日本唯一のホットラインも機能
政府も動き出した希少がん対策
「希少がん」の定義が日本では定まっていないことはあまり知られていない。希少がんと診断された患者さんはどうすればいいのか、治療はどうあるべきか、国内唯一の希少がんセンターを持つ国立がん研究センター中央病院希少がんセンター長の川井章さんに伺った。
治療の均てん化との兼ね合い
希少がんとは、文字通り「まれで少ないがん」ということだが、どのようながんが希少がんなのか、という定義は確立されていない。
今年(2015年)から、厚生労働省で「希少がん医療・支援のあり方に関する検討会」が設置され、その定義から検討を始め、患者さんのための、また国民全体のための希少がん治療の在り方が議論されている。国立がん研究センター中央病院希少がんセンター長の川井章さんはその主旨を説明する。
「これまでは、発症数の多いがんに対するがん医療の均てん化ということが課題とされてきました。均てん化は医療においてとても大切な考え方ですし、確かにそれによってがん治療全体は着実に向上してきました。しかし一方で、同じアプローチでは対応が困難な希少がんという存在も、クローズアップされるようになってきたのです」
均てん化とは、全国どこでもがんの標準的な専門医療を受けられるよう、医療技術などの格差の是正を図ることを指す。全国のがん拠点病院は約400施設あるが、希少がんには年間の発生数が全国で200例以下というものも多い。
もし、これらの患者さんが全ての拠点病院で均等に診療されたとすると、各施設は2年に1人の症例を扱うかどうかということになってしまう。これでは、患者さんとしては自分がかかっている医療施設に自分と同じ病気の人がいないことで不安になったり、医師としても扱う症例が少ないので不安になったりしてしまう。
「そのような状況で診療を行うことがベストなのか。その状況が患者さんにも医療従事者にも望ましいのか、医療スキルの向上、知識の習得が可能なのか、患者さんの孤独感をどう解消するのか、など様々な問題が出てきます。均てん化は希少がんには馴染み難いという根本的な問題を抱えています」
10万人に6人未満のがん 欧州では200種類を認定
国としても対策に乗り出したというわけだ。希少がんの定義も議題となり、10万人当たり年間6人未満の発症ということでまとまりそうな状況だ。欧州の定義では190のがんが希少がんに当たるとされている。日本でもそれに近い数になりそうだ。具体的には、骨の肉腫、軟部肉腫、悪性脳腫瘍、皮膚のメラノーマ(悪性黒色腫)、眼腫瘍、小児がん、神経内分泌腫瘍などが希少がんに当たる。しかしそれでも問題はある。
「この数字で一律に線を引くと、卵巣がんも、白血病も希少がんに入ります。しかし、例えば白血病なら、きちんと体系立った治療が存在していて、血液内科が専門に扱っています。白血病と診断されたら最新の治療をする専門医がいて治療の質が担保されているということです。このようながんは、数字的には希少がんでも、新たな対策が必要な希少がんではないと言えます」
希少がんの扱いの難しさは、治療法の開発の遅さにも関連している。例えば小腸がんも希少がんに数えられるが、手術以外にエビデンス(科学的根拠)に基づく治療選択がない状況だ。罹患者の多い乳がんや肺がんなどでは、3次、4次治療まで確立されているのと比べると大きな差といえる。
希少がんセンターの役割 従来の枠を超えた取り組み
そのような状況の中、2014年に国立がん研究センターに設置されたのが「希少がんセンター」だ。希少がんの診療・研究活動を促進すること、さらに実際の診療を通して日本における希少がん医療の課題を明らかにし、解決していくことを目的としている。
「希少がんは疾患に関わる医師の数や経済的な支援が少なく、診療や研究の体制が十分に整えられたとは言えない状況にあります。従来の診療科の枠を超えた対応が求められる場面も多くあります。このような希少がんに対して、国立がん研究センターの医師、研究者が連携して診療、研究に当たることを目的として当センターは作られました」
肉腫を専門とする川井さんがセンター長となった。実際の診療に加えて、希少がんに関する情報発信と、困ったときに相談してもらえる環境作りを目指した。
「希少がんの患者さんの話を聞くと、ご自分の病気に関する信頼できる情報収集に苦労された経験がある方が多いことがわかりました。希少がんセンターでは、希少がんに関する正確な情報を広く、また一人ひとりに伝えていくことも重要な仕事と考えています」
希少がんにはサルコーマ(悪性骨軟部腫瘍)など、よく知られるがんも含まれるが、多くの患者さんたちは情報不足に悩んでいる。
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