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世界保健機関(WHO)の推奨する免疫栄養とは

自宅でできる 術後の感染症、合併症を予防する取り組み

監修●福島亮治 帝京大学医学部附属病院 上部消化管外科教授
発行:2017年4月
更新:2020年2月

  

帝京大学医学部附属病院 上部消化管外科教授の福島亮治さん

外科手術には「手術部位感染(SSI)」などの合併症を発生させるリスクを伴う。外科医をはじめとする手術関係者の努力によってその発生率は低くなっているものの、感染症の発生には手術を受ける患者の年齢や栄養状態、手術の大きさなども影響するため、その発生をゼロに抑えるのは困難だ。このような状況において、2016年11月に、世界保健機関(WHO)から「手術部位感染(SSI)予防のためのガイドライン」が発表された。

その中で取り上げられた「免疫栄養」は、手術前後にアルギニン(アミノ酸)やオメガ3系不飽和脂肪酸(EPAなど魚油に多く含まれる)などが強化された栄養補助飲料を摂取するという簡便かつ患者自身が実践可能な方法である。本稿ではこの「免疫栄養」に関しての最新の考え方を紹介する。

術後の合併症の発生を防ぐ取り組み「免疫栄養」

がん治療の柱である外科手術では生体に負担がかかり、手術後には体力や免疫力の低下が生じ、感染症をはじめとする合併症が発生するリスクを伴う【コラム】。厚生労働省による調査では、合併症が発生した場合、入院期間が長期化する傾向にあることが報告されている。そこで、手術前後にアルギニンや、魚油に多く含まれるEPAなどの栄養素を豊富に含む栄養補助飲料(以下、“アルギニン・EPA飲料”)を摂取し、免疫力を維持・向上させる「免疫栄養」が注目を集めている。

「免疫栄養」が感染をはじめとする術後合併症を減少させることは、国内外での多数の研究で報告されている。また、これらの研究の多くをまとめた欧米の論文でも“アルギニン・EPA飲料”を手術前後に摂取することによって、術後の感染症が約35%減少することが報告されている(図)。日本の臨床研究でも、欧米とほぼ同様に、術前に免疫栄養を行った場合、行わない場合に比べて、術後の感染症発生率が抑えられることが明らかになっており(表1)、栄養不良のない人にも有効であるとする報告もある(表2)

WHOのガイドラインで推奨された栄養療法「免疫栄養」

これらの研究結果を受け、2016年11月にWHOが発表した「手術部位感染(SSI)の予防のためのガイドライン」では、「待機的な高度侵襲手術をおこなう低体重の患者において、複数の栄養素を強化した栄養補助飲料の使用を検討する」ことが推奨された。

低体重としては、①BMI 18.5未満、または、②同年齢・同身長の健常者に比べて15~20%低い体重と定義されている。特に、がん患者では代謝の変化や食事摂取量の低下などにより、低体重が生じやすい。がん患者の15%で、病前の体重と比較し10%以上の体重減少が認められたという報告もある。

また、複数の栄養素とは、アルギニン、EPAや魚油に代表されるオメガ3系不飽和脂肪酸などを指し、これらの栄養素を豊富に含む栄養補助飲料を手術前後に摂取することが推奨されている。

BMI:Body Mass Indexのこと。体重kg÷(身長m)2で算出する。

アルギニン・EPAの働き

“アルギニン・EPA飲料”は世界中で使用されており、多くの臨床研究でその有用性が報告されている。それぞれの栄養素の働きについては次のように考えられている。

1)アルギニン:手術や外傷などのストレス下等、特別な状況では外部からの補給が必要となるアミノ酸(条件付き必須アミノ酸)のひとつである。リンパ球の成長を促進し、免疫力を高めると共に、創傷治癒を早めることが知られている。

2)EPA:青魚に多く含まれる脂肪酸。代謝の過程で炎症を抑制する働きをもつサイトカイン(情報伝達物質)を産生する。

病院によっては、“アルギニン・EPA飲料”を入院中の食事に取り入れたり、患者に推奨しているところもあるようだ。これは、食品であるため、医師の処方箋がなくても購入できる。手術前日まで自宅待機するときや通院の場合は、病院の売店や調剤薬局などで入手し、自宅で飲むことも可能だ。

「感染症を予防できれば、患者さんの入院期間は短くなり、治療費の負担も軽減されることが期待できます。これから手術を受ける患者さんは、主治医に相談してみるとよいでしょう」(福島さん)

がんの治療を支える取り組みとして、今後ますます栄養療法が重要な役割を担いそうだ。

 

【コラム】外科手術と感染症のリスク

がん治療の柱である外科手術は、治療効果は高い一方で感染症のリスクが伴う。途上国では、手術を受けた患者の3分の1で術後の感染症が発生すると言われている。医療技術の発達により、先進国での発生頻度は低下する傾向にあるものの、その発生率をゼロにすることはできない。消化器がんや頭頸部がんを始めとする手術侵襲が高い手術では、感染症の発生リスクが増加すると言われており、また、高齢者の増加も感染リスクを高めている。

「外科手術では皮膚や粘膜を切開するため、当然、細菌やウイルスのような病原体が侵入しやすくなります。さらに、手術侵襲を受けることによって、病原体から生体を防御する仕組みである免疫の機能も低下します。免疫では好中球、リンパ球、単球、マクロファージ、ナチュラルキラー(NK)細胞などの免疫担当細胞が中心的な役割を果たしていますが、手術侵襲を受けたときには、こうした免疫の機能も低下するため、病原体が侵入して増殖し、傷口の化膿、肺炎や尿路感染症といった感染症が起こりやすくなるのです」(福島さん)

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