川本敏郎の教えて!がん医療のABC 7

「拷問」と感じる患者の立場、
淡々と管を挿入する医師の立場
思いもかけない腸閉塞で事態は急変

監修●幡多政治 横浜市立大学大学院医学研究科放射線医学准教授
文●川本敏郎
イラスト●佐藤竹右衛門
発行:2010年8月
更新:2013年7月

  

術後の回復も順調で、食事も3分粥、5分粥と順調にいっていた川本さん。ところが、急に事態は一変します。術後腸閉塞を起こしてしまったのです。この腸閉塞改善の施術をめぐって、患者の立場と医師の立場で大きな違いが……。


川本敏郎かわもと としろう

1948年生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。家庭実用ムック、料理誌、男性誌、ビジネス誌、書籍等の編集に携わる。2003年退社してフリーに。著書に『簡単便利の現代史』(現代書館)、『中高年からはじめる男の料理術』(平凡社新書)、『こころみ学園奇蹟のワイン』(NHK出版)など。2009年に下咽頭がん、大腸がんが発覚。治療をしながら、現在も執筆活動を行う

術後の回復も順調のようで

わたしの大腸がん切除手術は、人工肛門を造設せずに済み、がん細胞もきれいに除去することができたとのことで、術後の回復も順調のようでした。

術後10日目で食事は、3分粥になりました。その日、Y医師は左腹部のドレーンを挿入していた傷跡に小さなガーゼを詰めた後、「来週中に転科するか、一旦退院するか、耳鼻科の先生と相談してください」といわれました。つまり、消化器外科としての治療は、翌週の水曜日には終わり、手を離れるというのです。もちろん、退院後も月に1度は外来で診察を続けるそうですが、5年後生存率は80パーセントと告げられました。下咽頭がんと比較すると、ずっと生存率は高いようです。

翌日には、食事は5分粥になりました。左腹部に挿入していたドレーンの跡から体液が漏れ出て、パジャマを濡らしました。昼過ぎにトイレに行くと、便が少量出ましたが、これが2日分の重湯や3分粥の食事の消化物かと思うと、何やら愛おしく感じられました。こう感じるのも、回復が順調だからでしょう。

ところが、夜になって急に雲行きが怪しくなります。夕食の5分粥とおかずを食べている最中から胸がムカついて吐き気があり、半分も食べられませんでした。その夜、眠剤のデパス(一般名エチゾラム)を飲んで寝たのにムカムカ感で目が覚め、何度か吐き気を催しました。日付が変わるころには、吐き気止めを看護師にオーダーして服用したのですが、それでもムカムカ感は消えません。

そして午前3時、吐き気を催したと思った瞬間、トイレまでがまんする間もなく、胃の中のものを吐いてしまいました。近くにある、うがいを捨てる容器にもどしましたが、それではとても受けきれない量でした。全部で500ミリリットルも吐いたでしょうか。かなりの量です。さらに午前4時になってもムカムカ感はおさまらず、少量の胃液を吐きました。

当然、「禁飲食」の札がベッドテーブルの上に置かれました。1個ずつ積み重ねた、賽の河原の石は崩れてしまったのです。

止まらない吐き気消化器系に異常?

その日は日曜日だったため、I医師が診察に来たのは9時少し前で、CTと胸部、腹部レントゲン撮影をしました。I医師は応急処置として胃の減圧をするため、鼻から管を入れ、胃の内容物を吸引器で吸い出しました。すると、350ミリリットルほどの緑色の胃液が吸引されました。管の先を袋に繋ぐと、さらに100~200ミリリットルの胃液が出ました。それでも吐き気は止まりません。明らかに消化器系に異常が生じたに違いませんが、できるだけ深刻に考えないようにしました。

昼過ぎにまた吐き気を催し、3度少量吐きました。吐き気止めをオーダーして点滴してもらうと同時に、胃液を吸引してもらいました。

眠剤を点滴してもらって、午後7時過ぎには眠ろうとしたのですが、鼻に管が入っているため息苦しくて眠れません。胸焼けもするので、胃液を吸いとってもらいましたが効果はありません。さらに眠剤を点滴してもらい、眠りに就いたのは午後11時半ころでした。

これまで入れてあった管よりもっと太い管が……

翌朝、採血があり、Y医師が回診に来ました。「腸閉塞を起こしているかもしれない」といわれ、レントゲン撮影を指示されました。

手術前に詳しく説明を受けた合併症の1つ、術後腸閉塞を起こしたのです。起きる確率は20パーセントという説明でしたが、その中に入ってしまったわけです。腸が詰まっているため、胃の内容物が行き先を失い、吐いてしまったのでしょう。

後で受けた説明によると、腸閉塞を起こした原因は、手術後、腸にむくみが出たか、腸の動きが悪くなったかして通りが悪くなったためだそうです。

午後、再度Y医師がやって来て、昨日のレントゲン写真と比べると腸閉塞はよくはなってはいるが、下咽頭がんの治療を考慮すると、やれることはやったほうがいいと、鼻から小腸まで管を入れますと宣告されました。チューブを通して腸液を機械的に抜くことで、むくみが早くとれるというのです。

説明が終わって、放射線科の透視室で管を入れ替える施術が施されました。今度入れる管のほうが、胃に入れていた管より堅くて太いものです。それを腸まで入 れるのですが、これがひどく苦しい施術でした。わたしがゲーゲーやっても、Y医師は構わず、「ちょっと痛いですよね」といいながら、下へ下へと通そうとし ます。患者の訴えばかりを聞いていたら、出来ることも出来ないと頭ではわかりますが、外科医はじつに冷酷です。

ゲーゲーが30~40分も続いたでしょうか、まるで拷問のような施術はようやく終わりました。それでもY医師は、十二指腸の少し先までしか入らなかったと、残念そうでした。

獨協医科大学越谷病院第1外科主任教授の大矢雅敏さんは、次のように解説してくれました。

「切除した場所から推測すると、小腸に入ったすぐの所で腸閉塞が起きやすいと思われます。ですから、そのぐらいまで管を入れればよかったのでしょう」

鼻から喉を通って小腸まで達した管の先を低圧持続吸引器に繋ぎ、腸液を吸引しました。

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