がんに放射線を照射するのは、免疫の司令塔・樹状細胞の働きを高めるため
免疫療法の最先端を走る放射線免疫療法
今年の米国がん学会で最新成果を
発表したセレンクリニック医師の
岡本正人さん
ただ今、免疫療法の世界で脚光を浴びている新しい治療法がある。放射線治療と免疫の樹状細胞療法を組み合わせた、放射線免疫療法と呼ばれる治療法だ。放射線治療がメインではない。放射線は、がん免疫の司令塔・樹状細胞の能力を高めるために利用するのだ。そしてこの能力の上がった樹状細胞からがん攻撃への司令が出される。
放射線照射を加えることで樹状細胞の働きを高める
がん攻撃の司令塔役、樹状細胞
細胞障害性T細胞ががん細胞を攻撃しているところ
放射線免疫療法というと、放射線治療と免疫療法を併用し、双方の効力を合わせることで、がんを攻撃する治療法だと思う人が多いかもしれない。しかし、ここで紹介する放射線免疫療法は、最終的には免疫の力によってがんを攻撃する治療法といっていいだろう。放射線を照射するのは、免疫療法の効力を高めるためなのだ。 では、放射線照射がどうして免疫療法の効力を高めることになるのだろうか。放射線免疫療法を行っているセレンクリニックの岡本正人さんに、この治療法の概略を説明してもらった。
「この治療法では、免疫細胞のなかでもとくに樹状細胞を使っています。樹状細胞というのは、免疫細胞のなかで司令塔のような働きをしている細胞です。体内にできたがん細胞を食べて、そのがん細胞の持つ抗原を自分の細胞の表面に提示する。つまり、リンパ球に対して、この抗原を持つがん細胞を攻撃するように、という指令を出すわけです。この指令によって、細胞傷害性T細胞(CTL)などのリンパ球が、全身をめぐりながら、目標となっているがん細胞を見つけ出して攻撃していくのです。これが、免疫療法のなかでも樹状細胞療法と呼ばれている治療法です。がんに放射線を照射するのは、実は樹状細胞の働きを高めるための前治療なのです」
樹状細胞は、樹木のように周囲に枝を広げたような形をしていることから、こう呼ばれている免疫細胞だ。その働きから、抗原提示細胞とも呼ばれる。がんに放射線を照射するのは、樹状細胞が食べる細胞を作るためなのだという。
「未熟な樹状細胞は細胞を食べる貪食機能を持っています。マクロファージも同じように貪食しますが、何を好んで食べるかが違っています。樹状細胞が特によく食べるのは、死にかけたがん細胞なのです。生きたがん細胞はなかなか食べません。そこで、まずがんに放射線を照射して弱らせ、樹状細胞がよく食べる状態にしておくわけです。そこに、未熟な樹状細胞を局所注射で送り込むと、死にかけたがん細胞をせっせと食べてくれます。そこに免疫賦活剤のピシバニールを局所注射し、樹状細胞の成熟を促します。がん細胞を食べて成熟した樹状細胞は、がん細胞の抗原を提示するようになります」
こうして司令塔の樹状細胞から攻撃目標の指示が出される。それを記憶した細胞障害性T細胞などのリンパ球が、そのがん細胞にターゲットを絞って攻撃を始めるのだ。このように攻撃する相手を特定した免疫療法は、特異的免疫療法と呼ばれている。
照射する放射線は30グレイでよい
治療の手順を説明しておこう。
まず行われるのが、樹状細胞を取り出すための成分採血である。合計すると5000~6000ミリリットルになる血液を、一時的に体外に引き出し、必要な成分だけを採取して、次々と体に戻していく。要する時間は1時間半から2時間程度。患者に苦痛はなく、採血中も横になってテレビを見ることができるし、少しなら体を動かすことも可能だという。
取り出すのは単核球で、その数は20億~30億個。このなかから単球を取り出し、サイトカインを加えて培養すると、未熟な樹状細胞ができるのだ。
「未熟な樹状細胞は、細胞を食べる貪食能がとくに高く、死んだがん細胞をよく食べます。成熟するにしたがって貪食能は低下しますが、代わって抗原提示能力が高くなっていきます。こうした樹状細胞の働きを、治療に利用しているのです」
培養した樹状細胞は保存しておく。
次に行われるのは放射線治療だ。ピンポイント照射と呼ばれる定位照射によって、できるだけ周辺部位に放射線がかかるのを避けながら、がんに30グレイ程度の放射線を照射するのだ。
「すでに60グレイ程度の放射線治療を受けている患者さんが多く、通常なら放射線治療をもう1度行うことは不可能です。しかし、ピンポイントで30グレイなら、ほとんどの場合照射できます」
アポトーシスを起こした頃に樹状細胞を注入する
放射線照射がすんだら、照射したがん組織に樹状細胞を局所注射する。放射線治療が10回くらいに分けられているときなら、局所注射は放射線治療が終わった直後に行ってもいい。放射線治療の回数が少ないときは、1週間くらい間隔をあけてから、樹状細胞の局所注射を行う。がん細胞がアポトーシスを起こしたころを見計らって、樹状細胞を送り込むのが理想的なのだという。
すぐに局所注射できるがんもあれば、簡単に注射できないがんもある。たとえば、消化管のがんなら、内視鏡を入れて局所に注射する。肺や肝臓の場合には、CTガイドやエコー(超音波)ガイドを使い、体外から経皮的に針を刺し、局所注射を行っている。
「がんに直接注射する樹状細胞は、約3000万個になります。そして、樹状細胞を注射した直後に、ピシバニールを3~5単位、やはり局所注射します。同じ治療を2週間に1回のペースで4回行い、これを1クールとしています」
1クール終わった後には、必ず効果の判定を行っている。多くは1クールで、やっても2クールまでだという。
セレンクリニックで樹状細胞を注入中の患者さん
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