筋層に浸潤していない膀胱がん患者さんにとって、くり返す再発を抑制して生活の質を高めるために
BCG注入の新しい「維持療法」で筋層非浸潤性膀胱がんの再発を防ぐ
京都大学大学院医学研究科
薬剤疫学分野准教授の
樋之津史郎さん
浜松医科大学
泌尿器科学教室教授の
大園誠一郎さん
再発が多い筋層に浸潤していない膀胱がんに対して、結核の予防ワクチンとしても使用されるBCGを膀胱内に注入する治療法が標準治療であるが、10年8月、標準の治療を延長する治療法が保険で認められ、今まで以上に再発を防ぐための強力な武器になった。
そこで今回、膀胱がん治療の第一人者である大園誠一郎さんと、BCG維持療法に関する臨床試験を行った研究グループの一員である樋之津史郎さんに、膀胱がんの再発予防および進展について話し合ってもらった。
生活の質を維持するための膀胱温存の大切さ
大園 泌尿器科で扱うがんでも、前立腺がんや腎臓がんは手術で取り除いてもあまり問題ありませんが、膀胱を取ってしまうと、通常の方法では排尿はできなくなります。当然、生活の質は下がりますし、精神的なショックもあります。そこで、できるだけ膀胱を残す治療法が求められているわけです。
膀胱がんの7~8割は、膀胱壁の筋層より浅い部分(膀胱の内側)にできます(*)。がんが筋層を越えていると膀胱を取る手術が必要ですが、越えていないなら膀胱を温存する治療が可能です。ところが、筋層に浸潤(*)していない膀胱がんは、膀胱を温存するために、がんが再発することがあります。すなわち、膀胱粘膜に発生した膀胱がんの場合、手術によってがん病変を取り除いただけでは、その後、がんが再発をくり返すことがあります。
そして、再発をくり返しているうちに筋層に浸潤したり、腎盂尿管や尿道など他の臓器に広がったりすることもあります。あるいは細胞が、悪性度の高いがんになったりすることもあります。
そこで、再発を予防するための治療が手術後に必要になり、膀胱内に抗がん剤やBCG(商品名イムシスト)を注入する治療が行われています。
今日はその治療法について伺いたいのですが、その前に膀胱がんの疫学について簡単に解説してください。
樋之津 膀胱がんは女性より男性に多く、男性は女性の3~4倍膀胱がんになりやすいです。患者さんはだいたい60歳以上の方で増え始め、とくに70歳を超えてからは多くなります。ですので比較的高齢者に多いがんと言えます。高齢化が進む日本では、患者数は増えています。
*筋層非浸潤性膀胱がん(筋層にがんが広がっていない膀胱がん)
*浸潤=がん細胞が周辺の細胞に広がっていくこと
膀胱にできる上皮内がんは悪性度が高いことが多い
大園 膀胱がんの原因は?
樋之津 まず挙げられるのは喫煙との関連です。職業性の特殊な発がん物質が影響することもかなり以前からわかっていますし、感染症が原因になることもあります。
大園 まず現れるのはどんな症状でしょう?
樋之津 頻尿や排尿時痛などの症状がないのに、目で見てわかるような血尿が出る、無症候性肉眼的血尿が典型的な初発症状で、これが最も多いといわれています。
大園 この血尿は、1日だけのこともあるし、せいぜい2~3日で止まることが多いので、働きすぎだとか飲みすぎだとか、自分で勝手な理由をつけて安心し、発見を遅らせてしまうことがあります。血尿が出たら、泌尿器科の専門医を受診することが大切ですね。膀胱がんが疑われる場合、どんな検査が行われますか。
樋之津 最も大切な検査は、尿道から内視鏡を入れて膀胱内を見る検査です。腫瘍があるかないか、腫瘍の大きさや数、出血があれば出血している場所もわかります。ただ、隆起している腫瘍は見つけやすいのですが、膀胱壁の上皮内に埋まっている腫瘍もあって、これは診断が難しいです。このようなタイプを上皮内がんと呼んでいます。 上皮内がんというのは、他の種類のがんでは、上皮内にとどまっている穏やかながんを意味することが多いのですが、膀胱がんでは違います。隆起性のがんに比べ、上皮内がんのほうが悪性度が高い傾向にあります。
残っているがん細胞を殺し新たながんの発生を防ぐ
大園 ここからは、患者さんが多い筋層非浸潤性膀胱がんに限って治療に関するお話を進めましょう。この段階の膀胱がんなら、膀胱を温存した治療が可能です。内視鏡を入れてがんを切除する内視鏡手術(*)が中心ですが、開腹手術で部分的に切除する方法もあります。
ただ、膀胱を残せば再発の可能性はありますね。
樋之津 筋層非浸潤性膀胱がんの再発は、他のがんと少し性質が違います。他のがんでは、目に見えないほどの小さな取り残しがあり、それが大きくなって再発が起こります。筋層非浸潤性膀胱がんの場合は、取り残しで起こる再発と、膀胱の中で別の場所から新たにがんができてくる再発とがあります。
大園 再発を防ぐ治療として行われているのが、抗がん剤やBCGの膀胱内注入療法ですね。
樋之津 抗がん剤注入療法は、残っているがん細胞に対する効果がある治療法です。BCG注入療法は、残っているがん細胞も殺しますし、膀胱内に新しくがんができるのも防ぐと考えられています。
大園 BCGは結核を予防するためのワクチンとして皆さんご存知ですね。弱毒性ではあるものの、結核菌を膀胱内に入れることになるわけで、この治療の説明をすると驚かれる患者さんが多いですが、なぜBCGが効くのかと質問されることもあると思います。
樋之津 メカニズムは十分に解明されていません。ただ、膀胱がんに関しては、がん細胞を殺していることが、80年代に確かめられています。それ以降、筋層非浸潤性膀胱がんの治療法として、世界中で標準的に行われるようになっています。
*経尿道的膀胱腫瘍切除術(TUR-Bt)
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