卵巣がんの治療は分子標的薬へ
これだけは知っておきたい女性がんの基礎知識 卵巣がん編
社会保険相模野病院
婦人科腫瘍センター長の
上坊敏子さん
ひと口に女性がんといっても、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんそれぞれに個性があり、課題も違います。
女性がんで命を落とさないためには、何をするべきなのか。
社会保険相模野病院婦人科腫瘍センター長の上坊敏子さんに、女性がんを理解するための基礎知識をうかがいました。
増えている子宮体がんと卵巣がん
卵巣がんは、子宮がんに比べると患者数は少ないのですが、今じわじわと増えています。2006年度の罹患数は7418人で死亡者数は約4400人。子宮がんは頸がんと体がんを合わせて罹患数は2万2000人を超えますが、死亡者数は約5500人です。つまり、卵巣がんは「早期発見の手段もなく、治療も難しいがん」なのです。それだけに、患者数が増えている今、いかに良い治療法を確立するかが、急務とされています。
では、こうしたそれぞれの課題にどんな解決策が模索されているのでしょうか。
1割が遺伝性。子宮体がんの重複も多い
卵巣がんも、40~50歳以上の女性に多く、妊娠経験がない、初経が早く閉経が遅いなど排卵回数が多いほど、リスクが高くなるがんです。
上坊さんは、「50歳以上になると、卵巣腫瘍の半分近くは悪性。年をとってから出てきた卵巣腫瘍はとってしまったほうが安心です」と語っています。また、子宮内膜症の1つであるチョコレートのう胞からがんが発生することもあるので「45歳以上で、もう子供もいらないとなったら、チョコレートのう胞はとってしまったほうが安全です」と話します。
この他、卵巣がんには遺伝性のがんが1割ほどあり、親姉妹に卵巣がんの人がいると卵巣がんになるリスクが数倍高くなること、子宮体がんとの重複がとくに若い人に多く、日本でも卵巣がんの2~6パーセントぐらいの人に子宮体がんが見つかっています。
卵巣子宮内膜症(MRI)
卵巣明細胞腺がん(CT)
そして、他の女性がんとの大きな違いは、実際に手術をして組織をとって検査をしないと進行期はもちろん、がんかどうかさえはっきりわからないことです。
「子宮頸がんや子宮体がんならば、あなたはこのがんでこんな状態になっています。だから、こういう治療をしますと事前に説明できます。けれど、卵巣がんの場合は、がんかもしれないという状態で開腹し、実際に組織をとって迅速病理検査に出す。その結果、がんでなければ、手術は終了。がんでも進行して腹膜に散らばっているような状態ならば、とらずに手術を終了せざるを得ないこともあります」と上坊さん。お腹を開けてみなければ、わからないがんなのです。
実際に、卵巣がんと判明して手術ができる場合には、卵巣はもちろん、子宮や卵管を切除し、骨盤リンパ節郭清、傍大動脈リンパ節の郭清、大網の切除など、かなり大がかりな手術になります。当然、妊娠能力も失われますが、若い人の場合、妊娠能力を残すために、条件があえば子宮と片側の卵巣、卵管を残すこともあるそうです。もっとも、「死亡率の高いがんなので、残せる人はごくわずか」と上坊さんはいいます。
最近の報告には、25例で卵巣や子宮を残した結果、7例が再発したというデータもあります。
「子宮体がんのホルモン療法や子宮頸がんの円錐切除術で局所再発した場合は、子宮の全摘手術で治療ができますが、卵巣がんの再発はそれとは全く意味が違います」と上坊さん。
命にかかわる危険が極めて大きいのです。そして、せっかく残しても、卵巣がんの場合はなぜか妊娠しにくいといいます。
タイプ | 組織型 | 症例数 | 頻度(%) |
---|---|---|---|
(1)表層上皮性・間質性腫瘍 | 漿液性腺がん | 1129 | 34.5 |
粘液性腺がん | 392 | 12 | |
類内膜腺がん | 545 | 16.6 | |
明細胞腺がん | 769 | 23.5 | |
その他 | 265 | 8.1 | |
(2)性索間質性腫瘍 | 8 | 0.2 | |
(3)胚細胞腫瘍 | 未熟奇形腫 | 16 | 0.5 |
未分化胚細胞腫 | 18 | 0.5 | |
卵黄嚢腫瘍 | 37 | 1.1 | |
成熟嚢胞性奇形腫悪性転化 | 50 | 1.5 | |
その他 | 14 | 0.4 | |
(4)その他 | 37 | 1.1 | |
計 | 3280 | 100 |
手術だけでなく、手術に化学療法併用が基本
では、卵巣がんはなぜ他のがんに比べて治りにくいのでしょうか。
卵巣がんでも不正出血が起こることもありますが、腹痛やお腹のはり、しこりなどあまり目立つ症状はありません。しかも、全く無症状で健康診断などで見つかった場合でも、すでに15パーセントが4期まで進行しているのです。「子宮頸がんは0期で見つかる人が多く、子宮体がんも圧倒的に1期で見つかる人が多いです。卵巣がんも1期で見つかる人は多いのですが、3期と4期を合わせると1期で見つかる人より多いのです」と上坊さん。つまり、卵巣がんは早期に発見しにくいがんなのです。
しかも、細胞のがん化が始まってからがんとして大きくなるまでの期間が非常に早いといいます。子宮筋腫の手術で開腹したときには正常だった卵巣が、3カ月後にお腹がはるというので検査をしたところ、すでに卵巣がんの3期という例もあったそうです。
また、小さな奇形腫を3カ月に1回検査していたところ、その合間に腹部のはりが起こり、このケースも卵巣がんの3期だったといいます。そういう意味でも、かなり手ごわいがんなのです。
治療は、手術できるものは手術で摘出しますが、卵巣がんは早い時期から腹膜播種を起こしやすく、手術だけで完全に治すことができる例は多くありません。基本的には、化学療法との併用が必要です。タキソール(一般名パクリタキセル)とパラプラチン(一般名カルボプラチン)の併用が標準治療ですが、厳しい副作用があります。効果を上げるために少量頻回投与がよいという成績がありますが、上坊さんによると「少量頻回投与もかなり副作用がある」そうです。
09年、ドキシル(一般名ドキソルビシン)が認可され、再発例に使われていますが、効果があるのではないかといわれているアバスチン(一般名ベバシズマブ)はまだ日本では認可されていません(臨床試験中)。卵巣がんは、再発した場合に効果的な抗がん剤が少ない現状で、欧米とのドラッグラグ(*)も大きなネックになっています。
また、注目されている分子標的治療薬について、女性がんではあまり臨床応用が進んでいません。「世界的に見てもこの点はスローで、現在日本で女性がんの治療に認可されている分子標的治療薬は皆無」と上坊さん。
しかし、「子宮頸がんは手術と放射線治療・化学療法、子宮体がんは手術と化学療法で対処が可能なので、分子標的治療薬の開発に向かうとすれば卵巣がんではないでしょうか」と上坊さんは見ています。ただ、卵巣がんは極めて組織型が多彩で、それぞれのタイプに合わせて薬を開発していくことはかなり大変なのだそうです。
一方で卵巣がんは経口避妊薬の服用で、かなりリスクを下げることができます。卵巣がんは、排卵によって卵巣が刺激を受けつづけることでがんの発生が促されると見られています。経口避妊薬は、排卵を抑えるので、卵巣がんのリスクが下がるのです。4年間の服用で0.58倍にリスクが下がるといいます。
「服用期間が長いほどリスクは下がり、効果は服用をやめても10年以上つづく」と上坊さん。
子宮がんが早期発見によって、90パーセント以上治るのに比べると、卵巣がんにはまだ多くの問題が残されています。新たな検査法や治療薬の開発が望まれるところです。
*ドラッグラグ=日本と欧米との新薬承認の時間差、あるいは、海外で新薬が先行販売され、国内では販売されていない状態
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