鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談
オードリーの会(おおいた乳がん患者の会)元代表・山田泉さん VS 「がんばらない」の医師 鎌田實
乳がん再発・転移の「山ちゃん」が多くの人に勇気と希望を与えている
人間、死ぬと思えば底力が出てくるものです
やまだ いずみ
1959年、大分県豊後高田市生まれ。1979年から養護教諭の仕事に就き、県内7校の小・中学校に勤務した。2000年に乳がんを発症し、左乳房の温存手術後、放射線治療、ホルモン療法を受ける。2002年より、自らの体験をもとに「いのちの授業」を始める。2005年に再発、再手術を受ける。2007年3月に退職。同年5月にリンパ節転移、2008年3月に肺・肝臓転移が見つかり、現在、抗がん剤治療中。2007年、パリで世界的チェリスト、エリックマリアと知り合い、このほど2人の交流を記録したドキュメンタリー映画『御縁玉』が公開された。主な著書に『「いのちの授業」をもう一度』『いのちの恩返し』(いずれも高文研)
かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)
世界的なチェリスト エリックマリアとの出会い
自宅でエリックマリアさんからチェロの手ほどきを受ける山田さん
鎌田 山田さんとフランスの天才チェリスト、エリックマリア・クテュリエとの交流を撮ったドキュメンタリー映画『ご縁玉』を観せていただきました。素晴らしい映画ですね。
山田 ありがとうございます。
鎌田 主演女優が素晴らしい(笑)。
山田 いやぁ(笑)、いまだに信じられない気持ちです。
鎌田 山田さんの『「いのちの授業」をもう一度』『いのちの恩返し』を読んでも、今回の映画を観ても、乳がんになってから、いろんな人たちとのつながりがどんどん広がっていることがわかります。がん患者さんの山田さんが、なぜ新たにいろんな人とつながっていくのか、不思議ですね。
山田 面白い人たちに出会うんです。出会うと、もっと一緒にいたいと思う。そして、気づいたら、つながっている。最近、思うんです。本当はみんな、もともとつながっていたんだと。
鎌田 なるほど。山田さんは2000年に乳がんを発症し、温存手術を受けた。その後、2005年に再発し、さらに2007年に転移を告知された。転移を知らされたあと、すぐにお子さん2人とパリに旅行に行き、そこでエリックマリアと出会った。そして、その交流が映画にまでなった、というわけですね。
山田 転移の告知を受けたとき、子どもたちと旅行がしたいと思いました。行き先はどこでもよかったんですが、たまたまフランスのアンジェという町に住んでいる、乳がんの患者会仲間から電話があり、「おいでよ」と言われたんです。「じゃあ、行くわ」とふたつ返事で答え、その日のうちに旅行代理店にチケットを手配していました。いま考えると、とても不思議です。
鎌田 そして、その旅行中に、パリでエリックマリアに会った。
山田 パリに滞在しているとき、以前、私を取り上げてくださったNHKの上野ディレクターが、ちょうどお仕事でパリにいらっしゃって、食事をご一緒しました。そのとき、エリックマリアの家に連れて行ってくださったのです。彼は私のために、バッハの無伴奏プレリュードを演奏してくれました。それはそれは美しい曲で、自分ががんであることを忘れて聴き入りました。
再会を願い渡した5円玉が映画『ご縁玉』のきっかけ
パリで2人の子どもたちと笑顔の山田さん(中央)
(写真提供:パンドラ)
鎌田 映画のタイトルになった5円玉のエピソードは?
山田 それはパリの最後の夜のことです。私たちがディナーをしている店に、エリックマリアがやって来ました。彼は、もう1度会いたい人に、別れのときに扇子を渡すと、また会うことができるという、三島由紀夫の戯曲『班女』の一節を説明しながら、私に扇子をプレゼントしてくれたんです。突然のことで、私たちは彼に渡す物を何も持ち合わせていません。そのとき娘が機転を利かせ、財布から5円玉を出して彼に渡しました。もちろん、日本では5円が御縁に通じるということを説明して……。
鎌田 扇子と5円玉、どちらも御縁を象徴しているわけだ。エリックマリアも心を揺さぶられただろうと思います。それが映画ができるきっかけにもなったわけですね。
山田 はい。帰国して1カ月後、子どもたちと「いい思い出ができたね」などと話していると、エリックマリアから日本へ来るという連絡が入りました。しかも、わざわざ私の家まで来て、演奏してくれるという。こんなに早く再会できるとは、夢にも思いませんでした。エリックマリアが大分県豊後高田にやって来たのは、昨年暮れも押し詰まった12月28日の深夜でした。パリ在住の映像作家、えぐっちゃん(江口方康さん)が同行され、私たちの交流を、まるで友人がビデオに撮っているような気軽な雰囲気で収録され、それが映画になったのです。本当に夢のような話です。
鎌田 エリックマリアはベトナム戦争の孤児で、里親になったフランスの両親に育てられたという境遇ですね。その母親を乳がんで亡くしていて、何もしてやれなかったことを悔やんでいる。
山田 その話はあとで聞きました。
鎌田 映画の中で感動するのは、チェロセラピーの場面です。エリックマリアが、横になった山田さんのお腹にチェロをそっと置いて演奏する。しばらくすると、山田さんの目から涙がこぼれてくる。どういう感じでしたか。
山田 彼がチェロを弾き始めると、波のような音が聴こえてきて、海の中に入っていくようなイメージが浮かんできます。眠っているような、起きているような、不思議な気持ちです。やがて昔のことが思い浮かんできて、去年亡くなった父のところへ行くような感じになり、涙が出てきます。そして、また波の音が聴こえてきて、海から上がってくるイメージが浮かび、目を開けるとエリックマリアがそこにいる。とても気持ちが楽になります。
何万キロを超えて伝わるチェロセラピーの効き目
鎌田 一種の現代音楽なんでしょうが、波の音というか不思議な音楽ですね。
山田 エリックマリアがチェロを弾く姿を見て、修行僧のようだと言った人がいます。そういう人だから、チェロセラピーができるのかも知れません。彼から携帯電話がきて、「今から10分間、セラピーをやります」と言われて、携帯を耳に付けてチェロの音を聴いているだけで、とてもいい気分になります。彼の音楽は何万キロという距離を超えるんですね。
鎌田 エリックマリアのこころが、チェロを通して山田さんに伝わるんだと思います。彼が児童養護施設で演奏する場面がありました。『天空の城ラピュタ』の挿入歌「君をのせて」を、彼がチェロを演奏しながら、覚えたてのたどたどしい日本語で歌う。それが子どもたちのこころに通じるんですね。涙する子もいました。私も生みの親を知らない環境で育ちましたから、エリックマリアが子どもたちに伝えようとした気持ちがよくわかります。エリックマリアはまた来るようですね。
山田 どうしても行きたいと言って、12月に来る予定です。クリスマス・コンサートをやってくれるようです。
鎌田 山田さんとの出会いによって、同じ東洋人としてのこころを再確認したというか、彼の生き方が変わったような印象を受けますね。
山田 私は田舎からほとんど外へ出ない人間で、世界のことは何もわかりません。エリックマリアはチェロを片手に世界中を歩いている人間です。一方、私が家族や地域の人たちに恵まれた人間であるのに対して、彼は実の親のことは何も知らない身の上です。まったく対照的な人間が縁あってめぐり会ったわけです。そして、彼は私の家で私の家族たちと鍋をつついているとき、ニコニコして本当に幸せそうでした。私が彼にできることはこれだと思いました。彼はいつでもわが家に来られるよう、冬物、夏物の衣類を置いて行きました。また、チェロも1台、置いてあります。
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