最低のコストで最大の効果を目指した札幌医大発がんワクチン
「ワクチンでがんを治す日」に向けて実用化進む
札幌医科大学
第1病理学教室准教授の
鳥越俊彦さん
「天然痘やポリオがワクチンで撲滅できたように、がんの治療や予防がワクチンによって可能になれば、どんなにすばらしいことか」と取り組まれているのが、がんワクチンの研究。欧米ではすでに昨年から今年にかけて製剤化が始まり、日本でも札幌医科大学の研究チームが開発したワクチンが臨床試験の段階に入っていて、実用化が目前となっている。
がん抗原ペプチドをワクチンに
これまでがんの免疫療法というと、生体が本来持っている自然免疫を利用した非特異的な免疫療法が知られているが、最近になって、がん細胞だけを標的にした特異的な免疫療法が注目を集め始めた。がん細胞に出現するペプチドに着目して、新しいがんワクチンを開発し、実用化をめざして臨床試験を行っているのが札幌医科大学教授の佐藤昇志さん、准教授の鳥越俊彦さんを中心とする研究グループだ。
「リンパ球の1つであるB細胞は、抗体を作って異物の働きを抑える働きをします。ただし、抗体は細胞の中に潜んでいるものに対しては無力です。これに対して、効力があるのはT細胞です。T細胞は、細胞の中の様子を常にチェックしていて、怪しい細胞を見つけると抗原受容体でチェックし、異常な細胞と判断すると細胞ごと殺してしまいます」と語るのは鳥越さん。
細胞の表面には白血球抗原HLAという分子があり、HLAの上にはペプチドが乗っかっている。T細胞は、このHLAとペプチドの正常な組み合わせを覚えており、異常なペプチドが乗っかると、「異常な細胞」と認識し、障害するのだ。
ペプチドはどこからくるかというと、細胞の中からあらわれる。
「細胞の中では、次々と新しいタンパク質が作られると同時に、分解処理されます。その分解された産物の1部は、8~10個のアミノ酸がつながったペプチドに断片化され、HLAの上に乗っかって細胞表面に出てくるというメカニズムが、すべての細胞にあります。正常細胞に含まれる遺伝子が変異することによって発生するがん細胞の中では、正常細胞にはない異常なタンパク質がたくさん発現しており、その断片がHLAの上に乗って細胞表面にあらわれるようになります。これががん抗原ペプチドです。このペプチドをT細胞が見つけると、T細胞から分化したCTL(細胞障害性T細胞)が、がん細胞を攻撃するのです」
したがって、免疫によってがんをやっつけようとするなら、がん細胞が作るがん抗原のペプチドの構造をあらかじめT細胞に教えてやり、T細胞をたくさん増やして活性化させれば、「これは自分ではない」と攻撃するようになる。
どうやって教えるかというと、そこで登場するのがワクチン。HLAの上に乗っかっているがん抗原ペプチドをワクチンとして体内に投与し、T細胞に教えようという作戦だ。
がん細胞に高発現するサバイビン
がん抗原ペプチドの探索が始まり、見つけたのが、これまでもがん細胞に高発現することで知られていた「サバイビン」というタンパク質だ。
「サバイビンは、がん細胞だけにたくさん発現している悪玉タンパク質で、がん細胞のアポトーシス(細胞死)を抑制し、がん細胞の生存能力(サバイバル)を高める役目を持っています。正常な組織ではほとんど発現していなくて、ほとんどのがんの組織で発現しています」
研究グループは、サバイビンの分解産物であるペプチドワクチンの開発に取り組んだが、注意すべき点があった。それは、HLAは人によってタイプ(型)が異なるということだ。とすれば、がんワクチンとなるペプチドの種類も、HLAのタイプによって異なってくるのだ。
「日本人で多いのはA24型というタイプで、6割以上を占めています。一方、白人ではA02型が6割以上占めていて、欧米ではA02型に適応されるようなワクチンの開発が先行して進んでいます。主として日本人を対象とする私たちは、A24型に適応できるワクチンの開発に取り組みました」 開発されたがんワクチンを使って、第1相の臨床試験が行われた。
がん細胞の表面に出たがん抗原サバイビンが染め出されている
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