治癒力を引き出す がん漢方講座
第19話 倦怠感を改善する漢方治療

福田一典
発行:2007年9月
更新:2013年6月

  
福田一典さん

ふくだ かずのり
銀座東京クリニック院長。昭和28年福岡県生まれ。熊本大学医学部卒業。国立がん研究センター研究所で漢方薬を用いたがん予防の研究に取り組むなどし、西洋医学と東洋医学を統合した医療を目指し、実践。

複数の要因で発症するがん患者の倦怠感

倦怠感とは、心身が非常に疲れて「体がだるい」とか脱力感、「やる気が出ない」という精神的疲労感を自覚することです。がんの診断を受けた段階の患者の半数以上、抗がん剤や放射線治療を受けている人の80パーセント以上が倦怠感を感じていると言われています。

単なる肉体疲労による倦怠感は適度な休息だけで回復しますが、がん患者の倦怠感は栄養補給や休息だけでは解決せず、慢性的に持続するのが特徴です。その理由は、悪液質や感染症、抗がん剤などの攻撃的治療による正常組織・臓器のダメージ、栄養素の不足、不安感などの精神的ストレス、貧血、不眠、抑うつ、自律神経失調など複数の要因が倦怠感の発症に関わっているからです。

倦怠感が強いとQOL(生活の質)が下がり、抗がん剤などのがん治療の継続も困難になります。痛みや吐き気を緩和する薬はたくさんありますが、倦怠感を緩和する治療はまだ十分ではありません。

がん患者の倦怠感を軽くする治療法として、点滴や輸血、栄養素やカロリーの高い食事や栄養補助食品、不安感や不眠を緩和する薬、副腎皮質ホルモン、サリドマイド、シクロオキシゲナーゼ阻害剤、ω3不飽和脂肪酸などが用いられています。

適度な運動が倦怠感の緩和に有効であることも報告されています。これらに加えて、滋養強壮作用を持つハーブや漢方薬の有用性も指摘されています。

倦怠感に対する人参の効果

西洋薬には栄養素の補充による治療はあっても、滋養強壮効果をもった医薬品はありません。一方、漢方治療では、滋養強壮作用をもった生薬がたくさんあります。漢方では生命エネルギーを「気」という概念で認識し、気の量を増やす(補気作用)漢方薬を臨床経験のなかから見いだしてきました。がん患者の倦怠感の緩和に対しても、ハーブや漢方薬の利用が検討されるようになっています。

たとえば2007年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)でも、メイヨークリニックのグループが、アメリカ人参ががんによる倦怠感を改善することを、ランダム化(無作為化)臨床試験で認めたことを発表しています(AbstractNo:9001)。

この研究は、余命6カ月以上で倦怠感を1カ月間以上経験している282人のがん患者を対象に、各グループ69~72名の規模で8週間の投与を行った臨床試験です。その結果、プラシーボ(偽薬)群で10パーセント、1日1000ミリグラムのアメリカ人参の摂取で25パーセント、1日2000ミリグラムでは27パーセントの患者で倦怠感が緩和しました。また、治療に満足した人はプラシーボ群で13パーセント、1日2000ミリグラム摂取した群では34パーセントでした。副作用はプラシーボとの間に差はありませんでした。

これは米国でサプリメントとして利用されているアメリカ人参の研究ですが、日本では高麗人参や紅参や田七人参が漢方薬やサプリメントとして利用されています。これらはジンセン類と総称され、その滋養強壮作用は古くから知られています。漢方では人参は補気薬の代表で、種々のストレスに対する体の抵抗力を高め、がんによって引き起こされる食欲不振や体力減退や全身倦怠感、がん治療後の身体衰弱や生体防御能の低下の改善に効果があることが多く報告されています。(第6話参照)

倦怠感を緩和する漢方薬

倦怠感や疲れやすさは漢方では気虚ととらえ、人参や黄耆などの補気薬を含む漢方薬を使用します。その代表が補中益気湯で、体力や免疫力の増強を介して食欲不振や全身倦怠感を改善する効果が指摘されています。消化器腫瘍を対象に、化学療法による食欲不振や全身倦怠感などの症状に対する補中益気湯の有効性を検討する臨床試験が行われ、80パーセント以上の患者に食欲不振や全身倦怠感の改善が認められています。 抗がん剤治療などで骨髄がダメージを受けて貧血や栄養状態の低下(血虚)には、十全大補湯や人参養栄湯のような気虚と血虚を補う気血双補剤を使用します。

しかし、このような補剤だけでは、不十分な場合もあります。感染症や炎症や悪液質の存在、血液循環や新陳代謝の低下、肝臓や腎臓などの諸臓器の働きの低下などが複雑に関与しているからです。

微熱があって感染症や炎症があるときには、柴胡や黄ゴンなどの抗炎症作用(清熱解毒作用)のある生薬を、新陳代謝が極度に低下して冷えが強いときには附子や乾姜のような補陽薬を使用します。

抗炎症作用のある生薬は炎症反応を抑え、がん細胞の増殖を抑制することで悪液質を改善する効果が報告されています。血液循環や新陳代謝や解毒機能を良くする漢方薬も悪液質の改善に有効です。がん性悪液質が強いときには、補気薬や補血薬だけでなく、清熱解毒薬や駆オ血薬を組み合わせることが効果を高めるポイントになります。

また、不安やうつ状態など精神的要因がからんでいるときには、加味逍遙散、香蘇散、半夏厚朴湯など理気作用(気の巡りを良くする作用)をもった気剤が倦怠感の改善に有効な場合があります。

黄ゴン:ゴンは草かんむりに今
駆オ血薬:オは病だれに於

目に見えない副作用に力を発揮する漢方治療

倦怠感は本人にとっては非常につらい症状ですが、他人には理解してもらいにくく、主治医にも十分に症状を伝えにくいため、その治療に関しては軽視されています。痛みや吐き気や白血球減少などに対する治療法(支持療法)は発展してきました。しかし、このような支持療法で、目にみえる副作用だけに対処していても、消化管機能の低下や失調が発生し、食事が取れなくなり、抵抗力がなくなるということはよく経験されます。体の抵抗力や治癒力や生命力といった目に見えない要素に適切に対処できないのは西洋医学の本質的な欠陥といえます。

漢方治療が抗がん剤治療や放射線治療の補完医療として意味があるのは、倦怠感のような数値で表現しにくい自覚症状に対処できるからです。

[図 倦怠感治療の漢方薬によるアプローチ]
倦怠感治療の漢方薬によるアプローチ

がん患者に起こる倦怠感はさまざまな要因が関連しているので、その治療は多方面からのアプローチが必要である。西洋医学の一般的な治療に加えて、それぞれの原因に対応する漢方薬を利用することも有用である

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