世界最大規模の画期的研究の一部解析結果が発表 大腸がんの術後補助療法の必要性をctDNAで判断する
大腸がん手術後の補助化学療法は、従来はステージと病理検査などから推定されるリスクに応じて行われていました。そこにゲノム医療を導入しようと臨床試験が行われ、術後のctDNAが陽性の人は、陰性の人に比べ、再発リスクが高いことがわかってきました。
また、陽性だった場合、術後補助療法を受けることで、受けない患者さんに比べ、再発が減ることもわかっています。陰性だった場合には、術後補助療法を受けるかどうかは予後に関係していませんでした。こうした興味深い中間解析を発表しているのが、世界最大規模の臨床研究「CIRCULATE-Japan」です。その中心メンバーである九州大学病院消化管外科准教授の沖英次さんに、この研究で手術可能な大腸がんの治療がどう変わるのか、解説していただきました。
ゲノム医療が本当に必要なところは?
がんゲノム医療の研究が進んでいます。しかし、対象となっているのは主に進行がん。切除不能な進行がんの患者さんを中心にゲノム医療は行われています。つまり、標準治療がなくなった患者さんに新たな薬剤を見つけるために、がん遺伝子パネル検査が行われています。この場合、検査を受けても、最適の薬剤が見つかるのは、ごく一部の患者さんに限られています。
九州大学病院消化管外科准教授の沖英次さんは、次のように説明します。
「たとえば、切除不能大腸がんや胃がんの場合、今行われているゲノム医療で使用できる薬剤はある程度決まっています。がん遺伝子パネル検査を行なっても、保険診療であらかじめ検査しているRASやBRAF遺伝子関連以外の薬剤が見つかる人はほんの数%でしょう。ほとんどの患者さんにとっては、意味がない結果となります」
そこで、進行がんだけでなく、「手術可能ながん治療にこそゲノム医療を導入すべき」との考えから、画期的な臨床試験が2020年6月にスタートしています。
それが、国立がん研究センターや九州大学が中心となって進めている「CIRCULATE-Japan」(サーキュレイト ジャパン)という世界最大規模の医師主導国際共同臨床試験です。
ctDNAとはなんでしょうか?
血液中にごく微量に存在するがん細胞由来のDNAをctDNA(circulating tumor DNA:血中循環腫瘍DNA)といいます。
この研究によって、大腸がん手術後の補助化学療法(Adjuvant chemotherapy)を行うかどうかは、「術後のctDNAで判断するのが有用である」ということが明らかになってきました。
従来、大腸がんの手術後には、病期(ステージ)と病理検査などから推定される再発リスクに応じて、再発予防のための術後補助療法が行われてきました。
たとえば、ステージ2でもハイリスクの場合とステージ3には、術後補助療法が勧められています。ただ、これらの患者さんたちに本当に術後補助療法が必要なのかというと、必ずしもそうではないのです。
「ステージ3でも、実は6~7割の人は、術後補助療法なしでも再発しないことがわかっています。再発すると根治できる可能性が低くなるため、再発予防を目的に術後補助療法が行われますが、その恩恵を受けるのは一部にすぎないのです。逆に言えば、多くの患者さんが、受けなくてもいい治療を受けていることになります」
術後3~6カ月の補助療法が行われると、副作用として末梢神経障害が現れ、手や足にしびれが残ることがあります。本当は必要なかったにも関わらず、補助療法を受け、しびれが残ってしまった人もたくさんいるわけです。もし、手術後の再発リスクを正確に判定することができれば、無駄な薬物治療を回避することができます。また、本当に必要な人により積極的に補助療法を行うことで、再発を減らすこともできるでしょう。
「そこでゲノム医療の技術を、『術後補助療法が必要かどうかの判定に活用したらいいのではないか』、と考えられたわけです。進行がんのゲノム医療は検査したなかの数%にしか意味がありませんが、切除可能ながんの術後補助療法を行うかどうかを決めるのであれば、ゲノム検査の意義は100%あります。それで、海外で少しずつ使われ始めていたctDNA(リキッドバイオプシー)を採用し、国内の医療機関を中心とした大規模な臨床試験が始まりました」
リキッドバイオプシーとは、血液などの体液を採取し、そこに含まれるがん細胞やがん細胞由来の物質を解析する検査のことです。「CIRCULATE-Japan」では、血液中のctDNAを検出する検査が使われています。
「CIRCULATE-Japan」はどのような試験ですか?
「CIRCULATE-Japan」は、手術を受ける大腸がんの患者さんを対象にした試験で、図に示したように進められます(図1)。
対象者は計6,300人で、登録はほぼ終了しています。手術前にctDNAの検査を行い、手術後4週時点でもctDNAを調べます。
「手術前は体にがんがあるので、血液中に流れているがん細胞のDNAであるctDNAはほとんどが陽性になります。どんなに早期のがんでも陽性になります。手術でがんを切除し、体内のがんがすっかりなくなっていれば、術後4週時点でのctDNAは陰性になると考えられます。それが陽性の場合、『体のどこかにがんが残っている』、と考えられるわけです」
手術後のctDNAが陰性か陽性かによって、2つのランダム化試験に分かれます。
陰性だった患者さんが進むのが「VEGA(ベガ)試験」です。陰性だった患者さんを、無作為(ランダム)に「術後補助療法なし群」と「術後補助療法あり群」に分け、それぞれの予後を比較します。
陽性だった患者さんが進むのが「ALTAIL(アルタイル)試験」です。陽性だった患者さんは、全員が標準的な術後補助療法を受けます。その後、ランダムに「追加化学療法あり群」と「追加化学療法なし群」に分け、それぞれの予後を比較するのです。
この「VEGA試験」と「ALTAIL試験」という2つのランダム化比較試験が、現在進行中です。これらの試験結果が出るまでには、まだしばらくかかりますが、それを前にある解析結果が発表されました。それが、「CIRCULATE-Japan」に登録したものの、「VEGA試験」にも「ALTAIL試験」にも進まなかった患者さんたちのデータです。この患者さんたちのデータを解析したのが、「GALAXY(ギャラクシー)研究」です。
「『VEGA試験』や『ALTAIL試験』に進むと、術後補助療法を受けるかどうか、追加の化学療法を受けるかどうかは、無作為に振り分けられ、自分で決めることはできません。そのため、これらのランダム化試験に進まなかった患者さんも多かったのです。そうした患者さんたちのうち、1,000人余りのデータが解析され、まず発表されました」
そのデータを見ていきましょう。
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