ハーセプチンとガンマ・デルタT細胞療法の相性
抗がん剤の効果が薄れた転移性乳がん、免疫細胞治療で好転

監修:神垣 隆 医療法人社団 滉志会 瀬田クリニックグループ臨床研究センター長/神戸大学大学院医学部非常勤講師
発行:2012年3月
更新:2013年4月

  

乳がんが再発したため、薬物療法をしていたが、効果が薄れ、遠隔転移を起こした患者さんに免疫細胞治療(ガンマ・デルタT細胞療法)が功を奏した症例を紹介します。

1人ひとりの患者さんにとってベストな選択を

──今回、いくつかの免疫細胞治療のうち、ガンマ・デルタT細胞療法を選択した理由は?

神垣 この療法は免疫細胞治療のひとつで、がん細胞を攻撃するガンマ・デルタT細胞を体外で活性化・増殖させて再び体内に戻す治療です。患者さんが抗体医薬(ハーセプチン())の治療を行っていたため、ガンマ・デルタT細胞療法との併用によるADCC()活性が働くことを期待しました。ADCC活性とは、抗体医薬の投与によってがん細胞に抗体と呼ばれる分子が結合すると、その抗体を仲立ちにして免疫細胞が集まり、その抗体が結合しているがん細胞を集中的に攻撃する作用です。ご本人にとってベストな治療戦略だったと思います。

[ガンマ・デルタT細胞療法]

ガンマ・デルタT細胞療法

ガンマ・デルタT細胞は、異常な細胞全般を攻撃する免疫細胞です。とくに骨腫瘍や骨転移でゾレドロン酸を使っている場合、あるいは抗体医薬を使用している場合は相乗効果が期待できます

ハーセプチン=一般名トラスツズマブ
ADCC=抗体依存性細胞傷害

抗がん剤と免疫細胞治療との併用

──治療効果は如何でしょう?

神垣 免疫細胞治療を始めてから3年以上ですが、肺転移巣が縮小しました(写真)。その前にタキソール()やハーセプチン治療をしても効果が薄かったわけですから、治療の上乗せ効果は出ていると考えられます。また、骨に集積しやすいガンマ・デルタT細胞は、骨腫瘍への効果が期待されており、骨転移に対しても疼痛緩和などの効果が出ています。

──ハーセプチン、ガンマ・デルタT細胞療法に加えて、抗がん剤も併用していますね。

神垣 抗がん剤と免疫は相性が悪いと言われますが、最近では、抗がん剤の中にも、免疫と相性のよい抗がん剤があるとの研究結果もあります。がんが悪化すると、免疫細胞の機能を抑制する細胞が増加しますが、抗がん剤はその細胞の働きを抑制する効果があると言われています。とくに、タキサン系や5-FU系、エンドキサン()などの抗がん剤にはこのような効果があることが明らかになっています。

──トリプルネガティブ()の患者さんでも効果は期待できますか。

神垣 はい、その場合でも免疫細胞治療は選択肢の1つです。当グループではそれぞれの患者さんに適した"個別化医療"を治療方針としていますので、どのような症状でも、まずは早めにご相談していただきたいと思います。

■写真
ガンマ・デルタT細胞療法と化学療法の併用

ガンマ・デルタT細胞療法と化学療法の併用により、肺に転移した腫瘍は約5cm(左)から2.5cm(右)と縮小した

■症例紹介

58歳女性。2005年8月、左乳房に3cm大の腫瘍が見つかり、切除。しかし、その1年後、左乳房とリンパ節に再発、抗がん剤(FAC())治療後切除を行う。その後、抗がん剤をタキソールに代えて治療続行。2007年4月よりハーセプチン治療を始めるが、これも効果なく、半年後肺・骨・皮膚への転移が判明。その後、瀬田クリニック東京に相談し、ハーセプチン+化学療法()+ガンマ・デルタT細胞療法を開始。その結果、肺の転移巣が縮小。現在は症状が安定している。

タキソール=一般名パクリタキセル
エンドキサン=一般名シクロホスファミド
トリプルネガティブ=エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2の3つの因子とは関係せずに発症する乳がんのタイプです。予後が悪いことで知られています
FAC=フルオロウラシル(5-FU)、ドキソルビシン(アドリアシン)、シクロホスファミド(エンドキサン)の3剤併用療法
化学療法=ドセタキセル(タキソテール)、カペシタビン(ゼローダ)、その後、ビノレルビン(ナベルビン)単剤

早めの相談で、更に治療の選択肢が広がる

免疫細胞治療は実施のタイミングも重要です。今回の患者さんは抗体医薬を併用されていることもあり、ガンマ・デルタT細胞療法をベストの治療として選択しましたが、もし、手術前に受診され、がん組織が入手できていれば、自己がん組織を抗原とした樹状細胞ワクチン療法も選択肢の1つになっていたかもしれません。また、今の段階でも患者さんのがん細胞の状況によっては、人工抗原ペプチドを感作した樹状細胞を用いる可能性もあると思います。

樹状細胞ワクチン療法は、体内でがん攻撃の司令官役を果たす樹状細胞に、患者さんのがんの目印(抗原)を覚えこませて体内に戻す、1人ひとりの患者さんに"特異的"な治療法です。樹状細胞が攻撃部隊であるT細胞に、患者さんのがんの特徴を伝えてがん細胞を狙い撃ちするため、より効果的な治療が期待できます。摘出したがん組織を利用して、このような特異的治療を将来的に実施する場合には、がん組織を無償で冷凍保管させていただくこともできます。いずれにしても、手術前の早い段階でご相談してほしいですね。

標準治療を行った上で、免疫細胞治療を加えるのがよい

福間英祐 医療法人鉄蕉会亀田総合病院乳腺科主任部長/乳腺センター長

日進月歩の乳がん治療の中で、現在研究を進めているのが乳がんの凍結療法です。これは特殊な針をがん細胞に刺して凍らせてがん細胞を殺すというもの。治療自体は20~30分ほどで終わり、日帰りで治療が可能。痛みも少ない上に乳房の形を保つことができます。また、凍結させることでがん細胞を殺しますが、がん細胞の情報は残るので、その情報からがん細胞に狙いを定めて攻撃する免疫システムは活かされ機能すると考えられます。このことから、凍結療法と免疫細胞治療のひとつである樹状細胞ワクチン療法とを併用する臨床研究も実施しています。将来的には、再発予防の目的で、早期で凍結療法を行った患者さんへの補助療法として樹状細胞ワクチン療法を活用できればと考えています。

乳がんは幸い、効果が確認されている標準的な治療手段がいくつも存在する疾患です。免疫細胞治療は、そうした標準的治療と組み合わせて相乗効果を生み出す治療として考えるべき治療です。今回の症例で紹介されている患者さんも、標準治療を行った上で免疫細胞治療を行い、効果が出ています。

乳がんの罹患年齢が下がり、働き盛りで乳がんになる人が増えています。これからのがん治療は、これまで以上に患者さんの生活や活動を保ち、明るく生きることができるようなものになっていく必要があると思います。副作用が少なく身体に優しい免疫細胞治療も、そのための手段の1つとして期待しています。



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