鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
聖マリアンナ医科大学外科学教授・福田護さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2009年4月
更新:2013年9月

  

乳がんピンクリボン運動から全がん患者を支援するキャンサーリボンズが生まれた理由
がんはごく日常的な病気。社会全体で支え合うシステムが必要だ

福田護さん

ふくだ まもる
1943年生まれ。1969年金沢大学医学部卒業。1971年国立がん研究センターレジェンドを経て1974年聖マリアンナ医科大学第1外科学助手。1975年より3年間のアメリカ留学の後、1982年聖マリアンナ医科大学第1外科学講師。1992年同助教授。1997年同病院乳腺内分泌外科部長。1999年同大学外科学(乳腺・内分泌外科)助教授。2002年同大学教授。日本乳癌検診学会理事長。日本乳癌学会評議員。日本がん検診・診断学会理事など多数。著編書に『乳がん・・私の場合 乳腺専門医が答える』(インターメルク)『よくわかる乳がん治療』(主婦と生活社)『乳がん全書』(法研)など多数

鎌田實さん

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)

乳がん増加を見越して乳がん治療の道を選択

鎌田 福田さんは聖マリアンナ医科大学で乳がんを担当されていますが、どういうきっかけで乳がんの専門医になったのですか。

福田 私は昭和44年卒ですが、当時大学は大学紛争で荒れていて、医学部の学生も、卒業しても入局はしないという風潮がありました。しかし、若いですから、自分で何とか道を切り拓いていきたいと思い、大学で少し研修を受けたあと、国立がん研究センターに研修に行って、4年半ほどお世話になりました。

鎌田 国立がん研究センターで乳がんの分野を選択された。

福田 そういうことです。当時、これからどういうがんが増えるか、疫学者たちの予測が出ており、乳がん、大腸がん、肺がん、肝臓がんが増えるだろうと言われていました。そこで、そういうがんの分野では治療医が不足するだろうと、先行きのニーズを考えて、乳がんか大腸がん、肝臓がんの分野に進もうと考えました。最終的には、師事した先生が聖マリアンナ医科大学で乳がんをやっておられた関係で、アメリカ留学から帰国したあと、35歳ぐらいのときに、一生乳がんをやろうと決めたわけです。

鎌田 現在、日本ではたしか女性の20人に1人が乳がんになっていますよね。

福田 正確な生涯の罹患率は18コンマ数パーセントですが、一般的には20人に1人が乳がんになると言っていますね。

鎌田 アメリカはどうですか。

福田 8人に1人と言われています。

鎌田 疫学者たちはアメリカの乳がんの実態を見て、アメリカ風の食生活が広がるにしたがい、日本にも乳がんが増えると予測したんでしょうか。

福田 多分そういう面もあったと思います。実際、疫学者たちが予想したとおりに、日本に乳がんが増えてきていますね。

鎌田 もっと増えますか。

福田 増えますね。実は日本はがん登録を行っていませんから、正確な罹患率を出すことができません。実際の罹患率はもう少し高いのではないか、と言われています。現在、日本では毎年約4万人の女性が乳がんになり、約1万2000人が乳がんで亡くなっています。乳がんは比較的治る病気で、罹患と死亡の間に乖離があると言われていますが、それでも年間1万2000人が亡くなっているのです。

がん登録の推進に国はもっと予算を

写真:福田護さんと鎌田實さん

「いまの時代、がん患者さんは社会全体で支えるべきです。それが、キャンサーリボンズの主たる目的です」と力説する福田さん

鎌田 がん対策基本法の狙いには、日本が遅れていると言われるがん登録を推進することも含まれています。基本法ができて、がん登録は少しは進みましたか。

福田 まったく進んでいませんね。1つには個人情報保護法との絡みがあります。それと、がん登録をきちんと行うためにはお金がかかります。現場で登録する労力、集める能力、解析する能力が必要ですから、お金がかかるわけです。本来、がん登録をきちんと行えば、疾患対策も出てきますし、治療法の評価もできますから、そこにお金を投じるべきなんですが。

鎌田 アメリカが「がん撲滅宣言」を行い、1970年代から20兆円のお金を投じてきていますよね。それに比べて、日本は基本法ができてから関連予算も含めて500億円ぐらいです。お金のかけ方が貧弱です。がん登録の推進にもっとお金を出すべきですね。
話を戻しますが、長年乳がん治療に携わってこられて、やりがいは何ですか。

福田 乳がんは治療期間が長い病気で、医師は患者さんの一生にかかわることになります。なかには再発などで20年以上も治療を続ける患者さんもおり、お互いに一緒に歳をとるわけです。抗がん剤治療をしたあとに結婚して、子供さんを立派に育てた方もいますし、小さな子供さんを残して亡くなった方もいます。
患者さんと一緒に人生を歩む病気だということを強く実感します。

鎌田 若い患者さんが増えていますか。

福田 世代別の比率はあまり変わっていないと思います。ただ、全体が増えていますから、若い患者さんが増えていることはたしかです。

鎌田 結婚して子供を産もうとする若い患者さんのなかには、抗がん剤や放射線治療を受けたことを心配する人もいると思いますが、大丈夫ですか。

福田 正常な生理が2回きたら、妊娠はもう大丈夫です。妊娠によるホルモンの異常が乳がんの予後に悪い影響を与えることはありません。ですから私は、「がんばって子供さんを作ってください」と勇気づけるほうです。ただ、乳がんの患者さんが再発リスクを持っていることも否定できない事実であり、子供を産んだあとに再発するケースもあります。そのことをどう考えるか、そこは患者さんの価値観です。再発したら子供がかわいそうだから子供は作らない、というのも1つの考え方ですし、がんと生きる自分の生きざまを子供とシェアしていくという考え方もあるわけです。

鎌田 日本人には放射線に対する一種の精神的なアレルギーがありますから、放射線治療を受けたあとの妊娠を心配する患者さんも少なくないと思います。

福田 マンモグラフィ(乳房レントゲン撮影)という検査があります。あれは乳房だけにレントゲンを当てますから、子宮はまったく関係ありません。妊娠していたとしても、マンモグラフィは問題ありません。乳がん治療の放射線も乳房に当てるだけですから、問題ありません。

女性の意識の高まりが乳がん治療を進歩させた

鎌田 乳がんの治療法は進歩が著しく、乳房温存療法、マンモグラフィ、センチネルリンパ節生検、術前化学療法、集学的治療など、新しい治療法・検査法が次々に出てきていますが、患者さんとの意思の疎通が難しいということはありませんか。

福田 新しい治療法には、患者さんにとっても、医師にとっても、懐疑的な部分は必ずあります。たとえば乳房温存療法が始まったとき、日本の外科医の多くは懐疑的で、手術では大きく切除すべきだと考えていました。がんは大きく取れば取るほど治るという先入観があったのです。ですから、日本では乳房温存手術の導入が欧米に比べて10年ほど遅れました。

鎌田 医師が懐疑的だと、患者さんもそれに従わざるを得ない面があります。

福田 ただ、乳房温存療法に関しては、女性の側から、私たちにも受ける権利があるという声が出て、普及を後押しした側面がありますね。乳房温存療法が世界的に普及した背景には、女性の意識の高まりがあったととらえられています。最近では、術前化学療法もごく一般的に行われています。もちろん患者さんから「手術先行で」と言われれば、手術を先に行いますが、最近は術前化学療法を選択される患者さんが多いですよ。

鎌田 乳がんの患者さんは、新しい治療法に理解があるということですね。

福田 女性は許容力、寛容性が高いのでしょうか。きちんと説明すれば、新しい治療法を理解してくれます。日本の女性は抗がん剤治療によって黒髪を失うことを恐れていましたが、最近は躊躇しなくなりました。積極的に術前化学療法を受け、副作用で髪の毛が抜けても、いいカツラを付けて、快活な日常生活を送っています。

鎌田 聖マリアンナ医科大学あたりでは、新しい治療法は医師がリードするのでしょうが、地方ではむしろ患者さんが先に最先端治療の情報を仕入れ、病院側を引っ張るケースがありますね。女性の感覚で乳がん治療を引っ張ってきた。私はいいことだと思います。

福田 同感です。最近はがんの告知も当たり前に行われるようになりましたが、乳がんでは早くから告知が当たり前になり、再発告知も普通に行われてきました。乳がんはがんのトレンドを先取りしてきたと言っても過言ではありません。それをプッシュしたのは女性たちです。

鎌田 地方の病院の乳がん治療の底上げを縁の下で担ったのは、女性たちです。かつて外科医の多くは、手術で大きく取って命を助ければいいと考えていました。ところが、できれば小さな手術で乳房を残してほしいという女性の切実な願いが、QOL(生活の質)に対する関心の高まりとあいまって、医療側に治療メニューの多様化を迫り、患者さんの選択肢の広がりにつながった。医師が女性たちに大事なことを気づかされたという感じがします。乳がん治療の進歩に女性の果たした役割は大きかったと思います。

福田 男の私が言うのも変ですが、男は意外に保守的なんですよね。いちど決められた治療法を守ろうとする傾向がありますから。

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