肝転移への有効性は否定された。が、その技術レベルに問題との指摘も
血管内治療の現在―偽らざるその効果と限界
最後の命綱? の血管内治療
がんの血管内治療ががん患者とその家族から頼りにされ、広く普及しつつある。かなり大きながん病巣でも驚くほど縮小し、ときには消失させることもあるため、切羽詰まった思いから血管内治療を受ける患者が後を絶たない。とりわけ、「もう治療の手がありません」と医師から告げられた少なからぬ進行がん・再発がんの患者にとって、血管内治療は「最後の命綱」と受けとめられている。
しかし、がんの血管内治療は、果たしてそれだけ期待した通りの効果が得られるのだろうか。腫瘍の縮小によって症状の改善や生活の質(QOL)の向上、生存期間の延長が得られると科学的に証明されているのだろうか。血管内治療に過大な期待を抱いた結果、逆に裏切られた思いを抱くがん患者とその家族も少なくない。血管内治療についての正しい知識を得ることはもちろん、その治療効果と限界をしっかりと見据えたうえで受けることが、がん患者とその家族に求められている。
血管内治療の手術シーン
最新型の血管造影装置。これを駆使して血管内治療を行う
肝動脈への抗がん剤注入からスタート
肝臓内での血流をカテーテル操作で変える血管内治療のシェーマ
左鎖骨下の動脈を経由してカテーテルを入れた全体像
がんの血管内治療にも種々のものがあるが、その代表的なもののひとつが動脈塞栓療法だ。これは、太ももの大腿動脈からカテーテルという細い管を挿入し、血管を伝ってがん病巣のごく近くまでその先端を到達させ、がんを養っている腫瘍栄養血管を詰めて兵糧攻めにし、がん細胞に供給される酸素と栄養の補給を断ち、腫瘍の縮小や消失をはかる治療法だ。場合によっては詰めた腫瘍栄養血管に、抗がん剤などを直接投与することもある。
もともとがんの血管内治療は、原発性肝がんに対し、肝動脈へ直接抗がん剤を投与する肝動脈注入化学療法(肝動注)からスタートした。
「通常の静脈から投与する全身化学療法よりも、直接、局所(肝臓)に抗がん剤を投与するほうが、がん病巣を高濃度の抗がん剤に曝すこととなり、それだけ治療効果も高められると期待できるからです」
と国立がん研究センター中央病院放射線診断部部長の荒井保明さんは指摘する。しかも、肝臓の正常肝組織は、門脈と肝動脈の2本の血管から酸素と栄養の補給を受けているのに、がん細胞は肝動脈からのみ補給されているため、肝動脈への抗がん剤投与ではがん細胞のダメージがより大きい。加えて、一旦、投与された抗がん剤は肝臓で代謝されるため、全身への副作用を軽減できるという利点もある。
肝動注は1950年代から始められた治療法だ。その後、肝動脈をゼラチンスポンジ等で詰め、兵糧攻めにする肝動脈塞栓療法(TAE)も治療効果の高いことが明らかにされる一方、原発性肝がんだけでなく、大腸がんをはじめ、乳がんや胃がん等の肝転移(転移性肝がん)にも肝動注が試みられるようになった。そして、血管の走行を正確に映し出すX線血管造影検査(アンギオグラフィ)やマイクロカテーテル等の著しい進歩に支えられ、頭頸部がんや腎がんをはじめ、肺や骨、腹腔内臓器、骨盤などへ転移したがんの腫瘍栄養血管までカテーテルを挿入し、血管を詰めたり、抗がん剤を投与したりする血管内治療が広く行われるようになった。
がんに栄養を送る血管に
マイクロカテーテルを入
れて留置したところ
血管にマイクロカテーテ
ルを留置。がんを兵糧攻
めするには、がんに栄養
を送っている血管を見つ
け出す必要がある
薬剤を良好に分布させ
るのも効果を上げるコツ
適切な治療法なのかの検討が大切
血管内治療ががん患者やその家族から大きな期待を寄せられるのは、腫瘍の縮小効果が非常に大きいためだ。
「とりわけ、全身化学療法で歯が立たなかった転移巣でも、しばしば急速に小さくなったり消えたりすることから、すばらしい夢のような治療法だと誤解されやすい。そのせいか血管内治療を行っている専門医の中には、個々の症例ごとにそれが適切な治療法なのか否かを厳密に検討することなしに、患者さんに強く請われると安易に行う医師が少なくありません。その結果、さらに症状を悪化させる患者さんが後を絶たないのは、非常に問題だと思います」と、キャンサーネットジャパンの科学ディレクターで東大病院緩和ケア診療部副部長の岩瀬哲さんは指摘する。
事実、乳がんを腰の骨に転移させた患者が血管内治療で脊髄への栄養血管を詰められ、下半身不随となった例も報告されている。あるいは、乳がんを背中に転移させた患者は、皮膚への栄養血管の塞栓によって直径10センチ以上の表皮が壊死し、病巣の露出を招いた例も見られる。
血管内治療を受ける際は、確かな治療効果が得られるのか否か、副作用や障害などの有無を事前に問いただし、十分に吟味する必要がある。
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