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祢津加奈子の新・先端医療の現場3

骨転移の激痛に即効 「骨セメント療法」を進化させたISOP法

監修●滝澤謙治 聖マリアンナ医科大学放射線医学講座教授
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2011年3月
更新:2019年8月

  
滝澤謙治さん 聖マリアンナ医科大学
放射線医学講座教授の
滝澤謙治さん

骨転移の痛みが治療後たった2時間ほどで消える骨セメント療法。動けなかった人が歩けるようになるなど治療効果は著しい。ここにエックス線透視装置の特徴を生かして、より短時間で安全にセメントを注入するISOP法を開発したのが、聖マリアンナ医科大学放射線医学講座教授の滝澤謙治さんだ。

肺から脊椎に転移

写真:手術の様子

骨セメント注入療法にISOP法を用いることで、治療時間は20分弱に

写真:セメントは2分足らずで固まってしまうため、氷水で冷やしながら一気にこねる

セメントは2分足らずで固まってしまうため、氷水で冷やしながら一気にこねる

この日、手術室に運ばれてきたのは、肺がんの骨転移で腰椎圧迫骨折を起こした73歳の男性。

手術は血管造影室で行われ、部屋に入るとC型アームというエックス線血管造影透視装置が付いたベッドに腹這いに寝かされた。C型アームには、Cの字型のアームの両端にX線の照射装置とそれを受け止める検知器が付いていて、アームを旋回すると四方から目的の部位を、透視モニター画面上から透視できる。ここではモニター画面の中央に黒いマークが付いている。これが滝澤さん考案のISOP法()の特徴なのだ。

標的は、圧迫骨折を起こしている腰椎の1番。「では、始めますから動かないでくださいね」と医師が声をかけて位置決めが始まった。モニター画面を見ながらベッドを動かし、モニターのマークと腰椎の標的部位を合わせる。C型アームを回転させて、今度は側面でマークと標的部位の高さを合わせる。こうして位置が決まったところでC型アームを動かし、針の刺入方向を決める。

これで、針を刺す準備が整った。局所麻酔を打ち、皮膚に小さな切開を入れる。あとは、モニター画面で位置を確認しながら、直径2ミリほどの針を少しずつハンマーで叩き、マーカーの位置まで刺入していく。

「はい、針が刺さりましたからね、あとはセメントを注入するだけですよ」と医師が声をかけたのは、治療開始からわずか5~6分後のことだ。同時に、ベッドサイドでは氷を入れた洗面器の中でセメントこねが始まった。ストップウォッチを持った助手が「今、2分30秒です」、「3分20秒です」と、こね始めてからの時間を報告する。こねる時間も、重要なポイントなのだ。

できたセメントは、注射器のシリンジに注入される。今回は5本、5ccが用意された。これを、腰椎に刺した針に連結して椎体()にセメントを注入。モニターには、注入したセメントが椎体に充満していく様子が黒い影になって映し出された。

「はい、終わりましたよ。足のしびれとかありませんね」と、医師が確認する。あとは傷口を消毒して絆創膏を貼るだけ。わずか18分ほどでセメント療法は完了した。

ISOP法=Isocenter Puncture法
椎体=椎骨(脊椎の分節をなす個々の骨)の主要部分で、円柱状の部分。ここから椎弓が出る

従来、骨転移の痛みは麻薬や放射線で除去

骨セメント療法(経皮的椎体形成術)は、1984年にフランスで始まった治療法。90年代にはアメリカでも広がり、日本でも97年に導入された。全世界では10万件以上の治療が行われている。

対象は、がんの骨転移や骨粗鬆症による脊椎の圧迫骨折、多発性骨髄腫など。がんの脊椎転移は激しい痛みで、寝返りさえ打てなくなることもある。

滝澤さんによると、骨転移は血行性による場合と、リンパ節転移から直接骨にがんが食い込んでいく場合があるという。いずれにしても、やがて増大したがん細胞は骨皮質()や骨髄組織を破壊し、骨を脆く、弱くさせる。その結果「体の重みで椎体がつぶれて圧迫骨折を起こしたり、骨折しなくても骨の破壊によって痛みが出る」のだそうだ。とくに骨転移の場合、骨折した椎体がいつまでも固まらずにぐらぐらと動き、痛みが続くことも多いという。

こうした場合、従来は麻薬系の鎮痛剤を使い、それでもコントロールできなくなると、放射線治療や手術でがんを切除する方法がとられていた。しかし、手術は患者さんの負担が大きいし、放射線は骨折を伴っていると効果が現れるまでに日数がかかる上、一時的にでも痛みが制御できる人は70~80パーセント。「制御できた場合でも、3~6カ月後には再び痛みが現れることが多い」という。再照射できないのも欠点だ。

多発性骨転移に対しては、最近メタストロン注(一般名ストロンチウム-89)やゾメタ(一般名ゾレドロン酸)という治療薬も登場したが、それ以外はなかなかいい治療法がなかった。

骨皮質=骨の外側の部分

経験と勘で行っていた針の刺入

ここで、注目されたのが骨セメント療法だった。滝澤さんが、初めて骨セメント療法を行ったのは、2003年。第1例は父親だった。胃がんから骨転移を起こし、1カ所目は手術でがんを切除したが、また背中に痛みが出た。その治療法として骨セメント療法を行ったのである。

「効果が優れているし、技術的にも難しくなさそうだったから」と滝澤さんは語る。実は、滝澤さんは放射線科でもIVR(血管内治療)を専門とし、CTやエコーを見ながら細い針を刺す治療には慣れていた。

そこで、最初はCTガイド下で椎骨に針を刺し、骨セメント療法を行った。痛みをやわらげる効果は期待以上だった。治療後にはもう背中の痛みが止まり、父親は5~6年間痛みに苦しめられずに命を長らえることができた。

しかし、問題点も明らかになった。「CTは、何度も撮影しなければならないので、時間がかかりすぎるのです」そこで、エックス線透視に変更して、大学で本格的に骨セメント療法を開始した。これで、治療時間は3分の1になったが、それでも1カ所に1時間もかかる。針の刺し方も問題だった。

背骨を構成する椎骨は、椎体と背中側にある椎弓()から構成される。つぶれて圧迫骨折を起こすのは、椎体だ。したがって、セメントも椎体の中に注入する。ところが、椎体と椎弓の間には、脊髄神経が通っているので、背中から真っ直ぐ椎体に向かって針を刺すと、脊髄神経を損傷してしまう。そこで、斜め後方、詳しくいうと椎弓の付け根にある椎弓根から椎体に向かって針を刺す。この角度が、経験と勘のたまものなのだ。「5ミリずれると脊髄を損傷してしまう」ほどデリケートな作業だ。

しかも、椎体全体にセメントを注入するには、両側から2本の針を刺している施設も少なくない。局所麻酔も2カ所必要になるし、結果として時間もかかる。それだけ患者さんの負担も増える。そこで、滝澤さんが考案したのが、ISOP法だ。

椎弓=椎骨の一部で椎体の後ろに出る橋状の部分


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