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理論的には理想的ながんペプチドワクチンの本当の効果は?
実用化に1歩近づいた膀胱がんのワクチン療法

監修:藤岡知昭 岩手医科大学泌尿器科学講座教授
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2008年12月
更新:2013年4月

  
藤岡知昭さん
岩手医科大学
泌尿器科学講座教授の
藤岡知昭さん

がんのワクチン療法は、長い間その実現が待たれてきたが、実用化まではなかなか至らなかった。
ところが、岩手医科大学泌尿器科学講座(藤岡知昭教授)と東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター(中村祐輔教授)が新たな手法を駆使してがんに特異的なペプチドワクチンを開発。すでに昨年2月から膀胱がんを対象に、医師主導型の臨床研究を開始している。
まだ症例数は少ないが研究者によれば、ペプチドワクチン治療の効果の感触はあるようだ。

実際の患者さんのがん抗原から開発

がんを免疫の力で攻撃するワクチン療法は医療者にとっても患者にとっても長年の夢。それが、いよいよ現実になってきた。

アメリカ臨床腫瘍学会でも、ペプチドワクチンが注目され、欧米ではいくつかのワクチンがすでに認可されている。

その中で、日本人による日本人のためのワクチンとして、期待を集めているのが、岩手医科大学泌尿器科と東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターが協力して開発中のペプチドワクチンだ。

ペプチドとは8~10個のアミノ酸からなる、タンパク質の小さな断片。がんを特定する際の目印、いわゆるがん抗原とも呼ばれる。このペプチドをワクチンとして利用する免疫療法が「ペプチドワクチン療法」。 ピシバニール(商品名)などの免疫賦活剤(免疫力を上げる薬剤)の時代から、がん免疫治療に注目してきた藤岡さんは、こう話す。

「1970年代から、がん細胞を使って免疫を誘導しようという考えはあったのです。しかし、当時はがんの特異的抗原が見つけられなかったので、がんと共通の抗原性をもつ細菌を利用したり、いろいろ工夫したのですが、うまくいかなかった。それが、2006年の米国がん学会で、ワクチン療法で肺がんの再発が3分の1も抑えられたという発表があり、これを抗原としてさらにサンアントニオ国際乳がん学会で再発率を半分に抑えたことが報告されるに至り、世界中が注目したのです。これは、広く腫瘍に発現する遺伝子をワクチンに利用しているのですが、今回私たちは患者さんのがん細胞から特異的ながん遺伝子を見つけ出し、CTL(がんを攻撃する細胞傷害性Tリンパ球)を誘導するワクチンを作りました。ですから、非常に強力なCTLを誘導できるのです」

抗原は、細胞の表面にある目印のようなもので、リンパ球はこれを標的に攻撃する。この抗原を外から投与して免疫系に認識させ、どんどんCTLを作らせてがんを攻撃させようというのが、ペプチドワクチンの基本的な考え方だ。そこでは、いかにがんに特徴的な抗原を探すかが、大きなポイントになる。それを、藤岡さんたちは実際の患者さんのがん細胞から分析してきた。理論的に考えれば、これ以上がんに特異的なCTLを誘導するワクチンはない、と言ってもいいのである。

[ペプチドワクチンの作用メカニズム]
図:ペプチドワクチンの作用メカニズム

3万個の遺伝子を全てチェックし、がん抗原を探索

[がんワクチンにおける理想的腫瘍抗原の条件]

  • 発現ががん細胞特異的
    (がん精巣抗原・がん胎児抗原)
  • がん細胞の増殖に不可欠
  • 免疫原性がありがん細胞表面に提示される

今回、ワクチン療法の対象として選ばれたのは膀胱がん。「膀胱がんと診断される人は、年間1万4千人ほどでそう多くはないのですが、再発率が高く、進行すると膀胱全摘が必要。それによるQOL(生活の質)の低下などの問題があり、新しい治療法が望まれているのです」と藤岡さん。

そこで、まず膀胱がんの患者さんに協力してもらってがん組織を採取、がん細胞を抽出した。大変だったのはここから。人間には約3万個の遺伝子があるが、これを全てチェックし、正常細胞には発現していないのに、がん細胞で発現が高い遺伝子を拾いだしたのである。DNAマイクロアレイという遺伝子の発現をみるチップ(遺伝子発現解析の技術)があったからこそできた作業だが、それでも2年かかったそうだ。この中から、異常に発現が高い遺伝子が443個見つかった。

試験管内の実験でも細胞増殖が抑えられることを確認

がん細胞でのみ発現が高いということは、他では働いていないのに、がん細胞で活発に働いているということだ。「これが、おそらくがん細胞の増殖に関わる遺伝子」と予想したのである。がん細胞の特徴は、無制限に増殖することにある。だから、増殖に関わる遺伝子はずっと働き続ける。ということは、ずっと攻撃の目印になり続けるということだ。

ただし、今回はワクチンという薬にするのが目的。そのためには、条件があった。1つは、がん細胞に特異的に発現していて、増殖に不可欠なこと、他の重要な臓器に発現していないこと、そしてがん細胞の目印になってCTLを誘導できることだ。

心臓や肺など重要な臓器に同じ遺伝子が発現していなければ、ワクチンにしたときに副作用が少なくて済む。そのために、1つひとつの候補をまたチェックした。こうして候補にあがった遺伝子は2つ。MPHOSPH1(以下MPHと省略)ともう1つがDEPDC1だ。

これは、重要な臓器に発現していなくて、膀胱がんにだけ特異的に発現している。しかも、膀胱がんの80パーセントに発現する。ワクチンには理想的な遺伝子だった。それならば、本当にがんの増殖に関与する遺伝子なのか。動物実験が行われた。一方のヌードマウスにはMPHを組み込んだがん細胞を移植し、他方には遺伝子操作をくわえないがん細胞だけを移植し、経過を観察した。その結果、MPHを組み込んだほうが、明らかにがんが大きく成長することがわかった。予想どおり、MPHはがんの増殖に働いていたのである。

試験管内の実験でもMPHの働きをブロックすると膀胱がんの細胞増殖が抑えられることが確認された。MPHは、間違いなく膀胱がんの増殖に働いていたのである。

免疫が抗原として認識するペプチド

しかし、これですぐにワクチンができるわけではない。ここで、あらためて免疫の仕組み、ペプチドワクチン理解のための説明をしよう。

MPHは、1780のアミノ酸からなるタンパクを作る遺伝子だ。実は、免疫が抗原として認識しているのは、この中のごく一部なのである。それが9個のアミノ酸で、これを「ペプチド」と呼ぶ。実際には、細胞はタンパクをペプチドに分解して、HLA(組織適合抗原)というお皿に乗せて、細胞の表面に提示する。こんなタンパクがありますよ、と外に出して見せるのだ。すると、このお皿とペプチドのセットを生体に注射するとこの免疫系が異物と認識して、CTLという攻撃部隊を作りだすのだ。できたCTLは同じお皿とペプチドをもつ細胞を標的に攻撃してやっつける。

リンパ球を誘導するペプチドを特定

ペプチドワクチンは、この仕組みを利用したものだ。つまり、外からペプチドを投与して免疫系に認識させ、どんどんがんを攻撃するCTLを作らせようというのだ。

しかし、免疫が認識するのは、ペプチド単独ではなく、お皿とペプチドのセットなのだ。お皿にも種類があって、日本人の場合、6割はHLA-A24というお皿を持っている。では、MPHが作る1780のアミノ酸の中でこのお皿に1番乗りやすい9個のアミノ酸、すなわちペプチドはどれなのか。今度はコンピュータを使って探索が行われた。その結果「IYNEYIYDL」というペプチドであることがわかったのである。

このペプチドとお皿のセットを、免疫が認識して本当にCTLを作りだしてくれるのだろうか。これを確かめるために、ヒト健康成人のボランティア血液よりリンパ球を分離し、ペプチドで刺激した樹状細胞とCD8陽性細胞を混合培養し、そのインターフェロンγ産生を調べることによりCTLが誘導されるか否かについて調べた。樹状細胞は抗原提示細胞であり、CD8陽性細胞は抗原認知に関与しているリンパ球である。

こうして、MPH由来のペプチドがHLA-A24というお皿に乗って、免疫系に認識され、膀胱がんを特異的に攻撃するCTLを誘導し、このリンパ球が実際にがんを攻撃することが確かめられたのである。


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