先行して、「足の裏に皮を1枚張ったよう」と違和感を訴える人が多いという。

田墨さんは「嘔吐などは誰しも経験があるけれど、末梢神経障害によるしびれは体験するまでわかりにくいもので、『指をすり合わせて何かおかしな感じがしませんか』と伺うと、『あぁ、そういえば』と初めて気づかれることもあるし、その程度では気がつかず『お箸が持ちにくい』という自覚症状から訴え始める人もいます」という。

しびれはきわめて主観的な感覚であるため、どのくらい気になるか、どんな症状がつらいのかも、人によって大きく違っている。しかし、これらの副作用によって患者さんのQOL(生活の質)が損なわれていることは確実である。

「末梢神経障害に苦しむ患者さんが増え、厄介な副作用であることが認識されてきましたが、薬物療法などの切れ味のよい対処方法が見つかっていないのが悩ましいところです」と田墨さんは指摘する。

症状や副作用の程度には個人差がある

タキソール(一般名パクリタキセル)は、1990年代に国内での販売が開始されて以来、現在では、乳がん、卵巣がん、胃がん、非小細胞肺がんの治療に広く用いられるようになったため、近年、多用傾向にある抗がん剤だ。

田墨さんは「蓄積毒性といって、投与される量に応じて症状が出るといわれることもありますが、回数が多い人全員に出るかというとそうではなく、また、続けている限り症状が強くなるかというと、強くなる人もいれば、ある程度のところで止まる人もいるという印象があります。乳がんの再発治療で数カ月間という長期間使っていても強いしびれが出ない人もいます。しびれが起こる頻度はかなり高いのですが個人差もあるようです」と話し、次のようにアドバイスする。

「ですので、先に投薬を受けた患者さんから何回目に副作用が出たという話を聞いても、自分にあてはまるとは限らないことを知っておいてください。そういう方のお話も参考にしながら、自分に出ている症状について、医療者と話し合ってどうすればいいか見つけていくことが大切です」

また、切除不能の乳がんや再発乳がん治療に使われるナベルビン(一般名ビノレルビン)も頻度は低いが知覚異常を認めることがあるため、タキソールによる神経障害が回復しないうちにナベルビンを使う場合もあり、しびれが長期化することもあるという。末梢神経障害を副作用にもつ抗がん剤同士を使うと、より強く症状が出ることもあるのだ。

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