川本敏郎の教えて!がん医療のABC 9
放射線治療に潜む得手、不得手がもたらす
人生の悲喜こもごも
ショック!! 抗がん剤と放射線治療による
味覚障害がこんなにつらいとは
下咽頭がんの治療に当たって、抗がん剤と放射線治療を組み合わせた方法で、声を失わずにすんだ川本さん。しかし、治療が始まるや否や、口の中のある重大な副作用に悩まされることになります。
川本敏郎かわもと としろう
1948年生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。家庭実用ムック、料理誌、男性誌、ビジネス誌、書籍等の編集に携わる。2003年退社してフリーに。著書に『簡単便利の現代史』(現代書館)、『中高年からはじめる男の料理術』(平凡社新書)、『こころみ学園奇蹟のワイン』(NHK出版)など。2009年に下咽頭がん、大腸がんが発覚。治療をしながら、現在も執筆活動を行う
なぜ、口内乾燥という副作用が起きるのか
下咽頭がんの放射線治療による副作用は、まず唾液が出ずに口の奥がカラカラに乾燥するという症状になって現れました。わたしが口内乾燥の症状にはじめて気づいたのは、放射線治療7回目を終えたゴールデンウィーク中で、外泊をして戻っていた自宅ででした。口の中が乾き、ペットボトルの水が手放せなくなってしまったのです。
なぜ、口内乾燥という副作用が起きるのでしょうか。その原因は、放射線治療がなぜがんの治療に有効なのか、放射線はどうしてがん細胞を死滅させるのかという基本原理についての説明からはじめるしかありません。
横浜市立大学大学院の医学研究科放射線医学准教授の幡多政治さんの説明によるとこうです。
「放射線を照射した組織は、正常な細胞もがん細胞もDNAは同じように傷がつきます。しかし、正常な細胞のほうは修復力が高く短時間で元通りになってしまうのに対し、がん細胞はそれが低いのです。こうした修復力の差を利用し、病変組織に放射線を少しずつ照射してやると、正常細胞は修復して元に戻るのにがん細胞は傷がどんどん大きくなり死滅してしまいます」
もちろん、正常な細胞もある程度、照射されるとダメージを受けます。そのため、できるだけ放射線が当たらないように、治療前にCTシミュレーターで撮影したCT画像をもとに、がん細胞と正常組織の位置関係を3次元的に把握、適格な照射範囲や方向を決めます。そして、細胞にどれだけのをどのくらいの日数をかけて照射すればよいか計算して治療計画を作ります。その計画書を見ると、黒をバックに正面、横、真上から頭蓋骨が映し出されていて、そこに照射される放射線の線量を示す細かな線が描かれ、脇に物理学の数式のようなものが書かれていました。それはまるでSF映画に出てくるシーンを連想させます。
放射線治療は、できるだけ原発巣だけに照射するようにしますが、下咽頭がんの場合、リンパ節に転移しやすいという性質があります。それに、微小ながん細胞はCT画像には映りません。そのため下咽頭がんを放射線で治療するとき、見えないがん細胞すべてを一連の治療で消滅させようとするため、耳下腺を含む広い範囲に放射線を照射しなければなりません。
とくにわたしの場合は、リンパ節に転移していると診断されていたわけですから、リンパ節にも照射しなければならず、それだけ耳下腺がすぐに壊れて唾液が出なくなることは、覚悟するしかなかったのです。
放射線治療には得手、不得手がある
放射線治療によって唾液が出なくなる原因はわかりましたが、もう少し放射線治療のお勉強を続けましょう。
わたしの下咽頭がんを放射線で治療するに当たって、担当医は「根治できます」ときっぱりと言ってくれました。しかし、放射線治療は、得手、不得手があるようなのです。これはどうしてなのでしょうか。
先に述べたように放射線治療の場合、照射した組織はがん細胞、正常細胞の区別なく傷つきます。そのため、がん細胞の周りに生命維持に欠かすことができない臓器があるケースや、常に動いている胃や腸などの内臓臓器にできたがんは、治療に向いていません。そのため、放射線治療は咽頭などにできる頭頸部がんなどで先行した歴史があるそうです。
放射線治療中心の完全な治癒を目指した根治的照射があるということは、それ以外の目的で照射することもあります。予防的照射、術前・術後照射、緩和的照射などです。
ここで緩和的照射とは何かというと、がんが治癒できないとわかってからでも、骨転移などによる疼痛を和らげる作用があるからです。これは骨に転移したがん細胞は自分のスペースを広げようと破骨細胞に働きかけて骨を壊そうとします。がんというのはまるで意思があるようなイヤ~な存在ですね。このとき、骨を削るわけで痛みが伴いますが、それを放射線は抑制するのだそうです。
放射線治療と化学療法どちらが効果が高い?
放射線治療が、がん治療の3本柱の1つに挙げられる理由がおわかりになったと思います。
では、わたしの場合、なぜ放射線治療と化学療法とが併用されたのでしょうか。どちらが治療効果が高いのでしょうか。
化学療法と放射線治療の併用については、幡多さんはこのように説明してくれました。
「1つは抗がん剤を併用することによって、放射線治療の効果を増幅させてくれること、もう1つは遠隔転移した小さながん細胞なら抗がん剤がやっつけてくれる可能性があるからです」
前者の増幅効果については、前回お話をしてくれた横浜市立大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教授の佃守さんが補足してくれます。
「わたしたちの体は、正常細胞、がん細胞の区別なく、分裂をくり返します。このとき細胞はある周期に沿って分裂に向かいますが、細胞はその周期によって放射線感受性が異なります。この感受性が高い時期に、抗がん剤でがん細胞を集めると効果が高くなるのです」
では、放射線治療と化学療法では、どちらが下咽頭がんを根治させる力が強いのでしょうか。
「今の段階では、抗がん剤だけで治すことは困難です。一時的にがん細胞が減少しても、どうしてもぶり返してきます。ですから、根治させる力は放射線治療のほうが圧倒的に強いです」
幡多さんは、きっぱりとした口調で説明してくれました。
しかも、新しい放射線治療法も開発されているそうです。「強度変調放射線治療」(リニアックやトモセラピー)や「定位放射線治療」(サイバーナイフやノバリ ス)がそれです。前者の治療方法では、原発巣やリンパ節以外は線量を落とすことができるため、副作用を大幅に抑えることができるそうで、耳下腺の障害が少 なくてすむようになるといいます。ただ、時間もマンパワーもかかるので、普及するのは数年先になるとのこと。わたしの下咽頭がんがもう少し遅ければ、口内 乾燥に悩まされるのも少なくてすむところでした……。
サイバーナイフは、放射線を用いたロボット誘導型定位的放射線治療装置で、腫瘍に向けて高線 量の放射線をあらゆる角度から集中して照射、周囲の正常部分には放射線があまり当たりません。治療は1日~数日で終わります。これに関しては、後日、わた しの下咽頭がんが頸部リンパ節に再発転移したのが発見されたときにお世話になりましたので、そこで詳しく書きたいと思います。それにしても医学の世界は、 日進月歩ですね。
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