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抗がん剤と放射線を併用することによって、QOLの高い生活ができる
進行がんでも、膀胱全摘に引けを取らない膀胱温存療法

監修:住吉義光 四国がんセンター第1病棟部長・泌尿器科医長
取材・文:「がんサポート」編集部
発行:2009年2月
更新:2013年4月

  
住吉義光さん
四国がんセンター
泌尿器科医長の
住吉義光さん

進行膀胱がんに対しては、普通、膀胱をまるごと切除する治療が行われる。しかしそれを行うと、自分の力で排尿できなくなり、治療後のQOL(生活の質)が著しく損なわれる。そこで四国がんセンター泌尿器科では、切除に代わって、抗がん剤と放射線を駆使して膀胱を温存する治療が進められている。この療法では排尿機能が保たれるばかりでなく、治療成績も全摘術に劣らないという。

「奇跡の生存」例に出会った

「エーッ、あの患者さん、生きてたんや」

1989年に7年ぶりに四国がんセンター泌尿器科に戻ってきた住吉義光さんは、過去のカルテを検索するうち、1人の膀胱がんの患者さんのそれを見つけてわが目を疑った。82年1月にこの患者さんに対して膀胱温存療法を始めたが、途中で住吉さんが転勤となったため、その後の事情を知らなかったのだ。

「がんが凄まじく進行していて、膀胱を全摘することは不可能で、普通なら1年以内に亡くなるような方でした。ところが、カルテには2年前までの受診が記録されている。すぐにご本人に電話して、健在であることを確認しました。この驚くべき経験が、本格的に膀胱温存療法に取り組むきっかけになったのです」

膀胱がんは大きくは、表在性がんと浸潤性がんの2つに分けられる。膀胱は排せつ前の尿を一時的に貯める袋の役割があり、その袋の内側の表面を覆う尿路上皮にとどまるのが表在性がんで、膀胱がんの7割を占める。通常、転移や浸潤はなく、内視鏡を使った経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)や術後にBCGを膀胱内に注入する治療などで90パーセント以上の人が治る。

一方、がんが上皮の下の筋肉にまで達しているのが浸潤性がんだ。3~5割は再発・転移し、膀胱がんで亡くなる。標準的な治療法は膀胱の全摘除術で、尿の出口をつくる尿路変向術が必要になる。これにより尿をためる袋を離せなくなる。たとえ腸で新しく膀胱を作っても尿失禁が起こるなど、QOLが大きく損なわれてしまう。ところが、この進行した膀胱がんを抗がん剤と放射線で治療し、膀胱を温存する治療法が進められてきた。

尿路上皮内にとどまっている表在性がん
尿路上皮内にとどまっている表在性がん
上皮の下の筋層にまで達している浸潤性がん
上皮の下の筋層にまで達している浸潤性がん


「当がんセンターでは膀胱がんの権威といわれた宇山先生が始めました。最初の症例は1979年に臨床試験として行っています。私は81年から1年間だけこの病院に勤務したのですが、そのとき宇山先生から『膀胱温存術をやりなさい』と指示されました。当時、大学では膀胱全摘術が標準治療と教えられており、『本当にこんなもので治せるのか』と半信半疑でした」

宇山医師の指示に従い、膀胱温存術を行った。その治療が成功したかどうかわからないままでいたが、89年、住吉さんが宇山医師の後任として着任したとき、知ることになったのだ。

泌尿器がんに向いたシスプラチンを導入

住吉さんが膀胱温存術に取り組み始めた当初は、宇山医師の方法を踏襲していた。抗がん剤はアドリアシン(一般名ドキソルビシン)という薬剤を1コース30ミリグラム×3回の計90ミリグラムと、併せて放射線を2グレイ×3回の計6グレイ程度の少ない線量を照射する。これを4~6コース繰り返す。確かにこの方法でもある程度効果は出ていたが、92年から大きく治療法を変更することになった。

「泌尿器がんに対するシスプラチン(商品名ブリプラチン、ランダ)の有効性については定評があり、『やはりシスプラチンを外すわけにはいかないだろう』と考えました。これにアドリアマイシン誘導体と呼ばれるテラルビシン(一般名ピラルビシン)を併用するという方法をとり、現在も続けています。放射線についてはいろいろ試行錯誤があって、だいたい40~42グレイに落ち着いています」

膀胱温存術では、まず目に見える膀胱内のがんを内視鏡を用いながら徹底的に削る、コンプリートTURBTという治療を行う。他の臓器では考えられないことだが、「穴が開くまでしっかり削る」という。たとえ穴が開いても膀胱の場合2、3日で自然に修復する。

「できるだけ残っているがん細胞を少なくすることにより、抗がん剤や放射線が効きやすくなります。このように“三位一体”で行うのが膀胱温存療法です。そもそも温存療法の位置づけは探究的治療、実験的治療であり、全摘が浸潤性がんの標準治療なのですから、それに代わり得るようなことをきっちりやっていく必要があります」

内視鏡を使った経尿道的膀胱腫瘍切除術
内視鏡を使った経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)はこのような電気メス(写真左)で膀胱がんを徹底的に削り取っていく

抗がん剤は、がんに働きやすいように動脈内に直接注入する方法がとられる。治療のたびに毎回動脈に点滴針を入れると患者さんの負担が大きいので、あらかじめリザーバー(ポート)を大腿部の皮下に埋め込む簡単な手術が行われる。リザーバーは動脈内に留置されたカテーテル(細い管)につながっていて、ここから抗がん剤が注がれる。

[動注化学放射線療法の方法]
図:動注化学放射線療法の方法

動注化学放射線療法では、抗がん剤は、リザーバー(ポート)を大腿部の皮下に埋め込み、動脈内に注入する

治療は4週単位で1コースとして行われる。1週目の最初3日間続けてシスプラチンを投与、2週目は3日続けてテラルビシンが投与され、3~4週目は投薬しない。放射線照射は、抗がん剤の投与日に併せてトータルで12グレイになるように行われる。これが3コース繰り返される。したがって、全コースが終わるのに3~4カ月かかる。

[動注化学放射線療法の治療スケジュール]
図:動注化学放射線療法の治療スケジュール

「全コース終了してからもう1度がんがないかどうかを経尿道的手術(TURBT)を行って顕微鏡的に確認します。もし、表在性がんが残っていればがんを削り直すこともあるし、浸潤性などであれば膀胱の切除が必要になることもあります。ただ90パーセント以上の人はがんは残っていません。逆に筋肉にまで浸潤するようながんが残っているようなケースはこれまで80例中の2例だけでした」

[膀胱温存療法をした場合の治療前後]

治療前
治療前、中央に大きながんが見える
治療後
治療後、大きながんが消失している


住吉さんが新方式の膀胱温存療法を行い始めた15、16年くらい前、東京のがん専門病院で膀胱温存療法についてレクチャーする機会があった。ところが参加した腫瘍内科医たちからの評価はさんざんだった。「そんな放射線と抗がん剤の併用では、どちらが効いたかわからない。同時に行うようなことはしない」と非難を浴びた。

「私としてはどちらが効いたかの問題ではなく、『まず患者さんが治ることが大事だ』と考えたわけです。最近では、子宮頸がんや食道がんの治療でも知られているように、放射線と抗がん剤を併用することは一般的になっており、その効果は1+1が3にも4にもなります。なかでもシスプラチンは放射線と相性がいい抗がん剤なのです」

グレイ=1kgの物質に1ジュールのエネルギーが吸収されたときの吸収線量


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