世界の乳がん治療の最新動向を追う
乳がんの治療は、1人ひとりの患者に合った個別化医療の時代に入った
聖路加国際病院
ブレストセンター長の
中村清吾さん
最近の乳がん治療の進歩は目覚ましい限りで、目が離せない。数年前の治療はすでに時代遅れとなっている。なかでも最新のトピックは、遺伝子テクノロジーを駆使して、患者1人ひとりに合った個別化医療への道が明確に示されたことだという。
患者にとっては、うれしい報告だ。その世界の最新動向を追ってみた。
個別化医療が乳がんの大きな潮流
ここ数年、乳がん治療は目覚ましい進歩を遂げ続けている。手術や抗がん剤による化学療法の他にも、ホルモン療法、さらにハーセプチンなどを用いた分子標的薬による治療など、治療方法も多様化し、それぞれの分野で新たな知見が報告され続けている。
実際、乳がんの最新研究を元に初期治療を検討する場であるスイス、ザンクトガレン乳がん国際会議やアメリカ、サンアントニオ乳がんシンポジウムでは、次々に画期的な研究報告が披瀝されている。
現在、そうした世界の乳がん治療研究の最前線でどんな研究が行われ、その成果が実際の臨床にどのように反映されようとしているのか。世界の乳がん治療の最新動向を追ってみることにした。
現在、世界の乳がん治療研究で、もっとも大きな潮流となっているのは、個別化医療の実現に向けての研究だ。個別化医療とはいうまでもなく、1人ひとりの患者の個性や状況に合わせた、いわばテーラーメイドの医療を指している。患者にとってみれば、自らに最もフィットした治療が行われるのだから願ってもない研究テーマといえるだろう。では、実際にこの分野での研究がどこまで進展しているのだろうか。
遺伝子検査で再発リスクを予見する
ER、HER2の発現状況別治療指針]
日本の乳がん治療研究の最前線に立ち、昨年末に行われたサンアントニオ乳がん国際シンポジウムにも参加してきた聖路加国際病院ブレストセンター長、乳腺外科部長の中村清吾さんは、そこでの研究成果についてこう語る。
「昨年のサンアントニオの乳がんシンポジウムではいくつもの画期的な報告が行われました。そのなかでも最大の成果といえるのが、初発の患者さんを対象に、遺伝子検査によって再発リスクを予測して治療法を決定するシステムが現実のものになったことでしょう。このことによって1人ひとりの患者さんの再発リスクを計算して治療法を決定する個別化医療の道筋がつけられたといえるでしょうね」
この検査システムとは、いったいどんなものなのか。そのことにふれる前に、まず、現在に至るまでの乳がん治療の状況を総括しておこう。
「従来の乳がん治療では、初発で手術を行った後、化学療法をどうするかということが重要な検討課題になっていた。日本では化学療法を実施するかどうかを決定するために、患者さんを低リスク、中間リスク、高リスクという3タイプに区分、低リスクの患者さん以外には、原則として化学療法が適用されていました。もっとも現行のガイドラインでは、中間リスクにおいて、化学療法を用いる場合とホルモン療法を用いる場合と2つの治療パターンが併記してあり、そのため、現実の臨床の場では、医師が患者さんに、治療法の選択を委ねるいびつな状況も現出しています」(中村さん)
アメリカの場合はまた状況が違っていて、直径1センチ以上の浸潤がんに対しては、原則として化学療法が行われてきた。
ヨーロッパ(ザンクトガレン)の乳がん治療の方向性は直径2センチ以下のがんで、リンパ節への転移がなく、他に危険因子を伴わない低リスクの患者では、ホルモン療法が有効な場合は、化学療法は必要ないとされていたが、アメリカの腫瘍内科医たちは、従来のデータに基づいて、1センチ以上の浸潤がんであれば、化学療法重視の指針を継続していたのである。
もっとも数年前には、個々の患者のさまざまなデータ(年齢、腫瘍の大きさ、リンパ節転移の個数など)をインプットして、治療法ごとに、予後、再発予防効果をシュミレーションするシステム(アジュバント・オンライン)が開発されており、最近では多くの腫瘍内科医がこのシステムを治療に活用するようになっていたという。
これが、現在に至るまでの乳がん治療の状況だった。そこに新たに登場したのが、遺伝子解析をベースとする検査システムというわけだ。
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