多方面からの研究と様々な臨床試験が進行中
再発予防やQOLの維持を目指す ペプチドワクチン療法
がん治療では、外科療法、化学療法、放射線療法に続く第4の治療法として期待されている「がん免疫療法」だが、まだ標準治療とはなっていないのが現状だ。がん抗原の発見により、1990年代以降、副作用なくがん細胞だけをやっつける〝特異的免疫療法〟の時代となり、がんワクチン療法、抗体療法などの免疫療法の研究開発が盛んに行われてきた。
その1つ、がん細胞だけに現れるがん抗原ペプチドを体外から注入し、ペプチドを目印に、細胞傷害性T細胞(CTL)にがん細胞を攻撃させるペプチドワクチン療法。延命効果や再発予防効果など、がん患者さんの期待は大きい。ペプチドワクチン療法の現状と今後の取り組みについて迫った。
がん細胞を攻撃するペプチドワクチン療法とは
がんを叩くための治療に免疫機能を活用するというコンセプトで、様々な研究と臨床応用が進められ、がんにおける〝第4の治療〟と称されるのが免疫療法だ。
始まりは19世紀に遡るが、日本では1970年代に*BRM療法が登場した。以来試行錯誤を繰り返し、90年代には、がん細胞だけが持つ特定の抗原を見つけて攻撃する、がんワクチン療法や抗体療法が登場した(図1)。
その中でも注目を集めたのが、ペプチドワクチン療法だ。
「ペプチドワクチン療法とは、がん細胞の表面に現れるがん抗原ペプチドを人工的に作って、がん患者の体内へ注射します。体内に入ると見張り番である免疫細胞(樹状細胞など)がペプチドを察知し、細胞傷害性T細胞(cytotoxic T lymphocye:CTL)に情報を教えます。するとCTLがペプチドを目印に、がん細胞を攻撃するようになるというメカニズムです(図2)」そう説明するのは、国立がん研究センター先端医療開発センター免疫療法開発分野長の中面哲也さんだ。
*BRM療法=免疫賦活療法。免疫力を高める物質を患者さんに投与し、免疫の働きを調節して、がんに対する抵抗力を高める *サイトカイン療法=免疫細胞の伝達物質サイトカインを使って免疫機能全体を強化する治療 *養子免疫療法=免疫システムを担うリンパ球を一度体外に出し、そこで活性化させてから再び体内に戻す療法
肝細胞がんで延命効果や再発予防効果が期待されるGPC3ペプチドワクチン
2002年、中面さんらは肝細胞がん特有のタンパク質『グリピカン3(GPC3)』の中に、日本人の85%がどちらかの型を持つとされるA24、A2という各HLA型に結合する2つのGPC3ペプチドを発見した。
そして2007~09年に、進行・再発肝細胞がんの患者33人に対して、GPC3ペプチドワクチンを投与する第Ⅰ相臨床試験を実施した。すると9割の人で投与したペプチドに反応するCTLが増加し、そのCTLが多く増加した人では生存期間の延長が期待できる結果が得られ、明らかに腫瘍の縮小や消失を認める症例も経験した。
この試験結果が評価されて、進行再発肝細胞がんを対象とした治験が、現在製薬企業により実施されている。
さらに、卵巣がんの中でも抗がん薬が効きにくい卵巣明細胞腺がんを対象とした臨床試験でも、複数の進行がん症例で腫瘍の縮小や消失が見られており、肝芽腫などの小児がんでも再発予防効果には期待の持てる結果も得られている。さらには、小児がんの中でも難治性といわれる神経芽腫、ユーイング肉腫、横紋筋肉腫、骨肉腫に対しては、GPC3以外の3種類のペプチドを用いたカクテルワクチン療法による、医師主導治験も実施した。
また、今年(2015年)の6月からは、進行食道がん、大腸がんを対象に、中面さんらが発見した新たなペプチド(HSP105由来)のワクチン療法の医師主導治験が開始される予定である。
中面さんは、「現行のペプチドワクチンは進行がんに対して腫瘍を小さくする効果としては限界もありますが、QOL(生活の質)を保ったまま予後を延ばせる可能性は残されており、また、再発予防の可能性は十分あると考えています。小児がんでも多くが再発する第2寛解期以降の症例の再発を抑えられる可能性は示せたと考えています。今後の試験でそうした効果が証明されればと思います。化学療法やいろいろな治療とペプチドワクチンを併用して、よりよい効果を求めるという方法もあります」という。
肝細胞がんの根治的手術を行った35例に対して、再発予防を検討する第Ⅱ相試験を実施し、約1年間で10回(2週間に1回を6回、その後2カ月に1回を4回)、GPC3ペプチドワクチンを投与したところ、GPC3の発現が陽性の25例の患者さんにおいては、1年目の再発が抑えられる傾向がみられた(図3)。肝細胞がんは根治的手術であっても、1年で4割、2年では6割が再発するため、その有効性には期待したいところだ。
ペプチドワクチンの効果を増強させる研究も
ペプチドワクチンの有効性をいかに高めるかに対する研究も進められている。
「私たちの経験では、がん細胞の表面にペプチドがたくさん乗っている場合に効果が出ているのだろうと考えており、少ない場合はなかなか効果が期待できないのだろうと思っています」
そこで中面さんらは、腫瘍の中に直接ペプチドを注射するペプチド腫瘍内局注療法(図4)や、免疫調整因子に関与する抗体とワクチンとの併用療法など、ペプチドワクチンの効果を増強する方法の研究開発にも取り組んでいる。
「それぞれの患者さんのがん細胞にどれくらいペプチドが乗っているかがわかるような手法ができればいいのですが、現時点ではなかなか難しいです。将来的にはこの患者さんにはAというペプチドが出ているから、このペプチドワクチンを使おうというように、ペプチドのレパートリーが増えてきて、個別化ができるようになるのが理想です」
現在、アメリカでは、自己抗原のペプチドではなく、遺伝子変異した変異ペプチドが注目されているという。
「次世代シーケンサーの導入により、患者さんのがんの遺伝子変異、タンパクの変異が簡単にわかるようになってきました。そのためアメリカでは遺伝子変異を調べて、その人の変異しているペプチドを片っ端から作り、それをワクチンにしようということが行われています。究極の個別化ワクチン療法といえます」
さらに、ペプチドワクチン療法の方向性として、肝炎や肝硬変など前肝がん状態の患者さんに対する肝がん予防ワクチンの開発にも期待がかかる。
「肝炎の人は日本でも350万人以上いると言われています。将来的には、それらの人々を対象にした予防ワクチンを開発するというコンセプトは大いにあると思います」
新薬の承認を目指し、様々な治験が進行中
昨今、免疫療法というと、CAR-T細胞を用いた「遺伝子改変T細胞移入療法」での白血病や悪性リンパ腫に対する治療や、抗CTLA-4抗体、抗PD-1抗体による「免疫チェックポイント阻害療法」でのメラノーマや肺がんを始めとするいくつかのがんへの治療などが、劇的な効果とともににわかに脚光を浴びている。免疫療法のトレンドは、そちらへ移行しているのが否めない現状だ。
「そんな状況下でペプチドワクチン療法の存在感を示すためには、第Ⅲ相試験によりその生存延長効果や再発予防効果が認められ、薬剤として承認されることが重要です」
先述した中面さんらの肝がんや小児がんなどに対する治験以外にも、医師主導治験や、それらの成果を引き継いでの製薬企業による治験が、現在いろいろな施設で実施されている。これらの中から薬剤として承認されるものが出てくれば、ペプチドワクチン療法の可能性は再び大きく広がっていくことが期待できる。
分子標的薬の耐性化を予防する治療法を開発
ペプチドワクチン療法による様々な治療のアシスト的なアプローチの可能性もある。
例えば、中面さんらが神奈川県立がんセンターの笹田さんと共同で国際特許を出願し、臨床応用を目指す治療に、分子標的薬の耐性化を予防する治療法の開発がある。上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)という非小細胞がんに対する分子標的薬の*イレッサや*タルセバは、効き目はあるものの、必ず耐性が出てしまう。その要因であるT790M変異を、ペプチドワクチンとの併用治療で予防し、根治を目指すという治療法だ。
他にもGPC3を標的として、iPS細胞由来の再生T細胞療法開発に取り組むなど、ペプチドワクチン療法の開発に留まらない様々ながん免疫治療法の研究を行っている。
「最近脚光を浴びている遺伝子改変T細胞移入療法や免疫チェックポイント阻害療法の有効性は、大いに期待できますし、私たちもそれらの治療に対する研究にも、もちろん取り組んでいきます。
しかし一方で、そのような強力な免疫療法よりは治療効果が弱いとしても、QOLを保ちながら延命をはかり、侵襲もなく、安価にできる治療として、改めてペプチドワクチン療法に注目していただきたいと思います。そのために私たちは、今後もエビデンス(科学的根拠)のある治療の開発に尽力していきたいと考えています」中面さんは、そう結んだ。
*イレッサ=一般名ゲフィチニブ *タルセバ=一般名エルロチニブ
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