難しい食道発声はもういらない。訓練なしで、自然に声が出せる
失われた声を回復する簡単「気管食道シャント法」
癌研有明病院頭頸科医師の
福島啓文さん
喉頭がんなどで声帯を失った場合、声の回復には食道発声などが勧められます。しかし、努力を重ねても習得できる人は限られています。これに対して、欧米ではプロヴォックスなど気管と食道をつないで肺の空気を声に変える「気管食道シャント法」が中心。訓練も不要で、より自然に近い発声ができます。最近日本でもようやく注目されてきました。
喉頭や下咽頭がんで声を喪失
声は、人間にとって大切なコミュニケーション手段。命を救うためとはいえ、がん治療で声を失うことは患者さんにとって最もつらい選択の1つです。
しかし、もし簡単な手術で翌日から声を取り戻せるとしたら、どうでしょうか。がんに立ち向かう精神状態にも、時には治療法の選択さえ変わってくるかもしれません。それを可能にするのが、欧米で発達してきた「気管食道シャント法」です。これは、気管と食道をつないで肺の空気を声に変えるシステム。訓練の必要がなく、簡単に声が出るのが最大の利点で、欧米では声の再建の主流になっています。
癌研究会付属病院(癌研有明病院)頭頸科医師の福島啓文さんによると、声を失う最大の原因は、のどや口のがん。「この病院でも、1年に70~80人の患者さんが声を失っている」といいます。中でも喉頭がんや咽頭の下部(下部咽頭・食道の入口)のがんで声帯を失う人が多いといいます。
喉頭と咽頭はのどの奥にある器官で、食べ物や空気の通り道にあたります。鼻から吸い込まれた空気は、突き当たりの咽頭からその下にある喉頭を通って気管に入り、肺に到達します。一方、口から入った飲み物や食べ物は、のどのところで振り分けられて下咽頭から食道に送り込まれます。つまり、空気も食物も咽頭を経由して振り分けられ、空気は喉頭から気管へ、食べ物は咽頭から食道へと送られるわけです。
声を作るのも喉頭です。声帯という薄い膜が、肺から出る空気によって振動して声になるのです。福島さんによると、「進行すると、舌がんや食道がんでも声帯を失うことはある」そうです。
幸い、のどや口のがんには放射線治療が効くので、できるかぎり喉頭の一部を残す手術や放射線治療が行われています。しかし、それでもがんができた部位や進行の程度によっては、声帯を含めて喉頭を全て摘出しなければならないこともあるのです。
喉頭は、気管と鼻をつなぐ器官なので、これが失われるとのどの部分で、空気の通り道は切断されてしまうことになります。そこで、首に孔をあけて気管とつなぎ、この孔から肺に直接空気が出入りするようにします。この孔が「永久気管孔」です。喉頭全摘後は、鼻ではなく永久気管孔を通して呼吸するようになるのです。そして、声も失います。
こうした場合、これまで日本では、食道発声法や電気式人工喉頭が紹介されてきました。しかし、それは決して十分とはいえない状態でした。
難しい食道発声のマスター
電気式人工喉頭(エレクトロラリンクス)は、ヒゲソリ器のような機械を顎の下にあて、声を作る方法です。誰でも簡単に声が出るのが利点ですが、声に抑揚がなくロボットのような声になってしまうのが難点。「道を尋ねようと思って、電気式人工喉頭で話かけたら、一瞬ギョッとされた」と語る患者さんもいます。
一方、日本では多くの人が食道発声の訓練を受けます。これは、文字通り食道で声を作る方法です。空気を飲み込んで食道の中にため、これを吐き出して声にします。ちょうどゲップの要領で声を作るわけです。道具を必要としないのが利点ですが、習得には相当の訓練と忍耐が必要です。
ふつう、4カ月から12カ月の訓練が必要といわれますが、「マスターできる人はせいぜい4割。それもレベルはさまざまで、実際に生活の中で使える人となるともっと少ないのが実情でしょう」と福島さんは語っています。実際に、買い物や友人との会話で相手に理解してもらうだけの声が出る人となると、ごく限られていたのです。
それでも、食道発声法にチャレンジする人が多いのは、日本の特殊性ともいえるのです。
日本人には勤勉な人が多いうえ、古くから声を失った人たちの患者団体がボランティアで食道発声法の習得をサポートするシステムを全国に作ってきました。他に声を取り戻す手段がなかった時代、こうした支援がどれだけ患者さんの支えになったか、言うまでもありません。日本以外にはこうしたシステムは存在しないのです。したがって、食道発声法が日本ほど盛んな国もないのです。
食道を再建する「空腸再建術」
一方、医療の進歩によって患者さんの状態にも変化が出てきました。小腸の一部(空腸)を使って食道を再建する患者さんが増えてきたのです。「喉頭がんだけならば、喉頭を摘出して永久気管孔を作ればいいのですが、下咽頭がんでは喉頭と咽頭の粘膜もごっそり取らなくてはならないのです」と福島さん。結局、咽頭が失われるので新しい食べ物の通り道も作らなければならないのです。
その方法として1980年代前半から始まったのが「空腸再建術」です。小腸の一部(空腸)をのどに移植して残った食道とつなぎ、新しい食べ物の通り道にするのです。癌研有明病院は、早くから空腸再建術に取組み、世界で最も空腸再建術を多く実施している病院の1つです。毎年50例ぐらいのペースで、これまでに2600例近い患者さんに空腸再建術を実施しています。「腸なので、食事の飲み込みはいい」のだそうです。
ところが、問題は声の再建でした。空腸再建術をした人には食道発声はかなり難しいのです。「喉頭摘出だけの人は、のどの粘膜が残っているのでいいのですが、腸を移植した人にはゲップで声を出すのは無理。1~2年頑張って練習しても出ない人がほとんど」だといいます。ここで、福島さんが注目したのが、気管食道シャント法だったのです。
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