腹腔内投与による毒性の問題を乗り越え、標準治療となるか
見直される卵巣がんの腹腔内化学療法
埼玉医科大学国際医療センター
婦人科腫瘍科教授の
藤原恵一さん
卵巣がんに対して抗がん剤を直接、腹腔内に注入する腹腔内化学療法(IP)は、数々の臨床試験結果で有効であることが示されています。にもかかわらず、腹腔内化学療法を疑問視する意見も根強く、いまだ標準治療とはなっていません。しかし、最近になって、腹腔内化学療法を見直す動きが活発となり、有効性と安全性をあらためて確認する大規模な試験が開始される運びとなっています。
早期発見が難しい卵巣がん
卵巣がんは、早期に発見されれば治癒率が高いがんです。がんが卵巣内にとどまる、病期が1期の段階で見つかれば、切除手術によってほとんどの人が助かっています。
「ところが、実際には早期発見が難しいのが卵巣がんの特徴です。1期で発見されるのは3割ほどでしかなく、多くの人は3期(がんが骨盤外まで広がっているか、リンパ節転移がある)、4期(遠隔転移(*)がある)の進行がんの段階で見つかっています。
手術のみで根治できるのはほんの一部にとどまり、抗がん剤による化学療法が予後改善のカギを握っています」
こう語るのは埼玉医科大学国際医療センター婦人科腫瘍科教授の藤原恵一さんです。
なぜ早期発見が難しいかというと、卵巣は固定がゆるく、腹腔内(*)でブラブラした状態で存在しています。このため、大きくなっても周囲の臓器を圧迫したりしないため症状が出にくいし、ある程度の大きさにならないと画像診断でもとらえにくいからです。
また、がんが腹腔内全体に容易に広がりやすいのも特徴。腹腔内はいわば風船の内部のようになっています。がんが大きくなって卵巣の外に出ていくと、腹腔内播種といって、まるでタネを播くように風船の中にまき散らされ、他の臓器にまで広がっていきやすいのです。
ところが、このような卵巣がんの特徴が、逆に、腹腔内化学療法の有効性を生み出しています。
「おなかの中は乾いていなくて、しっとりと濡れています。病気がなくても少量の腹水は常にあり、腸を動きやすくするなどの役目を果たしています。
水分の出し入れを自動的に行っているのがおなかの中の表面の細胞とか、大網と呼ばれる膜の細胞です。つまり、おなかの中は少量の水分が循環している状態なので、がんができるとたちまち広がってしまうのです。ということは、腹腔内は閉鎖腔ですから、ここに抗がん剤を入れれば、高濃度の抗がん剤が直接、腹腔内を浮遊しているがん細胞に作用することにもなります」
*遠隔転移=最初に発生した(原発)腫瘍から離れている臓器やリンパ節に飛び火して成長したがん
*腹腔=人間の腹部にある内腔。内部に肝臓・胃・腸・脾臓(ひぞう)などを収めている
腹腔内投与はサンドイッチ作戦
現在、卵巣がんの化学療法で行われている抗がん剤の投与法は、静脈内に点滴投与する方法(IV)で、標準治療薬はタキソール(一般名パクリタキセル)とパラプラチン(一般名カルボプラチン)の併用です。
卵巣がんは抗がん剤がよく効くがんの一種でもあります。これまで、ブリプラチン(もしくはランダ、一般名シスプラチン)やパラプラチン、タキソールなど新しい薬の開発により、5年生存率は改善を示してきました。しかし、90年代半ばぐらいから成績が頭打ちとなり、この壁をいかに乗り越えるかが課題となっていました。
そこで取り組まれているのが、分子標的薬(*)など新たな薬の開発とともに、より有効な抗がん剤の投与法の工夫であり、腹腔内化学療法に注目が集まっているのです。
静脈投与が血管を巡ってがん組織に到達するのに対して、直接、腹腔内にあるがん組織を攻撃するのが腹腔内投与。具体的には、ポートと呼ばれる小さな薬液注入装置を皮膚の下に埋め込み、腹腔内に入れた細い管(カテーテル)とつないで、抗がん剤を注入する方法です。
皮膚の下にポートを埋め込み、腹腔内にカテーテルをとおして抗がん剤を注入する
腹腔内化学療法のメリットは薬理学的にも裏付けられています。
「がんは血管から栄養をもらって大きくなります。静脈から抗がん剤を投与すると、全身血流の流れに乗り、血管を通してがん細胞に作用します。これに対して、腹腔内に抗がん剤を入れると、腹腔内にあるがんの表層組織に直接作用すると同時に、抗がん剤は腹膜を通じて血管内に移行するので、血管に入った抗がん剤がまわり回ってがん組織の中心部にも作用します。つまり、2つのルートで抗がん作用を示すのが腹腔内投与であり、サンドイッチ作戦というわけです」
*分子標的薬=体内の特定の分子を標的にして狙い撃ちする薬
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