乳がん手術後の暮らしとバストケア PART-1
福田護さん
ふくだ まもる
聖マリアンナ医科大学外科学乳腺・内分泌外科教授。同病院乳腺・内分泌外科部長。
1943年生まれ。
1969年金沢大学医学部卒。
国立がん研究センター、聖マリアンナ医大第1外科助手、米国メモリアル・スローンケタリングがんセンター外科等を経て、1902年より現職。
著書に『乳がん全書』(法研)など
乳房の形をきれいに残す温存手術が行われるようになってきた
乳がんの手術前後、もっとも気がかりなことの一つが、乳房の形の変化です。乳房を切除した場合だけでなく、温存手術の場合でも、「手術後の胸を見て、えっ、これが温存? というほど変形が大きくてショック」「乳首の位置が変わり、左右対称でなくなった。悲しい」という声も聞かれます。
どのような場合にどんな変形が起こりやすいのでしょうか。聖マリアンナ医科大学乳腺・内分泌外科教授の福田護さんに、同外科で行われている手術法のバリエーションと形の変化の関係についてうかがいました。
「変形の仕方は、腫瘍の大きさや位置、進展範囲、手術法などによって変わってきます」
同外科では、現在温存手術の施行率は65パーセントですが、従来のように切除か温存かという二者択一ではなく、治療効果を損なわずに乳房の形をなるべくきれいに残すことを基本姿勢にして、いろいろなオプションを用意し、それができないときに切除を検討。その場合も、同時再建や人工乳房などでフォローする方法を選択肢として用意しているそうです。「温存手術は一般にしこりの直径が*3センチ以下の場合とされていますが、私たちは4センチまでを目安に、原則として腫瘍の周囲に2センチのマージン(正常組織)をつけて切除するのを*基本の術式としています。腫瘍が大きければ術前化学療法で縮小させてから温存手術する方法も選択肢として提案します」
*3センチ=日本では3cm以下が、一般的ですが、国際的には5cm以下が標準になっている
*基本の術式=迅速病理診断で切除面(断端)にがんがあれば、続けて追加切除を行う
乳房の形の変化は手術法と腫瘍の大きさ・位置によって大きく違う
手術例を見てください。標準的な温存手術を行った写真A、Bは、元の形とほとんど変わりません。
「切開線は、傷口が目立たないようにバストサイドの輪郭線に沿って入れることが多いですね(写真A)。腫瘍がサイドから遠い場合は、腫瘍の上部や乳首の周囲などに切開線を入れることもあります(写真B)」
乳房の大きさとの兼ね合いにもよりますが、腫瘍の大きさや位置によっても変形の度合いが違ってきます。
「腫瘍切除後、整容的処置といって、周りの組織を寄せて乳房の形を整えるのですが、腫瘍が大きいときや、周囲に脂肪などが少ない場所はカバーしにくく、変形しやすくなります」
たとえば、腫瘍が乳房の外側上方にあるときは、欠損部分を脇の下の脂肪などで補えるため、あまり目立ちません。一方、乳房の内側、特に下側にあった場合は修復しにくく、一部がくぼんだ印象になります。
「乳房の一部を扇形に切除する4分の1切除の場合も、形を整えるのが難しいですね」
4分の1切除は、がんは乳首を中心として扇形に広がる傾向がある、ということから行われるようになった温存手術の一種ですが、医師や施設によって適応範囲の考え方が違います。
「私たちは、広範囲な非浸潤がんなど一部の症例にのみこの方法で対応しています」
乳首やその近くに腫瘍があるときも、同外科ではふくらみは残して人工乳頭を使うなど、患者さんの希望に合わせて多様な方法で対処するといいます。「乳腺全体に腫瘍が広く進展しているときなどは、乳腺組織を全切除することになりますが、患者さんの希望に合わせて同時再建や人工乳房の使用なども検討します。がんが胸筋まで入り込んでいるときは、胸筋まで切除しなければなりませんが、全体の1パーセント程度です」
写真C、Dは、乳房全切除例です。いわゆるハルステッド法(写真D)の場合は、大胸筋、小胸筋まで切除するため、肋骨が現れ、胸の上部や脇の下にくぼみができます。写真Eは、乳房全切除後、同時再建し、人工乳首を張り付けた例。写真Fは切除した両側に人工乳房を張り付けたものです。
脇の下のリンパ節郭清をした場合、男性に比べて女性は脂肪が多いので、くぼみができることが多いようです。*センチネルリンパ節生検なら、切開線も目立たず、ほとんどくぼみもできません。なお、病院や医師によって、腫瘍の大きさや位置が同じでも、手術法の選択や切開線の入れ方、アプローチの仕方、形の整え方、縫合法などが異なります。治療前の方は、手術後はどのような形になるのか、切開線はどのように入るのか、主治医に説明を求め、納得したうえで手術を受けるとよいでしょう。
*センチネルリンパ節生検=がんの病巣から最初にリンパ液が流れるリンパ節に転移があるかどうか調べる検査
*乳がんの手術例 提供/聖マリアンナ医科大学乳腺・内分泌外科福田護教授
手術後の傷のみみずばれ、ジクジクなどの対処法
清潔にしながら血行をよくする
手術後の傷や痛みに関しては、「傷口がなかなかふさがらず、ジクジクしている」「傷痕がみみずばれのようになった」「胸に圧迫感がある」「腕が上がらない」「腕がむくむ」などの悩みが多いようです。
「傷口の縫合法は施設によっていろいろですが、当外科では原則として皮膚の内側を自然に溶ける糸で縫い、表面に人体用のボンドを塗って固定し、補助的にステリ・ストラップというテープを貼っておさえる方法をとっています」(福田さん)。
この縫合法の場合は、細菌が傷口に入らないので感染の心配はほとんどなく、術後2日目くらいからシャワーができます。傷痕が目立たず、みみずばれになりにくいのもメリット。湯船につかるとボンドが溶ける心配があるので、入浴は術後8、9日目からに。
これ以外の縫合法の場合は、感染を防ぐため、抜糸後、主治医の許可が出る1~2週間目までシャワーや入浴は控えます。
縫合不全やみみずばれなどのトラブルは、しこりや皮膚の広範囲な切除によって縫合時に皮膚の緊張が生じ、開こう開こうとするため、血行不良になって起こることが多いもの。
「傷口のすきまが10ミリ程度なら、通常は皮膚が自然に伸びてつながってきます。ジクジクしているときは、傷口の一部が血流障害で壊死を起こしているので、軽くシャワーをかけて清潔にしながら血流をよくします。なるべく傷口を開放して乾燥させてからガーゼを交換し、必要なら抗生物質入りの軟膏を塗る程度で、たいていは解消します。傷口が赤くなる、腫れる、化膿する、多量のリンパ液がたまるなどの症状がある場合は、主治医の診察を受けてください」
傷口がみみずばれになったり、色が黒く変色する原因には、このほか体質的なものもあります。「みみずばれでも、傷の部分だけが盛り上がる肥厚性瘢痕なら、1、2年で脱色して目立たなくなるのが普通です。通常の皮膚の上まで盛り上がるケロイドの場合は体質に関係することが多いようです。見分けるのは難しいので、形成外科などで相談していただくとよいでしょう。治療法にはステロイドが塗布されたドレニゾンテープを毎日張り直す方法、ステロイド剤の注射、形成外科的に切って縫合し直すなどの方法があります」
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