手術後に再発・転移を予防するために使用するのが目的
第4のがん治療法への道開くか!? 「自家がんワクチン」療法
セルメディシン株式会社
代表取締役社長の
大野忠夫さん
免疫療法は以前から手術・放射線・抗がん剤に続く「第4のがん治療法」と、一部で期待されてきたが、エビデンス(科学的根拠)が確立されていないなど、まだ評価が定まっていない。そんな中、セルメディシン社(大野忠夫社長)が開発した「自家がんワクチン」療法が、免疫療法の新たな地平を開く療法として、注目されている。「自家がんワクチン」療法とは何か。
患者さんのがん組織を使うパーソナルドラッグ
がんの治療法としては、現在、手術・放射線・抗がん剤が3大治療法として確立されている。免疫療法は第4の治療法として注目されてきたが、まだ4大治療法の1つとして評価されるまでには至っていない。
しかし、手術・放射線・抗がん剤の3大治療法では治らず、医療から見放されたがん患者さんが、免疫療法に救いを求めるケースが少なくないのも事実であり、実際、さまざまな免疫療法が研究・開発されている。
最近、最新の免疫療法として注目されているのが、茨城県つくば市の「つくば研究支援センター」内に本社を置く、セルメディシン(株)というベンチャー企業が開発した「自家がんワクチン」療法である。
開発に携わった同社社長の大野忠夫さんは、東京大学を卒業した薬学博士で、米国ペンシルバニア大学、北里研究所、放射線医学総合研究所、理化学研究所などで、がんについて研究を続け、自家がんワクチンを世界に普及することによって、がんの恐怖から人々を解放することを目的に、同社を2001年に創立した。
免疫療法には、がん細胞だけを狙い撃つ特異的療法と、身体全体の免疫力を上げることによってがん細胞を叩く非特異的療法があるが、自家がんワクチンは前者である。自家がんワクチンの最大の特徴は、文字どおり「自家」製である点だ。
「がんの手術を受けた患者さんの、病理診断の際に切り取ったホルマリン漬けのがん組織の断片1~2グラムに、免疫刺激剤を混ぜ、注射用生理食塩水に懸濁したもの、それが自家がんワクチンです」と、大野さんは言う。がん患者さん自身のがん組織の1部を使って作ったワクチンだから、「自家」がんワクチンなのだ。
ということは、自家がんワクチン療法は、すでにがんの手術を行った人を対象とする療法であり、「再発・転移を抑えるために使っていただくワクチンです」と言う。また、「生きている免疫細胞も、がん細胞も含まないので、取り扱いが容易ですし、患者さん自身のがん組織を化学的に固定したものが原料ですから、安定性、安全性も備えています。まさに、その患者さん個人にしか使えない、完全なパーソナルドラッグであり、問題となる副作用もありません」と、大野さんは語る。
肝がんで効果再発が抑制される
では、なぜ自家がんワクチンががんに効くのか。大野さんの解説を要約する。
ヒトの体内には、正常細胞が異常になったとき、それを殺して排除するキラー細胞が備わっている。キラー細胞には、主に細胞傷害性Tリンパ球(CTL)とナチュラルキラー細胞(NK)があるが、がん細胞は正常細胞と性質が似ているため、通常、キラー細胞はがん細胞をすばやく殺せるほどには活性化されていない。
がんワクチン療法は、体内で刺激を与えることによりキラー細胞を活性化し、体内のがん細胞を殺すよう誘導する治療法であり、自家がんワクチンではその刺激剤として、患者さん自身のがん組織をホルマリン処理したものを使う。これが体内のリンパ球を増加させ、キラー細胞群を活性化し増殖させる。
ホルマリン漬けにして固定したがん組織が、なぜキラー細胞を活性化させるのかと言えば、その組織の中に含まれている特定のがん抗原(TAA)が「異常目印」となって、キラー細胞を刺激するからだ。刺激されたキラーT細胞が、がん細胞の表面に出ている抗原を認識し、がん細胞を殺すのだが、このキラーT細胞がCTLである。
要するに、通常活性化されていないCTLが、自家がんワクチンの接種によって抗原を認識し、その刺激で増殖して、がん細胞を殺すというわけだ。
基本的に、自家がんワクチンはどんながんにも効果はあるという。ただ、強い抗がん剤療法を行っている場合は、がん細胞と一緒にリンパ球も殺されてしまうために、併用は難しいとされる。また、がん細胞の増殖がCTLの増殖よりスピードが早い末期がんの場合も、対応しきれないという。
これまで自家がんワクチン療法の試みは800例近くに達して結果を出している。たとえば、術後再発率が非常に高く、予後が悪いことで知られる肝がんで、自家がんワクチン投与群(18例)と、同じ時期に肝がんの手術を受けた非投与群(21例)を比較した試験では、投与群のほうが無再発の患者さんの割合が格段に高いことが明らかになっている(図1)。また、投与群では明瞭な延命効果も観察されている。
つまり、肝がんの術後に自家がんワクチン療法を受ければ、再発が抑制されるだけでなく、生存率も高くなるという結果が出ているのである。
脳腫瘍の中で最悪といわれるグレード4の膠芽腫(グリオブラストーマ)でも、自家がんワクチンを投与後、腫瘍の減少、消失が観察された症例が出ており(写真2)、奏効率17パーセント、疾患制御率45パーセントを記録している。
(Cancer Sci., 98(8):1226-1233, 2007)
多くの医師がまだ知らない自家がんワクチンの存在
自家がんワクチン療法の具体的な治療法は、以下のとおり。
(1)初診時に患者さんがホルマリンやパラフィンに固定されたがん組織(1~2グラム)を持参し、それからワクチンをつくる。
(2)手術から4週間以上経過した時点で、免疫反応テストを行う。
(3)その48時間後に免疫反応テストの結果を確認した上で、1回目のワクチン接種を行う。1回に5カ所、上腕の皮内に注射する。
(4)2週間後に2回目のワクチン接種を行う。
(5)さらに2週間後、3回目のワクチン接種を行う。
(6)その2週間後に、2回目の免疫反応テストを行い、さらに48時間後にその結果を確認する。
具体的な治療はこの3回のワクチン投与で終了する。その後、1回目のワクチン投与から数えて3カ月後と6カ月後の2回、投与前後でがん組織がどう変化したかを調べるが、「自家がんワクチン療法は、抗がん剤治療のように延々と続けることはなく、原則として1コース、6週間と4日という短期間で終了します」と、大野さんは言う。
副作用がなく、安全性の高い短期間の治療で、がんの再発・転移を防げるとすれば、最初の手術を終えた患者さんにとっては、大きな福音である。しかし、自家がんワクチンには越えなければならないハードルもある。
1つは、手術を受けたがん患者さんが自家がんワクチンにたどり着くのは、決して容易ではないという点だ。なぜなら、手術を担当する医師の中には、免疫療法をまゆつば視する人が少なくなく、自家がんワクチンを知らない人も多いために、患者さんにこの療法を紹介するケースが、まだまだ少ないからだ。
もう1つは、自家がんワクチン療法にかかる費用は、初診・1コース3回のワクチン接種・2回の免疫反応テストなどを含めて、150万円前後となって点だ。自家がんワクチンは原則として1コースで終わり、150万円で再発・転移を防ぐことができれば、相対的に高くはないという見方もできる。
ASCOでも話題になったワクチンと抗がん剤の併用
手術を行った医師が積極的に自家がんワクチン療法を紹介するケースは、まだ少ないにしても、現在、セルメディシン社と提携して同療法を行っている医療機関は、全国で43カ所に達している。その1つが東京・銀座にある「銀座並木通りクリニック」である。
同クリニック院長の三好立さんは癌研でがん治療の基礎を学んだエキスパートだが、「大野さんの学問、論文を大事にする、いかにも学者的な研究スタンスを高く評価し、自家がんワクチンを使わせてもらっています」と言いながら、自家がんワクチン療法を次のように評価する。
「免疫療法はあくまで補助療法で、それだけで寛解までいくケースは少ないと思います。ただ、今年のASCO(米国臨床腫瘍学会)の発表でも話題になっていたように、ワクチンと抗がん剤の併用は今後進むでしょう。私のところでも、千葉大学の高橋豊先生が提唱された、低用量の抗がん剤を継続して投与する休眠療法と自家がんワクチンを併用している患者さんがいます。まだ明確なエビデンスは得られていない段階ですが、従来のがん治療では治らず、“がん難民”となった患者さんにとって、自家がんワクチンは1つの武器になると確信して、紹介しています」
同クリニックでは、自家がんワクチンの投与によって、卵巣がんが半年後に消えた、乳がんの骨転移が9カ月後に消えた、小指の先ぐらいの膵臓がんの進行が止まった症例など、多くの成功例があると言う。
三好さんは最後に、「大学病院など大きな病院で、前向きに自家がんワクチンを臨床に採り入れてほしい。はっきりしたエビデンスを知りたいと思います。そのためには、私のところも積極的に協力します」と、自家がんワクチンに対する期待を込めて力説した。
いずれにしても、自家がんワクチン療法は始まったばかりであるが、再発・転移の抑制には効果を発揮することが、次第に明らかになりつつある。がん治療に新たな地平を開く療法になるか注目していきたい。
セルメディシン株式会社
〒305-0047 茨城県つくば市千現2-1-6-C-B-1(つくば研究支援センター内)
TEL:029-828-5591 FAX:029-828-5592
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