鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
烏帽子山最福寺法主/高野山真言宗伝燈大阿闍梨/医学博士・池口惠觀さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實

撮影:板橋雄一
発行:2009年2月
更新:2013年9月

  

それぞれの行場で誠心誠意努めれば、必ず道は開ける
宇宙のリズムにあった呼吸をすれば全身の細胞が生き返ってきます

池口惠觀さん

いけぐち えかん
1936年、鹿児島県生まれ。59年、高野山大学文学部密教学科卒業。89年、前人未到の百万枚護摩行を成満し、〝炎の行者〟と呼ばれる。烏帽子山最福寺・同別院江ノ島大師法主、高野山真言宗伝燈大阿闍梨・大僧正、医学博士(山口大学)。日本予防医学会相談役、日本補完・代替医療学会理事、平成医療倫理研究会代表理事などを務める一方、山口大学、広島大学、金沢大学、岡山大学医学部などで非常勤講師として生命倫理・医療倫理を講義している。主な著書に『「医のこころ」と仏教』『医の哲学』『密教の秘密』など多数

鎌田實さん

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)

3メートルの火を焚く熱さと酸欠の護摩行

写真:炎の高さが3メートルにもなる灼熱の護摩行を行う池口法主

炎の高さが3メートルにもなる灼熱の護摩行を行う池口法主

鎌田 池口さんは室町時代から続く鹿児島の行者の家系に生まれ、毎日、厳しい行を勤めているということですね。

池口 母も行者でしたから、母の胎内にいるときから、行のときに唱える真言を聴いて育ちました(笑)。子どもの頃から、行一筋です。
高野山大学を出た頃、道を踏み外して、三無事件というクーデター未遂事件に連座したことがありましたが、そのときに、自分には行しかない、行を通じて世界平和と衆生救済を祈っていく以外に自分の生きる道はない、ということを身にしみて再認識し、本格的に真言行者の道を歩くようになりました。

鎌田 比叡山の千日回峰行とか、禅宗の座禅とか、仏教にはいろんな行がありますが、池口さんの行はどんな行ですか。

池口 信者さんが「病気平癒」とか「家内安全」とか祈りを書かれた短冊状の護摩木を燃やし、大きな火を焚く護摩行です。毎日、2000人の信者さんの祈りが書かれている護摩木を焚きます。短冊状の細い護摩木だけではなく、薪のような大きな護摩木も焚きますから、炎の高さは3メートルにもなり、本堂の天井を焦がすほどです。2000本の護摩木を焚くのに1時間半から2時間かかります。寺にいるときは、それを毎日やっています。平成元年に100日間続けて、1日1万本ずつ護摩木を焚く、前人未到の百万枚護摩行をやり遂げてから、「炎の行者」と言われるようになりました。

鎌田 3メートルもの炎の前で、2時間も座って行をやっていると、さぞかし熱いでしょうね。

池口 熱いです。それに酸欠状態になりますから苦しいですね。私も若い頃は、行の途中で何回か倒れました。初めて護摩壇に上がり、炎の近くで行に参加する信者さんは、たいてい火傷をし、顔が水ぶくれになりますよ。鍛えているスポーツ選手でも、顔は真っ赤になって軽い火傷状態になりますし、足がしびれて苦しいと言います。

鎌田 阪神の金本選手が、毎年シーズンオフに、修行に来るそうですね。

池口 以前、巨人時代の清原選手が来たことがあります。最近来ているのは、金本選手、阪神の新井選手、広島カープの石原捕手の3人が中心です。

仏さまの子として宇宙のリズムに合わせる

鎌田 さて、日本人は昔から、自然界のあらゆる物に霊魂や精神が宿っているというアニミズム的な考え方をしてきました。山や森から一木一草にいたるまで、自然の中に人智を超えた大いなるものを感じてきました。池口さんは真言密教の行者ですが、真言密教にはそうしたアニミズムの考え方も入っているようですね。自然の中に大いなるものを感じながら、人間もその自然の中に組み込まれているのだ、というとらえ方は、がんと闘っている患者さんの生き方にも、1つのヒントを与えるのではないかと思います。

池口 密教の中心仏は大日如来という仏さまです。大日如来は大宇宙・大生命体ととらえられており、この宇宙のすべての生命のもとです。
真言密教の開祖、弘法大師空海は「山川草木悉皆成仏」、すなわち「山や川や草や木もみんな仏になることができる」と説いています。もちろん人間や動物は言うまでもありません。大自然の中のすべての生命が成仏できるというのは、すべては大日如来から生み出された、もともと仏さまであると考えるからです。

鎌田 大宇宙に対して、人間の身体は小宇宙だと言われますね。

池口 人間の身体のリズムは、宇宙のリズムと同じです。たとえば、海の波が打ち寄せる数は、1分間に18回です。それに対して、人間の呼吸も1分間に18回です。その倍の36は体温、さらに倍の72が脈拍、その倍の144は最高血圧となっています。つまり、人間の身体は宇宙と同じリズムで働いているのです。

鎌田 現代の日本社会がおかしくなっているのは、そのリズムを忘れているからですか。

池口 仏さまの子として、宇宙のリズムに合わせて、しっかり生きる人が少ないからです。多くの人が宇宙のリズムを取り戻せば、社会も落ち着いて平和になるはずです。私は、歴史に残る音楽や絵画は、宇宙のリズムに基づいて作られたり、描かれたりしているからこそ、いつまでも新鮮で、それを聴いたり観たりする人々の心を打つのだと思います。

鎌田 宇宙のリズムに乗って生きていれば、心身ともに健康でいられる。

池口 そう思います。そのリズムが崩れると、病気になります。真言密教には身口意を働かせなさいという教えがあります。身口意とは、わかりやすく言えば、身体と言葉と心です。つまり、身体と言葉と心を一生懸命働かせて生きていれば、宇宙のリズムを取り戻し、生まれながら持っている仏さまの光が出てくる、というわけです。

一心不乱に真言を唱えれば心のゴミが取り払われる

鎌田 マクロコスモスすなわち大宇宙のリズムと、ミクロコスモスすなわち私たちの心身のリズムを合わせるためには、身口意を一生懸命働かせて生きるということですが、何か具体的な秘訣はありませんか。

池口 真言を唱えることですね。仏さまの光を持って生まれてきた生命は、その光を保てば、宇宙のリズムに同調できます。
しかし、人間は貪瞋擬の三毒、すなわち「むさぼり・いかり・おろかさ」の3つの毒に侵されて曇りを作っており、本来の光が見えなくなっているのです。その曇りを取れば、本来の輝きを取り戻すことができ、大宇宙のリズムと同調できるようになります。曇りを取るためには、真言を唱えることです。

鎌田 真言とはどういうものですか。

池口 真言は文字どおり真の言葉です。全身全霊で唱えていると、自然に仏さまになることができるという、古代インドから伝わる真の言葉です。それぞれの仏さまを拝むためのさまざまな真言があります。
たとえば私の寺のご本尊、不動明王の真言は、「のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん」と言います。これを一心不乱に唱えていると、貪瞋癡の三毒がとれて、きれいな心になってきます。そして、人の喜ぶことをするようになります。そうすると、その人はやがて仏さまの光に包まれるようになるのです。

鎌田 人を喜ばせるようなことをしていると、本来持っている仏さまの光が出てくるわけですね。

池口 そうです。明るい声で挨拶をするだけで、相手も喜びますし、自分も気持ちがよくなります。それを繰り返しているうちに、光が出てきます。

鎌田 池口さんの本に、心のゴミを取り払えば、宇宙のリズムを取り戻すことができる、と書かれていますが、人の悪口を言わず、相手が喜ぶ言葉を言うことを心がけていれば、それができるわけですね。

池口 できます。心のゴミを取り払うには、真言を唱えて気持ちを浄めるのが早道です。私たち真言行者が厳しい行を勤めるのは、自分の身口意の中に宇宙のリズムを取り込むためです。ふつう人間は、自分の体験を通じて人の心を理解することができます。
しかし、実生活の中で万人と同じ体験をすることはできません。そこで、衆生救済を求められている私たちは、日々厳しい行を勤めることによって、身口意に万人が本来持っている宇宙のリズムを取り込み、人々の喜び、悲しみ、苦しみを自分の心とする、同悲の心を身につけるのです。そうすれば、仏さまに成り代わって衆生救済のお手伝いをすることができるのです。


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