医学誌『ランセット』の膵がん部門の総括者も務める

あらゆる治療の可能性を考え 難治がんの膵がんに挑む

取材・文●伊波達也
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2016年6月
更新:2016年9月

  

神澤輝実 がん・感染症センター都立駒込病院副院長(消化器内科)

がん・感染症センター都立駒込
病院副院長の神澤輝実さん

総合診療体制の基盤の上でがん医療に従事する、がん・感染症センター都立駒込病院。1975年(昭和50年)以来、膵がんの症例は通算で約3,000例。そんな中で胆膵がんの治療に日々励み、そこから得たヒントを糧に、自己免疫性膵炎とIgG4関連疾患の研究で世界的に脚光を浴びた副院長(消化器内科)の神澤輝実さん。医学誌『ランセット』の膵がん部門の総括者も務める凄腕の医療人に迫った。

かみさわ てるみ 1982年弘前大学医学部卒業、同年東京都立駒込病院臨床研修医、84年同院病理科非常勤医、86年内科医員、96年内科医長、2008年内科部長、2015年副院長就任、現在に至る。東京女子医科大学、日本大学医学部、関西医科大学の非常勤講師を務める。2013年自己免疫性膵炎の研究で都知事より第17回東京スピリット賞を受賞

30年間 膵がんと向き合い続ける

がんの中でも難治中の難治がんである膵がん。我が国での罹患率は男性7位・女性6位、死亡率は男性5位・女性4位で、罹患者数と死亡者数の差は極めて少ないがんだ。そして近年、増加の一途をたどっている。手術ができることが根治を目指すための大前提だが、早期発見がなかなか難しく、また手術可能な症例は全体の2割程度に過ぎず、5年生存率も6%程度と厳しい現状だ。

そんな膵がんと、医師になって以来30年間ずっと向き合い続けてきたのが、がん・感染症センター都立駒込病院副院長(消化器内科)の神澤輝実さんだ。

「膵がんは、以前は手術ができないと、化学療法も全く歯が立たず、終末期を見守るしかなく、治療の現場では無力感に苛まれることも多かったです。

今でも難治がんであることに変わりはありませんが、2000年頃にジェムザールという薬が登場して大きく変わりました。そして数年前にはTS-1が使えるようになり、さらに現在では、切除不能の膵がんについてはアブラキサンとジェムザールの併用療法が標準治療となるなど、治療の選択肢が増えてきました。膵がんはもちろん手術が重要ですから、できるだけ早く見つけて鑑別診断し、手術できる患者さんはできるだけ早く外科に送る。取れる可能性がある場合には、積極的に術前化学放射線療法を実施して、腫瘍を小さくしてから手術に臨んでおり、集学的治療によりあらゆる治療の可能性を考えて実践しています」

ジェムザール=一般名ゲムシタビン TS-1=一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム アブラキサン=一般名ナブパクリタキセル

治療の行き場を失った患者も きっちり診るのがモットー

神澤さんと消化器内科で胆膵がんを担当する医師は、外科、放射線科、看護師等の人々との協力体制により、患者のQOL(生活の質)や希望も勘案しながら、患者本位の治療を日々実践している。

ERCP検査室でスタッフと

この日は病棟でのカンファレンスや他科も含めたキャンサーボードが行われていたが、若いスタッフたちは皆、和気藹々としていて、チームワークの良さを感じさせた。

和気藹々とした雰囲気の中で開かれる胆膵カンファレンス

毎水曜日夕刻に開催される胆膵がんのキャンサーボード

「厳しい状態の患者さんと常に接していますので、主治医、担当医に関わらず、医師同士は協力し、看護師ほかのスタッフも含めて助け合いながらチームで診療することがとても大切なのです」

膵がんの鑑別診断に欠かせない、内視鏡による膵管・胆管検査であるERCP(逆行性膵胆管造影)も年間400例以上実施する。

「我々の病院は、総合診療の基盤の上に立つがんセンターですので、高齢者や肺、心臓、腎臓などに病気がある患者さんに対しても安全にがん治療ができる仕組みになっています。〝がん難民〟と言われるような治療の行き場を失った方々もきっちりと診るのがモットーです」

研究者としても大きな功績を残す

日々の診療に忙殺される神澤さんだが、研究者としても意欲的に研究に従事し、大きな功績を残してきた。

中でも2003年、ずっと研究を続けていた自己免疫性膵炎は、免疫タンパク質の一種であるIgG4が関連した全身性疾患(IgG4関連硬化性疾患)の膵病変であることを英語の論文で発表し、世界的に脚光を浴びた。現在この病気は、IgG4関連疾患と呼ばれている。

そんな神澤さんだが、医師になったのにはそれほど大きな理由はなかったと、医学部入学当時を振り返る。

「両親も医者ではありませんし、医者の家系に育ったというわけでもありません。生物関連が好きで、医師というより研究者になりたいと思っていたことはありました」

そう話す神澤さんだが、医学部に入り、消化器内科を目指した。

「これもとくに理由はないのですが、内科には研究的なイメージがあり、単純に面白そうだと思いました。それから今思えば、子どもの頃、試験が近くなるとお腹が痛くなるという過敏性腸炎のような症状を持っていたので、消化管のメカニズムについて知らず知らずに興味を覚えていたのかもしれません」

自己免疫性膵炎の存在を報告

医学部卒業後、神澤さんは、大学の教室に残る選択肢も考えたが、都立駒込病院のレジデント(研修医)の試験を受け合格。同院に在籍することとなった。院内での研修後、同院の病理科に2年間在籍した。このときに膵臓の病理を学んだことが、その後、膵がんをはじめ膵臓、胆嚢の病気をライフワークとすることになるのだ。

1990年代初頭、消化器内科で日々胆膵の病気の診療に明け暮れていたあるとき、駒込病院の病理科では、膵がんの診断で2例続けて、膵がんではないが、腫瘤を形成している特殊な膵炎を経験し、その病理像を英文で報告しました。

「がんに似ているが良性で、手術されることがある特殊な膵炎は腫瘤形成性膵炎として以前から知られていました」

この論文は、今も自己免疫性膵炎の病理像として認知されています。

その後、95年、神澤さんが懇意にしていた東京女子医科大学のグループがERCPの画像の所見から自己免疫性膵炎の存在を報告した。

さらに、2001年には信州大学のグループが自己免疫性膵炎では血中のIgG4が高くなっているという報告を出した。

「当時、当院にも10数名自己免疫性膵炎の患者さんがいて、私がほとんど診ていました。そこで、IgG4の抗体を作っている英国の会社を見つけ出し、その抗体を輸入し、手術をしてしまった病理標本や、腫れた唾液腺から取った組織、胃内視鏡検査で取った組織など様々な組織を調べたら、そこからIgG4が検出されたんです」

そして自己免疫性膵炎の膵臓の形質細胞にIgG4がたくさんあることを突き止め、さらに胆管、胃、大腸、リンパ節、唾液腺などいろんなところに存在することを発見した。

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