上顎洞がんに手術回避できる「RADPLAT」動注放射線療法 がんの痛みにも高い効果のIVR
肝細胞がんで標準治療になっているラジオ波焼灼術や肝動脈化学塞栓術に代表されるIVR。ラジオ波焼灼術は2022年に肺がん、腎がん、骨軟部腫瘍、骨盤内腫瘍などに適応拡大されました。上顎洞がんでは進行がんでも整容性を損なわずに治癒でき、日本では標準治療になりつつあります。
また、緩和領域の骨転移の痛みに即効性があるなど、高い効果と低侵襲で注目されています。国立がん研究センターに日本初のIVRセンターが開設されて10年。IVR治療の現状と今後の可能性について、同センター東病院放射線診療科医長の荒井保典さんに伺いました。
IVRとはどのような治療ですか?
IVRとは、インターベンショナル・ラジオロジー(Interventional Radiology)の略で、画像下治療とも呼ばれます。CTなどの画像診断装置で体内を見ながら、針やカテーテルを体内に挿入し、標的となる病巣を治療する局所療法です。
IVRによる治療は、血管内にカテーテルを挿入して薬を注入する、塞栓物質を詰めて止血したり、血管を詰まらせることで腫瘍を死滅させたりします。また、カテーテルで大動脈瘤、脳動脈瘤、頸動脈瘤狭窄などの治療や血管内にステントを留置するなど多岐にわたっています。
「IVRという言葉はあまり患者さんに浸透していませんが、実はさまざまな医療現場で使われています。体を切らないため、患者さんの体への負担の少ない治療法といえるでしょう」と、国立がん研究センター東病院放射線診療科医長の荒井保典(あらいやすのり)さん。国立がん研究センターもそこに可能性を見出し、2014年に同センター中央病院に日本初のIVRセンターを開設しています。
がん治療の領域では、IVRは大きく分けて①がん自体の治療、②さまざまな症状のコントロール(緩和治療)の2つが行われています。①で代表的なのは肝細胞がんに対するラジオ波焼灼術(RFA)や肝動脈化学塞栓術(TACE)など。②で代表的なのは内臓神経ブロックなどです(画像1)。
ラジオ波焼灼術は、画像を見ながら腫瘍に針を刺し、電磁波を出して腫瘍を焼き切る治療法です。2004年に肝細胞がんに対して初めて保険適用されました。その後、2022年に肺がん、腎がん、骨軟部腫瘍、骨盤内腫瘍などに対して適応拡大されています。
「しかし、現在ラジオ波焼灼術が標準治療になっているのは肝細胞がんのみです。2022年に適応拡大されたがん種は、標準治療に組み込まれているわけではありません。まだ治療選択のオプションの一部ですから、適応が拡大されても、それほどは増えていないというのが現状です」
それはどうしてなのでしょうか。
「IVRによる局所治療が、標準治療として行われていた時代はありました。たとえば、大腸がんの同時性肝転移。大腸の原発巣を切除すると病変が残るのは肝臓だけになります。そこで、カテーテルを肝臓に埋め込み、抗がん薬を注入する治療(肝動注化学療法)を行いました。これは世界的にも標準治療とされていました。その後、化学療法が急激に進歩し、FOLFOX療法が登場して肝動注化学療法はすたれていきました。全身化学療法が非常に進んで予後が伸びていることもあり、局所療法であるIVRの出番が減ってきているのが実情です」
上顎洞がんのRADPLAT療法の適応ステージは?
現在IVRが標準治療となっているもう1つが、上顎洞(じょうがくどう)がんに対する放射線併用超選択的動注化学療法(RADPLAT:ラドプラット)です。上顎洞がんに対するRADPLATは効果が高く、合併症が少ない画期的な治療と考えられています。
上顎洞とは、4つに分けられる副鼻腔の中で最大の空洞で、頬の内側にあり、ここに発生したがんを上顎洞がんと呼びます。副鼻腔がんの中では発生数が多く、罹患数は1年に700~800人ほど。鼻詰まり、副鼻腔炎を起こす場所のため初期症状は見過ごされやすく、鼻水に血が混じる、顔面が腫れるなどの症状が出て慌てて病院へ行くことが多いそうです。
「RADPLATは、上顎洞に抗がん薬のシスプラチン(一般名)を注入すると同時に、放射線を照射する治療法です。上顎洞がんの治療は、早期(T1~T2)であれば手術が第一選択です。RADPLATは、ある程度の進行がんで、侵襲のある大きな手術になってしまうような患者さんに対して行っています。ステージT3~T4aまでが適応とされていて、中程度の進行がんに根治が目指せます。T4a期でも90%くらい治癒できるので、とてもいい治療法だと思います」(図2)
上顎洞がんの治療はどのように行うのでしょうか?
「ほとんどの場合、足のつけ根(鼠径部)や腕の動脈からカテーテルを挿入します。アクセスしやすく、簡単に止血できるからです」
RADPLATは技術的にはむずかしいのでしょうか。
「上顎洞がんは脳に近いですし、合併症にも非常に注意が必要な治療法ですから、やはりむずかしいですね。実は、しっかりしたエビデンス(科学的根拠)を示して、米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表したのですが、技術的に難しいと学会誌の『JCOプレシジョン・オンコロジー』に取り上げてもらえませんでした。日本では標準治療でRADPLATを選択することが多くなりつつありますが、技術的に世界が追いついていない状況だと思います」
治療は入院して行います。入院期間は2カ月程度。毎週カテーテルでシスプラチンを注入。月~金曜日(5日間×7週)腫瘍に放射線を照射。放射線量は1回2Gy(グレイ)×35回、合計70Gy照射します(画像3)。
「腫瘍には、動脈から直接注入することでシスプラチンが高濃度で入ります。シスプラチンは腎障害が出やすい薬ですが、中和薬を腕から同時に入れることで、上顎洞から流れ出したシスプラチンは中和されほとんど腎障害は出ません。ですから通常の全身化学療法より3割くらい多い量を腫瘍に注入しています。ただ、シスプラチンには蓄積毒性があるので、1カ月半くらいになると副作用の骨髄抑制が出てきます。それも入院して行う理由です。ほかに副作用としては、放射線による粘膜障害で口内が痛くなる、皮膚の着色などがあります」
それでも、眼球を失ったり、頬を大きくえぐるような手術を回避できるのは、患者さんにとって本当に大きな福音です。技術が高度なため、現状は限られた医療施設で行われています。
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