中医師・今中健二のがんを生きる知恵

第8回 睡眠の力 心地よい眠りにつくために

話・監修●今中健二 中医師/神戸大学大学院非常勤講師
取材・文●菊池亜希子
発行:2021年8月
更新:2021年8月

  

今中健二さんプロフィール 中医師。中国江西省新余市第四医院医師。神戸大学大学院非常勤講師。1972年兵庫県生まれ。学生時代に母親をがんで亡くした経験から医療に関心を持ち、社会人経験の後、中国国立贛南医学院に留学。中医師免許を取得し、新余市第四医院で治療に従事。2006年帰国。神戸市を起点に中国伝統医学の普及に努める。西洋医学との垣根を超えた「患者の立場に立った医療技術」発展のため、医師や看護師、医学生に向けたセミナー、中医学に基づいたがん治療の講演など、全国各地で精力的に活動している。2020年中国医学協会を設立。著書に『「胃のむくみ」をとると健康になる』『医療従事者のための中医学入門』

「眠れない」悩みを抱えている方、実は多いのではないでしょうか。布団に入るとなぜか目が冴えて眠れなくなり、気づくと昼夜逆転してしまったり。

これは、がん治療中、治療後にかかわらず、誰しも起こり得ることですが、ことに治療中は、十分な睡眠がとれないこと自体が体に障るように思えて、気分を重くする要因になりかねません。

そこで今回は、睡眠が体にどう作用しているかを知り、そのうえで、心地よく眠りにつく方法を紹介したいと思います。

中国には西洋医学、中国伝統医学の2種類の医師免許があり、中医師とは中国伝統医学の医師免許を持つ医師のこと。本連載では「中国伝統医学」を「中医学」と呼びます。

横になることの意味

人が生きている時間帯は大きく3つに分けられます。活動、飲食、そして睡眠。この3要素で私たちの人生は成り立っていると言えるでしょう。

オーバーワークや過剰なストレスなど、活動し過ぎて病気になることがあります。また、食べなくて病気になることもあれば、食べ過ぎて病気になることも。そうしたさまざまな要因で病に傾きかけた体を、無意識に調節してくれるのが睡眠です。

では、睡眠はどのように体を調節しているのでしょうか?

一言でいうと、横になって布団に包(くる)まって眠っていると、全身に血液が巡りやすくなるのです。ここで大切なのが「横になる」ということ。

人は本来、二本足で立って生活しています。つまり体を縦に保っているので、食べたものや飲んだものはもちろん、すべてが重力に従って時間とともに下へ落ちます。だから夕方には下半身がむくんでくるのですね。そして、流れが下に停滞すると、熱は逆に上に昇っていきます。

冷めかけたお風呂を思い起こしてください。まだ温かいと思って足を入れたら、下のほうが冷たくて飛び上がった経験はありませんか? それと同じことが体でも起こります。お風呂なら混ぜて全体を同じ湯加減にして入りますね。それと同様に、体を横たえて、さらに寝返りを打つことでむくみを撹拌(かくはん)します。

そもそも水分が冷えて固まったものが、むくみ。だから、温かい布団で包んで溶かすと、水分に戻ります。その状態で仰向けに横たわっていると、むくみ(水分)は重力に従って自然に背中に流れ、さらに寝返りを打つことで体全体に拡散されて、むくみが消えるという仕組みです(図)。

朝いちばんの尿は、体のゴミ出し

血流を邪魔していたむくみがなくなると、体の隅々まで新鮮な血液が届き、届いた先々で老廃物を回収して腎臓に運び、最終的に尿として排出してくれます。

朝、起きてすぐの尿は量が多く、少し濁っていたり、ときには泡が出たりしませんか? これは、体内の老廃物が大量に排出されているからです。朝いちばんの尿には体の状態を示す情報が詰まっています。水分が多い人ほど尿量が多く、前日に食べ過ぎたり添加物を多く摂ったりすると濁りが強かったり、泡が出たり、臭いがきつくなることもあるでしょう。朝いちばんの尿は「体内のゴミ出し」なのです。

さらに言うと、このゴミ出しを手助けしてくれるのが就寝前の入浴です。湯船につかると、水圧と温度で末端の皮下脂肪が溶けて、むくみを液状(水分)にしてくれます。手足が冷えた状態のまま布団に入るより、入浴後、ポカポカ状態で就寝するほうが断然、むくみが溶かされます。その状態で横になると、むくみは速やかに水分となって全身に分散。すると、血液がよりスムーズに末端まで流れ、各所で老廃物を回収して腎臓へ。朝にはしっかり尿として排出されるわけです。

眠っているときの呼吸

睡眠によって排出される老廃物は、尿だけではありません。

寝ているときにかく汗(寝汗)で、皮膚からも老廃物を捨てています。さらに、大切なのが睡眠中の呼吸です。

眠っているときの呼吸は無意識呼吸(自然呼吸)。そのときどきの体の要求に合わせて呼吸をしています。酸素を多く必要とするときは深い呼吸になり、体に熱がこもってきたら荒く小刻みな呼吸に切り替えて熱を逃がします。つまり体内の状況に合わせて、肺が無意識に調節しているのです。

それがよくわかるのが、夏場の駆け込み乗車です。駅の階段を駆け上っている最中は「ハッハッ」と荒く呼吸していて、実はこのときは汗をかいていません。電車に飛び乗って意識的に荒い呼吸を止めた瞬間、ドバッと汗が吹き出すのです。つまり、電車内で「ハッハッ」を続けるわけにいかないので普通の呼吸に戻したけれど、それでは呼吸量が足りないから、肺が勝手に足りない分を皮膚呼吸に切り替えたのです。睡眠中は無理やり呼吸を抑えたりもしませんから、自然呼吸が快適にできる時間というわけです。

吐く息は、尿と同様に排泄物。朝起きたとき、寝室の臭いが気になったことはありませんか? あれは呼吸の臭い。そのときどきの体質の臭いです。胃が悪いときや、発熱しているとき、がんなど病を患っているときは、寝室の臭いがきつくなることもあるでしょう。

朝、寝室の臭いがきついときは、体の中の毒素を十分に排泄できた証でもあります。ですから、臭気があることに落ち込んだりせず、「体の中の悪いものを外に出せた!」と喜んでいいのです。そのとき大切なのは、吐き出した吸気を再び体内に入れないこと。そのためにも、朝起きたらすぐに窓を開けて、室内の空気を入れ替えましょう。

なぜ眠れなくなるの?

ここまでは、眠ることによって体の中で何が起きるのかを見てきました。

体内のむくみを溶かして分散させることで血流をスムーズにし、尿、汗、呼吸を通して体内の老廃物を排出します。これらを無意識に行っているのが睡眠なのです。

ここからは、なぜ眠れなくなるのか、そして、どうすれは心地よく眠りにつけるのか、について考えていきましょう。

不眠の理由は、実はとてもシンプル。頭に血液が流れ込み過ぎると、眠れなくなるのです。では、血が頭に流れ込んでくるのはどういうときでしょうか。

1つは、考え過ぎたり興奮したりしているとき。次に、食べ過ぎたとき。そして手足が冷えて「冷えのぼせ状態」になっているとき。この3つの状態のとき、血が頭に集合して眠れなくなります。順番に見ていきましょう。

考えすぎたり興奮したりすると頭に血が集まってくるというのは想像できると思います。頭に血が上(のぼ)るイメージですね。寝る前にパソコンやスマートフォンを見るのも、ブルーライトの刺激が目から脳に伝わって目が冴えてしまいます。

食べ過ぎて眠れなくなるとき

2つ目の「食べ過ぎ」は意外かもしれません。逆に「お腹いっぱい食べると眠くなるよ」と言う人もいるでしょう。実は、食べ過ぎると、そのときの胃の状態によって眠くなることもあれば、眠れなくなることもあるのです。

食べ過ぎて胃が消化し切れなくなると胃もたれの状態になります。すると胃に頑張って働いてもらおうと体中の血液が胃に集まってきて、おのずと頭は貧血状態に。つまり、眠くなります。

ところが、同じく食べ過ぎても、胃が元気で、大量の飲食物をしっかり消化できてしまうと、気と血を作り過ぎ、それらは体中に送られ、頭にもたくさん流れ込んでいきます。これが食べ過ぎによる眠れない状態。

だからと言って「胃もたれするまでお腹いっぱい食べて眠くなろう」とは思わないでください。夕食を食べ過ぎたり就寝前に飲食したりして胃もたれになると、その後すぐ体を横たえるので重力の力を借りられず、食べたものがいつまでも胃袋に留まってなかなか腸に降りていきません。すると、大量の血液が胃に集まり、胃を働かせ続けることになってしまうのです。

そもそも、病気のときは胃が弱っていることが多いので、これではたとえ眠れたとしても胃を痛めつけてしまい本末転倒。病状が悪化しかねません。夕食の食べ過ぎや就寝前の飲食はやはり避けたほうがよいのです。

気と血:中医学では、体の中を「気(き)・血(けつ)・津液(しんえき)」がスムーズに巡っていれば体は良い状態だと考える。気は目に見えないエネルギー。血は血液、津液は血液以外の水分。中でも「巡り」が重視されるのが気と血

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