祢津加奈子の新・先端医療の現場4
検査と照射を同一機械で行い、ピンポイント治療を実現させた「トモセラピー」
江戸川病院放射線科部長の
浜 幸寛さん
正常組織を傷つけることなく、放射線をがんだけに集中させるのが放射線治療の理想。この理想を実現したといわれるのが「トモセラピー」だ。江戸川病院放射線科部長の浜幸寛さんらは、厳しい精度管理のもとに、従来の放射線治療では難しい肺がんや脳脊髄転移にまでトモセラピーを応用している。
脳、肺、背骨を1度に照射
トモセラピーの機器は、CT(コンピュータ断層撮影)の検査装置とそっくりな形をしている。大きな丸いトンネルとそれに付属する可動式のベッド。患者さんは、ベッドに仰向けに横たわり、トンネルに入っていく。
浜さんによると、トモセラピーの特徴は、1台で検査と治療、両方ができることだという。
この日、夕方5時過ぎに放射線治療室にやってきたのは、64歳の男性。腎臓がんが、肺と脳、背骨(仙骨)に転移している。従来ならばそれぞれに放射線治療が必要だが、トモセラピーならば全て一緒に照射できるのだ。
「腰は大丈夫ですか?」
看護師が声をかけながら、患者さんをトモセラピーのベッドに移動させる。仙骨の転移巣がかなり大きく、臀部の痛みと足の麻痺があるからだ。しかし、リハビリとトモセラピーのおかげで回復傾向にあるという。
ベッドには、あらかじめ患者さんの体に合わせて型どりをして作った固定具が置かれ、患者さんはこの中にスッポリと入る。位置が決まると、最初にトモセラピーでヘリカルCTを撮影する。ヘリカルCTとは、体をらせん状に輪切りにして撮影する方法だ。わずか2~3分で撮影は終了。
隣の操作室では、放射線技師の女性2人がモニター画面を見つめている。前回治療計画を作るためにとったCT画像と今回の画像を比べて位置のズレをみているのだ。「横2ミリ、高さ1センチ」とわずかなずれが指摘された。これぐらいのずれは従来の放射線治療ならば、いくらでもあるそうだ。
すぐに浜さんは、患者さんの位置を動かし、そのずれを補正し、治療が始まった。といっても、外見的にはトモセラピーのトンネルの中に、患者さんが仰向けになって横たわっているベッドがゆっくりと移動していくだけ。しかし、この間に放射線の照射装置が体の周囲を回りながら全身のがん組織に放射線を照射しているのだ。
操作室にはピーピーという音が響き、モニターには「15パーセント完了、26パーセント完了」と、計画した照射の進行具合が刻々と示される。
今日の放射線照射時間は、305秒。5分少々だった。治療が終わると、患者さんは来たときと同じように車イスで病室に戻っていった。
強度変調放射線治療の専用機
トモセラピーが、江戸川病院に導入されたのは、4年前、2007年のことだ。
放射線治療は、リニアック(直線加速器)が標準。これは、「まんべんなく、がんに放射線をあてるための装置です」と浜さん。したがって、正常組織にもまんべんなく放射線が照射されることは避けられない。これに対して以前から、強度変調放射線治療(IMRT)という照射法もあった。
これは、複数の方向からビームの強度を変えて放射線を照射し、がんの病巣に放射線を集中させようというもの。ただ、計画どおり正確に照射するのはなかなか大変だという。「たとえば、7方向から放射線のビームを照射する場合、CTの画像から線量を計算して照射計画をたてるのですが、実際には『計画どおりがんに照射されるだろう』という前提で行っているだけなのです」と浜さんは指摘する。皮膚に照射位置をマークしても、体内の臓器は毎回1.5~3センチぐらい位置がずれる。
体内の臓器やがんの位置が正確に把握できなければ、せっかくの照射計画も絵に描いた餅。不要な部位にも放射線があたる可能性は否めなかったのである。
ところが、90年代に入ると、初めて強度変調放射線治療専用に医療機器トモセラピーが作られた。浜さんによると「画期的に新しい技術というのではなく、標準的に使われているリニアックと以前からあるヘリカルCTを組み合わせたものなのです」
では、なぜトモセラピーが優れているのか。
診断と照射が同一ビームでできる
トモセラピーが優れている点は、検査と照射が同じ機械でできること、かつヘリカルCTが使われている点だ。
CT検査と放射線治療を別の機器で行う場合、放射線治療器と検査機器の焦点がピタリと一致していなければ、それだけで照射位置がズレてしまう。1番望ましいのは、「放射線治療器で、検査も一緒にできる」ことだという。これを実現したのが、トモセラピーなのだ。
トモセラピーは、治療用の放射線の線量を100分の1から200分の1まで落とし、診断に使うことができる。したがって、患者は全く移動することなく、診断から治療まで受けることができるのだ。
しかも、ヘリカルCTは、放射線を発射するビームがグルグルと体の周囲をらせん状に回転しながら、体内の臓器やがんを上から下まで輪切りにしてとらえる。同じしくみで治療も行えるので、全身どの位置のがんにも、1度に放射線を照射できるのが大きな利点だという。
「たとえば、リニアックで全身照射をすると照射野を分断する必要があり、つなぎ目ができます。でも、トモセラピーならつなぎ目もなく、全身に計画どおり照射できるのです」と浜さん。
たとえば肺と脳、脊髄のように別の部位にがんがあっても、トモセラピーなら放射線のビームが体の周囲をらせん状に回転しながら照射するので、頭の先から爪先まで標的にできる。これがトモセラピーの強みなのだ。
綿密な治療計画で誤差がわずかに
ピンポイントで必要な部位に高い線量の放射線を照射できるので、これまでトモセラピーは前立腺がんを中心に利用されてきた。放射線照射の影響を受けやすい直腸を避けながら、前立腺の根治に十分な量を照射できるからだ。さらに、浜さんたちは最近、原発性や転移性の肺がんにもトモセラピーを利用している。
手術より体への負担は少ないとはいえ、トモセラピーは綿密な照射計画と精度の高い実施が命。まず、治療計画を立てるためにトモセラピーでヘリカルCTを撮影し、さらにMRI(核磁気共鳴画像法)やPET(陽電子放出断層装置)など、臓器によって最適な画像撮影をする。浜さんによると「肺がんはFDG-PET(*)が1番クリアにわかる」そうだ。この時、一緒に体の型をとって治療時の固定具も作る。
この2つの画像を元に照射計画が作成される。「1センチの安全域をとって呼吸による肺の移動も加味して」照射の範囲や強度を計画する。ただしこれが、なかなか根気のいる仕事だという。
「ヘリカルCTは2.5ミリ幅で画像を撮影するので、何百枚もの画像に照射計画を書き込まないといけないのです。ふつうでも2~3時間、全身の照射になると2日ぐらいかかります」
しばしば徹夜の作業になる。
さらに、できた計画にしたがってダミーに放射線をあて、照射される放射線の位置と線量を測定する。許される誤差は「位置が2ミリ、線量が2パーセントまで」と極めて厳密だ。
こうした計画に従い、トモセラピーが行われる。1回の治療時間は20分ほど。肺がんの場合は5~10回くり返し、総線量で50~60グレイを照射する。
浜さんによると「原発でも転移でもこれまで肺がんにトモセラピーを行って、グレード3以上の重い合併症が出たことはない」そうだ。
*FDG-PET=患者に、ブトウ糖に似た物質「フルオロデオキシグルコース」、通称「FDG」を混ぜた薬を注射し、そこにがん細胞が集まるので、これをPETで検出する方法
脳脊髄転移に非常に有効
トモセラピーの利点を生かして、浜さんは前立腺や肺だけではなく、脳や脊髄などの中枢神経、乳房、骨などのがんにもトモセラピーを活用している。
「最近、転移や再発で骨盤や脊髄にだけ照射したいなど、骨への照射を希望する患者さんが増えています。」
乳がんの場合、乳房温存手術後にリニアックによる全乳房照射が行われるが、これにもともと乳がんのあった場所に限定して照射を追加すると再発率が低下することもわかってきたそうだ。その追加照射を正確に行う上で、トモセラピーが威力を発揮するといえます。
とくに浜さんが、利用価値が高いと考えているのが脳や脊髄への照射。
たとえば、肺がんは脳脊髄にバラバラと転移して、これが原因で命を落とすことが少なくない。抗がん剤は脳には入らないからだ。こうした多発性の脳脊髄転移は、従来放射線治療は難しかったのだが、トモセラピーならば脳から脊髄まで1度に照射できる。
また、脊髄神経をくるむ髄膜にがんが散らばる髄膜播種もこれまで放射線治療が難しかったがんだ。しかし、トモセラピーなら外来でも可能なほど体に負担をかけずにできる。
照射が正確だから体に優しい
同じ意味で、浜さんが考えているのが骨髄移植の前処置として行われる全身照射だ。これは、骨髄の白血病細胞を殲滅するのが目的だが、実際には全身に照射されるため、患者には大きな負担になる。そこでトモセラピーで骨髄だけに照射しようという試みがすでにアメリカで始まっているそうだ。
一方、肺の小細胞がんは、脳転移の可能性が極めて高いため、転移が認められなくても予防的に脳に照射するのが標準治療だ。だが、脳のダメージは大きく、ときには認知症になることもある。このとき、トモセラピーで記憶をつかさどる海馬という部分をはずすと、その危険がかなり避けられるのだそうだ。
「トモセラピーで、より合併症の少ない放射線治療を行うことが可能です。また、標準治療でも不満足な部分があれば改善していきたい」
と浜さんは語っている。