川本敏郎の教えて!がん医療のABC 10
治療は楽だが、副作用がつらい放射線治療
味覚障害、食欲低下、喉の痛み……幾多の副作用を乗り越えて
下咽頭がんの治療によって、唾液停止、味覚障害が出てしまった川本さん。治療が進むにつれて、食欲低下、喉の痛みなど、さまざまな副作用が川本さんを襲ってきます。
川本敏郎かわもと としろう
1948年生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。家庭実用ムック、料理誌、男性誌、ビジネス誌、書籍等の編集に携わる。2003年退社してフリーに。著書に『簡単便利の現代史』(現代書館)、『中高年からはじめる男の料理術』(平凡社新書)、『こころみ学園奇蹟のワイン』(NHK出版)など。2009年に下咽頭がん、大腸がんが発覚。治療をしながら、現在も執筆活動を行う
唾液が出ない、味覚障害という重大異変
わたしの下咽頭がんの放射線治療は、ゴールデンウィークの5日間のお休みをはさんで連休が明けた5月7日から再開、8回目の照射をしました。
唾液が出ない、味覚障害という口の中の重大異変が現れたのは、その直後でした。中堅のT医師は、「治療が進むにつれ、それらはもっと激しくなりますし、放射線焼けなどといった症状が出るかもしれませんが、頑張って」と励ましてくれました。
このころ、体重は53.3キロと、1番痩せていました。食事は大腸がん手術後の副作用、腸閉塞をやって以来、一般食の半分に減らされていましたから、少しずつ減るのは仕方がないのですが、唾液が出ないため嚥下しにくいのに加えて、味もしないため食欲もわきませんでした。横浜市立大学大学院医学研究科放射線医学准教授の幡多政治さんは、こう教えてくれました。
「味がしないため食欲が湧かない、そのため食べる量が減ってしまい痩せてしまう方も結構いるんですよ。なかには治療が続けられない方もいます。点滴などで栄養補給しますが、口から栄養を摂らないと間に合わなくなってしまうんですよ」
わたしは朝昼晩の食事を、薬と思うようにして必死に食べたのが功を奏したのか、それ以上痩せることはありませんでした。
しかし、味がしない、食べ物を飲み込みにくいだけでなく、食物を噛むとまで痛みだしてしまいました。このころから副作用はさらに増え、食べ物を噛むと左顎が痛む、脱毛が顕著になるなどの諸症状が現れます。
放射線治療ほど暇なものはない
放射線治療というのは、入院患者にとって、暇なものです。照射はウィークデーの決まった時間に行って、ただじっと横たわっていれば数分で終わるのですから、副作用さえなければ、治療をしているという実感さえ薄くなります。化学療法と重なっていなければ、点滴もありませんから、入浴も可ですし、遊歩道の散歩も自由、スクワットなど運動もできます。
自ずと患者の関心は、毎週末の外泊へと向かうようです。 これはわたしだけではないようで、一緒の病室に居た患者さんも同様でした。食べ物の味がわからないのに、どうしてそんなに家が恋しいのかと思うのですが、病院にいると〝囚われの身〟といったイメージが付きまとってしまうからなのでしょう。
わたしの場合、家に帰ったらメールのやり取りが自由にできます。フリーライターという身にとって、メールという通信手段は、大きいのです。その当時のわたしの懸案事項は、2年前から取材をして脱稿寸前になっている『医師・村上智彦の闘い』の推敲と版元探しにありました。それに少しずつ手がつけられるため、家に戻りたかったのです。
そのため週末が近づくにつれ、白血球の数が気になってきます。外出できるか否かのボーダーラインは2000です。5月15日は白血球数が2900でした が、 外泊の許可が出ました。薄氷を踏む思いです。そのときの医師は、放射線焼けはどうですかと聞いてきました。ちょうど放射線照射が14回目の日です。その時 点では、喉の痛みはそれほどではありませんでしたが、翌日から喉の奥のほうに痛みが出始めました。痛みの分だけ、がん細胞は放射線によって傷つけられてい るのでしょう。
喉の痛みは、奥のほうが水を飲んでも痛むようになってきました。喉の奥の左側から左耳の奥にかけて頻繁に痛みが走ります。痛み止め のロキソニン(一般名ロキソプロフェンナトリウム)が手放せなくなってきました。ちょうど前半の20回が終わり、明日から2週間の休みに入る時期になって いました。
放射線治療がつらいのはほとんどが副作用
なぜ、放射線治療は間に休憩期間を入れるのでしょうか。 幡多さんはこう教えてくれました。
「休憩は施設によって入れたり 入れなかったりですが、休憩期間を入れるのは副作用のせいです。副作用がひどくて患者さんによっては続けられないという方もいらっしゃいますから……。 よく放射線治療はつらいという印象を持たれますが、 ほとんどは副作用によるものです」
幡多さんのいう副作用は、先に挙げた味覚障害による食欲の低下はもちろんのこと、放射線による火傷症状や喉の奥の痛みなどトータルのものです。
わたしの場合は、頸部炎症がますますひどくなって痛痒く、朝から晩までずっと保冷剤で冷やし続けなければなりません。火傷の皮膚潰瘍薬プロスタンディン軟膏(一般名アルプロスタジルアルファデクス)と皮膚炎のステロイド外用治療薬キンダベート軟膏(一般名クロベタゾン酪酸エステル)を練り合わせた薬を塗っていましたが、病棟長のN医師によると、たいした副作用ではないそうです。
わたしの放射線治療の休憩期間は、喉の外の火傷のような痛みと内側奥の痛みとのダブル攻撃に悩まされながらも、外泊許可を最大限いかしながら過ぎていきました。
その間、Y教授の定例診察だけは受けました。5月26日の内視鏡診察では、喉の奥までじっくりと調べました。わたしが「どんな具合ですか」と聞くと、重い口を開いて「かなりいいです。おそらく手術はないでしょう」と答え、「手術するとしたら首だけかな」とつけ加えました。慎重な教授の朗報に、わたしは内心明るいものを感じました。
静脈が劣化で見つからない点滴針を留置する
下咽頭がん治療第2クールは、6月8日から再開しました。朝、抗がん剤を点滴する静脈のライン採りをやりましたが、これまで何度か抗がん剤投与のために静脈を使ってしまったため、左腕から目立った静脈がなくなってしまったそうです。というのも、抗がん剤が静脈から漏れるのを嫌うため、何度もラインを変えますが、1度使った静脈は劣化してしまい使えなくなるそうです。若手のO医師が点滴針の留置に失敗し、中堅のT医師がようやく確保に成功しました。しかし、それも腕の肘に近い場所だったため、ちょっとした動きで血流が止まってしまい、輸液ポンプのアラームが鳴り響きます。1日目はなんとかそれで間に合わせましたが、2日目になってもちょっとした腕の動きで、相変わらずポンプがピーコピーコと鳴ります。
そのうち、点滴を投与する箇所が痛んだので、またライン採りです。S医師は、左腕は投与する場所が見つからないので、左手甲か右腕のどちらがいいかと聞くので、左手甲に点滴針を打ちました。
病棟長のN医師が、明日から頭頸部癌学会があるのでY教授以下いないが、若手の医師が対応する旨、全患者に伝えに回ってきたとき、点滴の不便さを訴えたところ、N医師は「それでは左腕つけ根の太い静脈からシリコンの管を胸の中心静脈まで通しましょう」と言ってくれました。消化器外科でやった中心静脈の手法です。ベッドの上でガーゼを敷いてやったのでかなりの量の血が出ましたが、無事、留置することができました。レントゲンを撮って確認してから点滴針をつけ直しました。これで1週間、点滴針を打ち直すこともなければ、左肘を曲げても血流は止まらないとのことです。
しかし、この手法は残念ながら成功しませんでした。2日後の夜など、左腕をちょっと動かしただけでピーコピーコ鳴って、その度に看護師を呼びました。12時過ぎには頑丈な副木で固定されましたが、それが腕に当たって痛むので、簡易のものに変えてもらいました。結局、根本解決はできないまま、だましながら点滴ルートを使い、1週間を過ごしました。
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