口の中が乾くドライマウス、痛い口内炎、気になる口臭・・・・・・
お口の副作用トラブルを改善するオーラルケア
斎藤一郎さん
さいとう いちろう
鶴見大学歯学部口腔病理学講座教授。
同大学付属病院でドライマウス外来を開設。
「ドライマウス研究会」主宰。
54年東京生まれ。
米国スクリプス研究所研究員、東京医科歯科大学難治疾患研究所助教授、徳島大学歯学部助教授を経て02年より現職。ドライマウス、シェーグレン症候群研究の第一人者。
「唾液」は口の中の守り神。
食べ物の消化を促し、雑菌を抑え、感染症を防いでいる
口の中に出てくる唾液の量をご存じですか? なんと1日あたり1.5リットル!
「皆さん、あまり自覚していないでしょうが、大きなペットボトル1本分くらいの唾液が、耳の下、顎の下、舌の下の三大唾液腺と、口の中の粘膜に点在する小唾液腺から分泌され、非常に大切な働きをしているのです」と、鶴見大学歯学部教授の斎藤一郎さんは唾液の重要性について説明します。
唾液のおもな役割の一つは、口の中に水分を補給すること。出てくるつばを無意識に飲み込むことで口の中やのどを潤し、食べ物を飲み込みやすくします。
二つめは、雑菌の繁殖をおさえる働きです。唾液にはラクトフェリンやリゾチームなどの抗菌物質が含まれていて、口の中に棲む雑菌が増えないようにしています。
三つめは、食べ物のカスや外から入ってきた雑菌を洗い流す自浄作用です。
四つめは、消化作用。唾液に含まれる消化酵素が、食べ物の消化にも一役買っています。
唾液が減る「ドライマウス」で雑菌が増え、歯周病や感染症の原因に。
飲食や会話にも悪影響
「このように大切な働きをしている唾液がなんらかの原因で分泌されなくなり、口の中が乾いてしまう状態をドライマウス(口腔乾燥症)と呼んでいます」
ここ数年、がん患者さんばかりでなく、一般の方でもドライマウスの患者さんが増えているそうですが、「食事習慣や食べ物の変化も背景の一つにある」と斎藤さん。
「唾液は通常、顎の筋肉を動かして食物を噛むという動作に伴って分泌されるものです。近年、日本人にドライマウスが増加している要因の一つはファーストフードが日常化して食事時間が短縮し、かむ時間が1日平均30分以下と少なくなったことも影響していると考えられます」
口が乾く程度ならたいしたことではない、と思われるかもしれませんが、虫歯や歯周病もドライマウスで雑菌が増えたことに原因があるケースが非常に多いといいます。
「ドライマウスを放置すると、口の中のいろいろなトラブルが起こりやすくなり、重症の感染症を引き起こすこともあるのです」
口の中がネバついたり、乾いた食べ物が飲み込めなかったら、要注意!
(写真提供:斉藤一郎鶴見大学歯学部教授)
ドライマウスではないか、と気になる方は、下のリストでチェックしてみてください。YESの数が多い方は、ドライマウスの可能性があります。
「初期には、口の中がネバネバする、口の中に不快感がある、パンやビスケットなどの乾いた食べ物が飲み込めない、うまく話せない、口臭がある、舌が痛い、などの症状がみられます」
唾液が枯渇するために、口の中の雑菌が増え、虫歯や歯周病、歯槽膿漏になりやすくなるばかりでなく、口の粘膜に棲んでいるカンジダ菌が繁殖し、カンジダ症も発症しやすくなります。 また、唾液の潤滑油的な働きが失われて舌の表面が摩擦ですり切れ、ピリピリ痛いと思っているうちにひび割れが生じ、中央に大きな裂け目ができてしまうこともあります。
「舌には、甘い、辛いなどの味を感じる味蕾というセンサーがありますが、これが働かなくなり、味を感じなくなったり、辛みや甘みを非常に強く感じるようになったりすることも多いですね」
飲み込めない、舌が裂ける、味覚異常などが高じて食事がとれないほど悪化してくると、体重が減少し、栄養状態が悪くなり、体力が落ちるなど、全身に影響が出てきます。
「誤嚥性肺炎といって、うまく飲み込めずにむせてしまうために、食べ物のカスや雑菌が肺に入り込み、肺炎を起こすこともまれではありません。私の父も腎臓がんで亡くなりましたが、最期は口が乾く、と悩んでいました。ターミナルのがん患者さんが、がんそのものではなく、ドライマウスによる誤嚥性肺炎で亡くなるケースもあります」
原因は放射線治療、化学療法、薬の副作用、精神的ストレスなどさまざま
「ドライマウス」のチェックリスト
◆YESの数が多いほど、ドライマウスの可能性が高い
1 口の中がネバネバする
2 口の中の乾きが3カ月以上毎日続いている
3 乾いた食物は水分がないと飲み込めない
4 水をよく飲む
5 夜中に起きて水を飲む
6 口臭がある
7 義歯で傷つきやすい
8 頭頸部の放射線治療を受けている(または受けた)
9 化学療法を受けている(または受けた)
10 ひどくショックを受けることがあった
11 緊張してイライラすることが多い
12 職場や家の中で悩むことが多い
13 更年期症状が気になる
14 抗圧剤、抗うつ薬、利尿剤などの薬を飲んでいる
「ドラマウスの原因は、放射線治療や抗がん剤による化学療法、降圧剤、利尿剤、抗うつ薬などの薬の副作用、精神的なストレス、更年期障害、自己免疫疾患である*シェーグレン症候群などさまざまです。また、糖尿病や腎臓病などが関係していることもあります。これらの原因がいくつか重なっている方も少なくありません」
がんの患者さんの場合は、頭頸部腫瘍の手術や放射線治療後、また、さまざまな部位のがんで抗がん剤による化学療法を受けたときに、副作用としてドライマウスを発症することがあります。
「がん専門病院で上咽頭がんなどの手術や放射線治療を受けた後、唾液腺の機能不全を起こしてドライマウスになっても、その病院ではフォローしてもらえずに、口が乾いて困る、食べ物が飲み込めない、舌が痛くて食べられない、話をすることもできない、などの悩みをかかえて、私どものドライマウス外来を受診される患者さんもいらっしゃいます」
頭頸部腫瘍で放射線治療を受けた場合、照射線量や照射位置によっても違いますが、照射により唾液腺が障害されて唾液自体が作られなくなり、ドライマウスになるケースが多いそうです。
化学療法によるドライマウスは、発生のメカニズムが放射線の場合と異なり、抗がん剤が体内に入ると、肝臓からの代謝物が唾液の出る受容体にくっついてしまうために、脳から唾液分泌の指令が出ても反応しなくなり、出なくなることも考えられています。
「後遺症で悩む患者さんの話を聞くたびに、がん治療にあたるドクターにも、患者さんの治療後のQOLの向上にもっと目を向けていただきたい、と強く感じています」と斎藤さんは強調します。
「外科や放射線科では、ともすると、“切ったらおしまい”“命が助かればいいではないか、多少不自由でも仕方がない”と、患者さんのQOLや治療後のケアを重要視しない傾向があるようですが、患者さんの生の声を認識し、対処法を示すのが無理なら、しかるべき施設を紹介するなどの対応をしていただきたいですね」
*シェーグレン症候群=免疫細胞が唾液腺や涙の腺を攻撃することにより、分泌が衰えて、その結果口や目が乾燥する病気。更年期の女性に多く発生する
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