• rate
  • rate
  • rate

祢津加奈子の新・先端医療の現場8

新動注療法で、治療法がなかった乳がん皮膚転移を救う!

監修●滝澤謙治 聖マリアンナ医科大学放射線医学講座教授
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2011年10月
更新:2019年8月

  
滝澤謙治さん
「乳がん皮膚転移に苦しむ患者さんのために、全国に動注化学塞栓療法が広まって欲しい」と話す
滝澤謙治さん

乳がんの皮膚転移が進行すると、患部が崩れ、悪臭を放ち、患者さんにとって大変つらい病気となる。しかもこれまで有効な治療法がなかった。しかし、そこに大きな希望となる治療法が現れた。聖マリアンナ医科大学の滝澤謙治さんが動注療法に工夫を凝らし、この皮膚転移に救いの道を拓いた。

胸の動脈を塞栓

[乳房周辺の血管]
乳房周辺の血管
腕から動脈に細いカテーテルを入れ

腕から動脈に細いカテーテルを入れ、エックス線で透視しながら「内胸動脈」まで送り込む

この日の午後、Aさん(女性・81歳)は車椅子で血管撮影室にやってきた。1年前に摘出した右乳房のがんが腋窩リンパ節と前胸壁に転移。それが大きくなって皮膚転移し、表面に露出してきた。全身化学療法を受けたが効果がなく数カ月の間に直径13センチほどの大きさになった。そこでリザーバー動注化学塞栓療法を受けることになったのだ。

午後2時。検査台に仰向けになったAさんの右腕の付け根にマンシェットが巻かれた。血圧測定ではなく、抗がん剤の注入の際に利用するのだ。

医師が腕をさぐり血管の位置を確認、Aさんの体の上にX線透視装置が移動した。緊張した様子のAさんを「先生がすぐ傍に居るから大丈夫よ」と、看護師が励ます。麻酔注射をして、腕から動脈にカテーテルを通す管を入れる。ここから細いカテーテルを入れ、エックス線で透視しながら「内胸動脈」まで送り込んでいく。内胸動脈は鎖骨下動脈から枝分かれした血管で、胸骨の両側を走り、乳房の内側部分に栄養を与えている。

ここに先端が丸くなったカテーテルを入れ、塞栓物質を注入する。「胸が痛いけど、少し頑張ってね」と看護師。内胸動脈は胸の皮膚の部分にも栄養を送っているので、詰まったとたん血流不足で胸が痛くなるのだ。

さらに、プラチナ製のコイルを挿入し、内胸動脈を完全に閉塞した。造影剤を注入して内胸動脈がつまっていることを確認した上で、マンシェットに圧をかけて鎖骨下動脈から抗がん剤(ファルモルビシン)を注入、1回目の動注療法が行われた。マンシェットは、手先のほうに抗がん剤が流れるのを遮断する ためなのだ。

午後4時半、カテーテルの先端が鎖骨下動脈にあることを確認したのち、カテーテルとリザーバーをつないで腕に留置。処置が終了した。これからAさんは、リザーバーを使って週に1回、動注化学塞栓療法を受ける。

マンシェット=上腕部に巻き、ゴムの袋に空気を送り込んで動脈を圧迫する環状帯。血圧を測るときなどに使用する
コイル=導線をらせん状に巻いた線輪。電気回路部品などに使われる
ファルモルビシン=一般名エピルビシン


表題

内胸動脈を閉塞し、わざと鎖骨下動脈から寄生血管を発達させ、抗がん剤を確実にがんの病巣に運ぶルートを作る。

表題

画像のように、プラチナ製のコイルを挿入して(矢印)血管を閉塞する場合もある。

乳がん皮膚転移のつらい現実

動注療法や動脈塞栓術は、血管内治療の一種でがんに栄養を送る動脈内にカテーテルを進め、抗がん剤や塞栓物質を注入して、がんの栄養血管を遮断して腫瘍細胞を死滅させる方法。局所進行乳がんでもすでに1960年代には導入されていた。

局所の奏効率は80パーセント前後とかなり高かったという。しかし、血栓が飛んで脳梗塞を起こしたり、血管を傷つけるなど重い合併症の危険があること、さらに「1番大きかったのは、再発率が高かったことです」と滝澤さんは話す。

従来の動注化学塞栓療法は、血管へのダメージを考慮するとそう頻繁にできるものではない。月に1~2回抗がん剤を投与し、最大でも6回ぐらい行うのがやっと。大きな局所進行乳がんは増大スピードが早く、1度は効いても次の治療までの数週間にドンと大きくなってしまうのだ。またがんの全域に抗がん剤が分布するように注入しなければ効果は不十分である。

「結局、5~6センチ以下の局所に限定したがんに効果が限られていたのです」

そのため、一般的には行われなくなった。だが、進行再発乳がんの現実は厳しい。

「乳がんは、30パーセントが再発するとされています。同じ部位に局所再発した場合、手術、放射線、全身化学療法と治療法はあってもいずれも無効なこともあります。そうなると、どんどん局所でがんが大きくなり、ときには皮膚を破って出血や浸出液が出たり、組織が壊死、感染して悪臭が出る。本人も家族も大変なのです」と滝澤さんはそのつらさを語る。

「その人らしい時間を」といっても、患部は崩れ、悪臭もはなはだしい。外出どころか人と会うのもはばかられるという患者が多いのである。女性にとってはかなりつらい状態だ。これを何とかしたいと、滝澤さんが着目したのが、リザーバー動注化学塞栓療法だったのである。

リザーバー=体内に薬剤を注入する管(カテーテル)に接続して、カテーテルの端を皮下に埋め込むための器具

主な栄養血管を封鎖し、寄生血管を利用して薬剤注入

滝澤さんは血管内治療の専門家として、動注化学塞栓療法に改良を加えた。1つは、がんに栄養を与える血管のルートを変えてしまうことだ。

以前から、肝臓や骨盤内臓器を対象に動注化学塞栓療法は行われてきた。ところが、たとえば肝がんの場合、せっかくがんに栄養を送る動脈に抗がん剤を入れて塞栓物質で詰めても、やがてがんは周囲臓器から新しい血管(寄生動脈)を引き込み、新鮮な血液を手に入れてしまう。その結果、抗がん剤が届かないがんが生き残ってしまう。そこで、寄生血管を1本ずつつぶしたり、あらかじめ寄生血管ができることを計算して動脈を遮断するといった方法が開発された。このアイデアを、乳がんにも取り入れたのである。

つまり、乳がんに栄養を送るメインの動脈は内胸動脈だ。その他、腋窩動脈、肋間動脈や腹壁動脈など内胸動脈とつながるたくさんの栄養血管(寄生動脈)があり、これらすべての血管を治療することは本来不可能である。そこで、後の腹壁動脈と肋間動脈の発達を阻止する目的で、内胸動脈を完全に閉塞させる。これによりがんは腋窩動脈の分枝から栄養を送られるようになり、その上流にあたる鎖骨下動脈にカテーテルを埋め込むことにより、がんの全域に動注が可能となる。ちなみに内胸動脈が閉塞しても、正常組織は他から血流を確保するので、影響はないそうだ。


同じカテゴリーの最新記事

  • 会員ログイン
  • 新規会員登録

全記事サーチ   

キーワード
記事カテゴリー
  

注目の記事一覧

がんサポート10月 掲載記事更新!