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容貌を損なわず食事や会話の機能も温存する新しい治療
頭頸部がんの超選択的動注化学・放射線併用療法

監修:木田亮紀 日本大学付属板橋病院耳鼻咽喉科教授
取材・文:菊池憲一
発行:2005年12月
更新:2013年4月

  
木田亮紀さん
日本大学付属板橋病院
耳鼻咽喉科教授の
木田亮紀さん

首から上の顔などにできたがんは、手術をすると容貌が損なわれたり、食事や会話ができなくなったりして、患者は大きな苦悩を背負わされることになる。

そこで、こうした大きな後遺症をなくし、治療後も快適に過ごすことができる治療法が生まれてきた。

「超選択的動注化学・放射線併用療法」と呼ばれる、抗がん剤と放射線の新しい併用療法だ。

がんを支配する動脈に抗がん剤を注入

図:超選択的動注化学療法

耳のあたりからカテーテルを入れて行う超選択的動注化学療法

頭頸部がんは頸から上、主に耳鼻咽喉科が担当する領域にできるがんだ。副鼻腔の上顎洞がん、のどや鼻の奥にできる咽頭がん、べろにできる舌がん、のどぼとけの近くで発声にかかわる場所にできる喉頭がんなどがある。進行した頭頸部がんでは、一般的に、手術が行われる。しかし、手術によって容貌が損なわれたり、食事や会話ができなくなったりする。そこで、最近では、顔を傷つけず、食べたり、飲んだり、しゃべれる機能も温存できる化学放射線治療が注目されている。

日本大学医学部付属板橋病院耳鼻咽喉科教授の木田亮紀さんのグループでは、1996年春から進行した頭頸部がんに「超選択的動注化学と放射線の併用療法」を始めた。放射線科と連携して、これまでに、上顎洞がん、咽頭がん、舌がんなど約200例の治療実績を持つ。

超選択的動注療法とは、頭頸部にできたがんを支配する動脈に細い管(カテーテル)を挿入し、そのカテーテルに抗がん剤を注入してがんだけに作用させながら、同時に、抗がん剤を中和する薬(チオ硫酸ナトリウム)を静脈に注射して、頭頸部の動脈から静脈に流れてきた抗がん剤の作用を減らして、全身への副作用を抑える――というものだ。それに、放射線治療も同時併用する。

1990年代に、米国・テネシー大学のロビンスが開発した治療法である。ロビンスは、カテーテルを足の付け根の動脈から挿入して頭頸部のがんの動脈まで運び、抗がん剤のランダもしくはブリプラチン(一般名シスプラチン)を注入し、同時に放射線治療も併用した。抗がん剤は週1~2回ずつ合計4回ほど。放射線は週4回、1回2.5グレイずつ合計65グレイほどだ。その結果、頭頸部がん全体で80パーセントの局所のがん消失(CRと呼ぶ)を得たという。木田さんは、ロビンスの治療法をベースに、いくつかの改良と工夫を重ねて、独自の治療を行っている。

改良と工夫を重ねて効果を上げる

写真:浅側頭動脈にシースカテーテルを挿入
浅側頭動脈と呼ばれる動脈にシースカテーテルを挿入

写真:抗がん剤を注入
さらにマイクロカテーテルを挿入して抗がん剤を注入する

1つは、耳の前にあるマッチ棒の軸ほどの太さの浅側頭動脈と呼ばれる動脈にシースカテーテル(カテーテルを出し入れするための鞘)を入れて留置し、そこに、マイクロカテーテルを挿入して、抗がん剤を注入する方法を取り入れたことである。カテーテルを浅側頭動脈から入れる方法は、耳鼻咽喉科医、放射線科医の一部の医師によって従来から行われていた。

「この方法なら目的の動脈にカテーテルが入ったことを確認するまで15~20分、抗がん剤の注入で30分ほど、約1時間の治療時間ですみます。足の付け根から入れる方法だと24時間絶対安静ですから、患者さんの負担はかなり軽くなります」(木田さん)

2つ目は、ランダもしくはブリプラチンの通常量とタキソテール(一般名ドセタキセル)の少量(通常量の5分の1)と、2つの抗がん剤を併用することだ。ロビンスはランダもしくはブリプラチンを単独で用いた。しかし、遠隔転移にはあまり有効ではなかった。そこで、同大学病院では3年前からタキソテールとの併用を始めた。

「タキソテールはチオ硫酸ナトリウムでは中和されず、全身に循環されて、全身化学療法として有効です。しかも、腎臓への毒性は少なく、放射線の働きを増強させる作用があります。この併用療法に好感触を得ています」と木田さん。

3つ目は、導入化学療法の取り組みである。最初の2回は2剤を用いた超選択的化学療法を行って、その後、放射線治療を併用する。このことで、化学療法の治療回数を増やすことができて、治療効果が向上した。

「治癒を目的とする治療では、化学療法は放射線治療との同時併用で5回以上行うことが理想です。しかし、副作用などで化学療法を続けられないこともあります。そこで、導入化学療法によって、合計5回以上の化学療法を行えるようにしました」(木田さん)

がん消失。外見も治療前と変わらず

同大学病院耳鼻咽喉科による超選択的動注と放射線の併用療法は、とくに進行した上顎洞がん、中咽頭がん(舌根部)、舌がんに有効だという。実際の治療例を紹介しよう。

Aさん(64歳・男性)は、04年5月頃、右側の眼の下に腫れ物ができて、頬も赤く腫れて、鼻づまり、鼻血、歯痛に苦しんだ。近所の歯科医院で、日大板橋病院を紹介された。検査の結果、上顎洞がんのステージ4と診断された。上顎洞がんとは眼の下の副鼻腔にできたがんである。がんが進行した場所にさまざまな症状が現われる。Aさんの場合、通常なら従来の動注化学・放射線治療後に手術で、頬と眼を含めて、顔の右半分を切除する。切除後、腹直筋や肋骨、腸骨を用いた再建術が行われる。しかし、いかに上手に再建されても、美容上問題が残る。眼も義眼になる。満足の得られるものではない。

Aさんは、手術ではなく、超選択的動注と放射線の併用療法を選んだ。入院してすぐに浅側頭動脈へカテーテルを留置した。そこから上顎洞ならびに顔面を支配する動脈内にマイクロカテーテルを入れて、抗がん剤(ランダもしくはブリプラチンとタキソテール)を注入した。

ランダは通常使用される量の80パーセント、タキソテールは通常量の5分の1ほどの少量だ。1週間に1回ずつ2回治療したあと、放射線治療を週5回併用しながらさらに5回、合計7回の超選択的動注を受けた。

入院期間は3カ月間ほど。画像診断と生検ではがんは消失。頬の赤い腫れや鼻づまりなどの症状もなくなった。外見上は元気な時とまったく変わらない。退院後の経過も順調だ。

「上顎洞がんで超選択的動注化学(ランダとタキソテール)と放射線の併用療法を受けた患者さん、治療中の患者さんはAさんを含めて6人です。まだ治療後2年弱ですが、全員再発はなく、生存しています」と木田さん。

レントゲン写真:Aさんの上顎洞がん

右の目の下にできたAさん(64歳・男性)の上顎洞がん(レントゲン写真)

3カ月放置した後再受診したときの写真

初診後、怖くなって3カ月放置した後再受診したときの写真。がんが増大し、皮膚を突き破っている


写真:初診時

最初に日大板橋病院に受診した頃のAさんの上顎洞がん

写真:治療後

超選択的動注化学療法の治療を受けた後の写真。がんはきれいに消失している

[上顎洞がんに対する超選択的動注化学療法の内容]
図:上顎洞がんに対する超選択的動注化学療法の内容


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