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声を残す喉頭亜全摘手術
声が残せて入浴も自由、QOLを保つ画期的な治療法

監修:中山明仁 北里大学医学部耳鼻咽喉科講師
取材・文:松沢 実
発行:2004年6月
更新:2013年4月

  
中山明仁さん
北里大学医学部耳鼻咽喉科講師の
中山明仁さん

60歳以上に発症のピークがある喉頭がん。

比較的治りやすいがんだが、症状が進んだものや再発の場合、現在の標準治療である喉頭全摘術と呼ばれる手術が必要になる。

しかし、手術をすれば声を失うばかりでなく、入浴などの制限も一生つきまとうことになる。

こうした障害を取り除こうと考案されたのが喉頭亜全摘術と呼ばれる手術である。

この手術では声を残すことができるばかりでなく、安心して入浴もできる。

実際どのような仕組みでこれらのことが可能になるのか?

日本でのこの手術のパイオニア、北里大学病院講師の中山明仁さんに聞いた。

喉頭亜全摘術が誕生した背景

喉頭がんは喉頭の内側を覆う粘膜(上皮)にできるがんだ。(1)声帯に発生する声門がんと、(2)声門より上に生じる声門上がん、(3)声門より下に発生する声門下がんの3種類に分けられ、そのうちもっとも多いのが声門がんである。

現在、喉頭がんの治療は一般的に、進行度(病期)1期と2期の早期がんが放射線治療、3期と4期の進行がんと再発がんが手術(喉頭全摘術)で治療されている。

喉頭がんの治療成績は他のがんと比べると非常に優れている。約7割を占める声門がんでは、もっとも進んだ4期の進行がんでも5年生存率が76パーセント(北里大学耳鼻科)にのぼる。いまやかなりの確率で治せるようになり、「いかに声を残すのか」など喉頭機能の温存をはかることが最大の目標となっている。

とりわけ進行・再発した声門がんは喉頭全摘術によって声が失われると同時に、のどに開けた穴(永久気管孔)で呼吸することになる。生涯、辛い思いを強いられることから、「なんとか早期がんと同じように声を残し、鼻と口から空気を吸う自然な呼吸が可能となる治療法はないものだろうか」という患者の切実な願いに応えて登場してきたのが、今回紹介する喉頭亜全摘術である。

実は、声を残すにはがんとその周辺のみを切除し、他の正常なところを残す喉頭部分切除術という方法もあるが、いまは限られた病院でしか行われていない。というのも、この手術は再発の可能性が高いことに加え、食べ物を食道へ振り分けて飲みくだす機能(嚥下機能)がうまく働かず、激しくむせることが多いからだ。1960年代から80年代後半にかけて広く普及したものの、いまや喉頭部分切除術はあまり行われなくなり、それに代わる治療法として大きな期待を寄せられているのが喉頭亜全摘術なのである。

声帯が無くなっても声が出せる仕組み

[喉頭の構造と全摘術、亜全摘術の切除範囲]
図:喉頭の構造と全摘術、亜全摘術の切除範囲
[横から見た喉頭亜全摘術の簡略図]
図:横から見た喉頭亜全摘術の簡略図

右の図を見て分かるように喉頭は上部に舌を支える骨(A)と、下部に輪っか状の骨(C)、その間に長さ約6センチの骨(B)という三つの骨組みから構成されている。間に挟まれた骨(B)は、上から見るとC字型に喉頭を囲んでいて、その内側にある声帯から発生するのが声門がんである。

「喉頭全摘術はこの三つの骨組みごとすべての喉頭を切除してしまう手術です。これに対して、喉頭亜全摘術はがんと声帯を間の骨(B)ごと切除しますが、上(A)と下(C)の骨を残す手術です。喉頭の4分の3を切除し、残りの4分の1で喉頭機能を温存させるのが喉頭亜全摘術で、いわば喉頭全摘術と喉頭部分切除術の間を埋める手術といえます」

とわが国での喉頭亜全摘術のパイオニアである北里大学医学部耳鼻咽喉科講師の中山めいじん明仁さんは指摘する。

喉頭亜全摘術がユニークなのは、太い糸で下部の骨(C)を上部の骨(A)まで、10センチ程引っ張り上げるようにして糸でつないでしまうところだ。この際、その下の気管などは伸びるので心配ない。

では、声帯を切除するのに、どうして声が残せるのだろうか。

しばしば誤解されていることだが、声が出るのは声帯の振動によるものだが、それだけではない。声帯は閉じたり開いたりと開閉し、声を出さないときは2枚の声帯は開け放たれたままだ。声を出すときは声帯を閉じ、閉じられた声帯に肺からの空気があたり、それが通り抜けようとする際に声帯が振動する。つまり、声帯の開閉と振動が一体のものとなって初めて声が出るのである。

2枚の声帯は喉頭の下部にある小さな軟骨(D)の働きによって開閉される。声帯はこの骨とC字状に喉頭を囲む骨(B)の間に張られたリボンのようなものだ。

「喉頭亜全摘術ではがんと声帯を切除しますが、声帯を開閉する骨(D)は残しておきます。下部の骨を上部の骨(A)まで引き上げると、食べ物が気道へ入らないようにブロックするふた蓋で(喉頭蓋)と舌の付け根、声帯を開閉する骨(D)の3者が近づいてすきま隙間が生じ、それが声帯を開閉する骨(D)の働きによって調節されるようになります。いわばこの隙間が新たな声門の役割を果たすのです」(中山さん)

声を出すときは隙間は閉じられ、肺からの空気がそれにあたる。空気が通り抜けようとする際に、この隙間の粘膜が声帯の代わりに振動し、声が出せるようになるのである。

日常生活に不自由しない声が出せる

喉頭亜全摘術は全身麻酔をかけて行う。手術は平均4時間程かかる。

途中でのどに穴(気管孔)を開け、穴と気管と繋ぎ、楽に呼吸ができるようにする。手術直後は、鼻と口から吸い込んだ空気がスムースに気管のほうへ導かれなかったり、唾を気管のほうへ誤って飲み込んだりすることが少なくないからだ。手術後数週間で楽に息ができるようになる。その段階で一時的に開けた気管孔は閉じてしまう。

「発声は通常、手術後2週間くらいから始めます。特別な訓練は不要で、楽に声が出せるようになります」(中山さん)

もちろん声帯のように発声専用の粘膜が振動するわけでないから、声の質は落ちる。しかし、日常生活に不自由しない十分な声を出せるから、セールスマンや経営者でも社会復帰が可能となる。

ちょっと厄介なのは、手術後に食べ物を飲みくだす訓練(燕下訓練)が必要なことだ。最初は亜全摘術後の喉頭がうまく働かず、しばしば水や食べ物を喉頭から気管のほうへ誤って飲み込んでしまう。専門的には誤嚥というが、誤嚥から肺炎を引き起こして死亡することもあるので侮れない。通常、手術後3~4週間目くらいから、医師と患者が二人三脚で飲食物を正しく飲み込む訓練を始める。

訓練の初めのうちは飲食物が喉頭を素通りして気管に入り、ほとんどの患者は激しくむせる。その後、慣れていくに従って、喉頭に飲食物が入っても、その下の気管に入るのをかろうじてこらえられ、咳と共に口中へ戻せるようになる。さらに訓練を重ねると、飲食物は閉鎖した喉頭の上を通過し食道へそのまま入るか、少し喉頭へ入ってもただちに戻せるようになる。この段階までくると後は楽で、しばらくすると以前と変わらないように飲食物をすみやかに飲みくだせるようになる。

[燕下機能獲得の過程]
図:燕下機能獲得の過程

平均1カ月ほどで最終目標である外食ができるまでの燕下機能を獲得することができる

「人は転ぶという失敗を何回か繰り返すことで初めて、自転車を乗りこなすためのバランス感覚が養われます。一度、バランス感覚を身につければ、その後は難なく自転車に乗れるようになりますが、喉頭亜全摘術後の嚥下訓練もそれと同じです。

何回かの誤嚥で激しくむせるという経験を繰り返すことで、新たに飲食物を飲みくだす感覚が養われていきます。ある日、突然、スムースに飲食物を飲みくだせるようになると、それからは誤嚥など滅多に起こさなくなるのです」(中山さん)

患者によっては、訓練開始後約2週間でスムースに食べ物が食べられるようになる。遅くても約1カ月半でマスターし、何を食べてもむせなくなるという。


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