診療ガイドラインの最新版に新たに加えられた骨転移に対する最新治療 骨転移による骨折や疼痛などを抑え、QOLの維持に役立つ治療薬
治療法の進歩によって、進行再発乳がんの生存期間は大幅に延長し、慢性疾患としての治療が必要になっている。そこで問題となるのが骨転移である。乳がんは骨に転移しやすく、骨折や疼痛などが生じると、QOLは急速に低下していく。骨転移による骨病変をうまくコントロールする治療が求められている。
骨に問題のある世代に乳がんが増加している
日本人に乳がんが増えていることはよく知られている。しかし、どの年代に増えているのかについては、あまり知られていないかもしれない。昭和大学医学部乳腺外科教授の中村清吾さんは、次のように解説する。
「乳がんの罹患率を年代別に見ていくと、閉経後の患者さんに増えていることがわかります。20代、30代も増えているのですが、大幅に増えているのは50代以降の年代なのです」
昭和55年と平成15年の年代別乳がん罹患率のグラフを見ると、それが明らかである(図1)。原因はいろいろ考えられるが、栄養摂取の変化が大きく影響していると考えられている。とくに動物性脂肪の摂取量が大幅に増え、肥満が増えたことなども関係しているという。
「そうした変化により、閉経後のホルモン陽性乳がんが増えています。いわゆる欧米型の乳がんが増えてきたということです」
そこで問題になりやすいのが、骨の問題である。閉経後の女性は、もともと骨密度が低下しやすく、骨粗鬆症などの問題も生じてくる。また、閉経後のホルモン陽性乳がんの場合、ホルモン療法でアロマターゼ阻害薬が使われることがある。この薬は、副作用として骨が弱くなりやすいことが知られている。
このように、閉経後の人が乳がんになった場合、骨の問題が生じやすいのである。
術後15年たっても骨転移は起こる
乳がんの治療は著しい進歩を見せてきた。それにともなって、進行再発乳がんの生存期間は、近年になって大幅に延びている(図2)。
「生存期間が延びたことで、再発後の乳がんは慢性病と考えて治療していくことが必要になっています。そこで大切なのが、なるべくQOL(生活の質)を低下させないことです」
QOLを低下させる要因はいくつもあるが、その重要な1つが骨転移である。乳がんが転移しやすい部位を示したグラフを見てもわかるように、骨は乳がんが最も転移しやすい部位なのだ(図3)。
「乳がんの再発は、術後5年を過ぎても、まだ起こりやすいことが知られています。とくに顕著なのが骨転移で、術後1年目から起こりますが、10年たっても、15年たっても、発現率は低下しません(図4)。このあたりが、肺や肝臓などへの転移とは異なります」
乳がんを体験した人は、手術からかなり年数が経過していても、骨転移のことは頭の片隅に入れておく必要がある。それが、骨転移の早期発見につながるからである。
整形外科的な疾患と考えず骨転移を見逃さない
骨転移が起きた場合、それをなるべく早期に発見するにはどうしたらよいのだろうか。
「症状を見落とさないことが大切です。ある部位に常に痛みがある、あるいはその痛みがだんだん強くなっている、といった症状がある場合には、骨転移の可能性を考え、精密検査を受けるべきです。痛みがあったのに、腰痛や関節痛などの整形外科的な疾患だろうと考え、発見が遅れることがよくあります」
骨転移が疑われる場合には、骨シンチグラフィという検査が行われる。この検査で、骨転移があるかどうかをまず調べる。骨転移があることがわかったら、MRI*や、骨を調べることができるCTで、どこにどのように転移しているのかを詳しく調べることになる。
「骨転移でQOLを低下させないためには、なるべく早く発見することが大切です。骨折して初めて転移に気づくようなケースもありますが、早い時点で気づけば、骨折を防ぐことも可能になります」
そのためにも、骨転移のサインを見逃さないようにしたいものである。
*MRI=核磁気共鳴画像
骨関連事象の出現をなるべく遅らせる
骨転移が起こると、患者さんの生活にはどのような影響があるのだろうか。
「問題となるのは骨折や疼痛です。とくに体を支える骨に転移が起こることが多く、悪くすれば、車いす生活になったり、寝たきりになったりすることもあります。大切なのは、骨転移をうまく管理し、QOLを低下させるような状態を招かないことです」
そこで、骨関連事象(SRE)という概念が登場する。これは、骨転移があることで起こりやすい事象で、「骨折」「骨に対する放射線治療」「脊髄圧迫」「骨に対する外科的処置」が含まれている。
これらの骨関連事象が起こると、患者さんのQOLが低下したり、自立性が失われたり、病状が悪化したりして、最終的には生存期間の短縮にもつながっていく。そこで、できるだけ骨関連事象を防ぐことや、発現時期を遅らせることが重要になるのである。
骨転移に対して、2011年版の『診療ガイドライン』で推奨していたのは、ビスホスホネートによる治療だった。骨粗鬆症の治療にも使われる薬で、骨からカルシウムを溶け出させる破骨細胞を細胞死に導くことで、骨を強化する働きをする。
骨折などの骨病変を防ぐ分子標的薬が登場
2013年版の『診療ガイドライン』の編集に携わった中村さんによれば、骨転移の治療薬としては、昨年承認された新しい薬が選択肢の1つとして加えられているという。それがデノスマブ*(一般名)だ。
骨では新しい骨を作る骨芽細胞と、古い骨を溶かす破骨細胞が働いているが、骨に転移したがんは、骨芽細胞を刺激して、RANKLという物質を盛んに分泌させる。RANKLは破骨細胞の働きを活発にするため、これが増えると骨が溶かされていく。
さらに、骨芽細胞が活性化すると、がんを増殖しやすくする物質も増えるため、がんが増殖する。それによって、さらにRANKLが増え、破骨細胞が活性化するという悪循環に陥ってしまう。
デノスマブはRANKLと結合することで、破骨細胞が活性化するのを防ぐ。こうして悪循環を断ち切り、骨が弱くなるのを防ぐのである(図5)。
「この薬が承認されたのは、ビスホスホネートよりも骨関連事象の発現を遅らせる効果が明らかになったからです。最初に骨関連事象が起きるまでの期間が長かったということです」
臨床試験の結果を示しているのが上のグラフである(図6)。骨関連事象が起きるのを遅らせることができれば、それだけQOLの高い状態に保てることになる。
デノスマブの投与方法は皮下注射で、それも優れた点といえるだろう。
「抗がん薬治療を受けていて、点滴のラインが確保されている患者さんなら、点滴で投与するビスホスホネートでも、治療に伴う負担はあまり増えません。しかし、外来でホルモン療法を受けている患者さんの場合、皮下注射だけですめば、点滴センターに行く必要がないわけです。これは、患者さんの生活を考えると大きなメリットです」
皮下注射で投与するデノスマブは、利便性の点でも、慢性疾患である進行再発乳がんの治療に適しているといえるだろう。
*デノスマブ=商品名ランマーク
低カルシウム血症と顎骨壊死に注意する
デノスマブの副作用でとくに注意が必要なのは、低カルシウム血症と顎骨壊死である。
低カルシウム血症は、破骨細胞の働きが抑えられ、血液中に溶け出してくるカルシウム量が減ることで起こる。
「低カルシウム血症が起こると、こむらがえりのように筋肉がひきつれて痛むという症状が現れるので、これには注意します。重篤な状態が長引くと、心臓の筋肉にも影響が現れることがあります。そこで、定期的に血液を調べることはもちろん、この薬を使用する患者さんには、原則としてカルシウム製剤を服用してもらうようにしています」
とくに高齢の患者さんの場合は、食事で十分な量のカルシウムを摂取することが難しかったり、摂取量が安定しなかったりすることが多いので、とくに注意が必要になる。
顎骨壊死は、デノスマブだけでなく、ビスホスホネートでも問題になる副作用である。下顎の骨に壊死が起こるもので、いったん生じるととても治りにくい。
「顎骨壊死を防ぐためには、骨転移の治療を開始する前に、虫歯や歯周病がある人は、その治療を終えておくことが大切です。また、口腔内の清潔を心がけ、治療中も定期的に歯科医や口腔外科医の診察を受けるようにします」
以上のような点に注意することで、副作用の危険を大幅に減らすことが可能である。
慢性疾患である進行再発乳がんとうまく付き合っていくには、QOLを低下させる骨関連事象を防いだり、発現を遅らせたりすることが大切。そのための薬を上手に使うことで、患者さんは、自分らしい生活を長く続けることが可能になるのである。
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