誰の命でもない自分の命だから、納得いく治療を受けたい 私はこうして中咽頭がんステージⅣから生還した 俳優・村野武範さん

1945年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒。文学座出身。1969年NHK『走れ玩具』で主演デビュー。1971年「八月の濡れた砂」(藤田敏八監督)に出演、脚光を浴びる。1972年には日本テレビ系「飛び出せ!青春」で熱血教師・河野武役を演じ人気を不動のものとする。フジTV系「くいしん坊!万才」の7代目レポーターを1988年1月から1990年12月まで務める。TV・映画出演多数。2017年9月新曲「ハマナス」をリリースする
往年の青春スター村野武範さんは2015年5月、中咽頭がんステージⅣと診断され、医師からは「余命も聞かないほうがいい」とまで言われた。さらに、もし命が助かったとしても、体力が衰え寝たきり状態になる可能性が高いと言われ、絶望の淵に立たされた。だが幸運の女神は決して村野さんを見捨てなかった――。
左首筋に小豆大の突起物が

日本テレビ系「飛び出せ!青春」の熱血教師役や、フジTV系「くいしん坊!万才」のレポーターで知られる俳優の村野武範さん。4年前、2015年の5月、近所の居酒屋に家族で行ったときのことだった。帰り道、何気なく左首筋を触ったところ、固い小豆大の突起物に触れた。
「これは何だろう」と不安に思った村野さんは、翌日自宅近くにある総合病院を訪れた。
村野さんを診察した若い医師は「風邪でしょう。しばらく様子をみましょう」と言ったのだが、風邪にしては熱もないし咳も出ない、鼻水が出るわけでもない。通常の風邪の症状はまったくない。
「どうも風邪ではないんじゃないか」と感じた村野さんは、かかりつけ医師の診断を仰ぐため近所の内科クリニックを訪れた。
すると、その医師は村野さんの小豆大の突起物を触診してすぐに、「村野さん、これは大きい病院で精密検査を受けたほうがいいですよ。どこか知っている所はありますか」と尋ねてきた。
大病院に知り合いの医師はいなかったので「ないです」と応えると、病院を紹介された。
紹介状を持って、その病院を訪ねた。
病院での検査の結果、首筋の突起物は悪性の腫瘍だった。
「これは転移したもので、原発は他にあるはずだが、うちではがん治療の設備がないので他の病院を紹介しますが、どこか希望はありますか?」と訊かれたが、とくに浮かばなかったので、その旨をつげるとある病院を紹介された。
「悪性の腫瘍だ」と告げられた村野さんだが、自分にはこれといった自覚症状がまったくなく、がんに罹ったという思いはなかった。
中咽頭がんステージⅣaと告げられる

数日後、その病院から紹介された別の大病院でもう一度CT、MRI、PETを撮った。1週間後、結果を聞きに行った村野さんは、そこで初めて中咽頭(ちゅういんとう)がんで、しかもステージⅣaだと告げられた。
がんの原発は舌の付け根にあり、首筋の硬い突起物はそこから転移したリンパ節腫で、さらに舌の近辺にも3、4か所あった。
「要するに、舌の根にがんが蔓延(はびこ)っている舌がんだと言われたんです」
それで入院することになり、手続きのためにいろんな科に廻されることになった。
「消化器センターでは、抗がん薬治療や放射線治療の副作用で、口内炎ができて食事が摂れなくなるので、お腹に穴を開けそこにチューブを通し、栄養ドリンクなどを流し込むようにするための胃瘻(いろう)という手術を、入院に先駆けてするように言われました」
またリハビリテーション科では、「副作用で髪の毛が抜けますのでかつらやニット帽もこの病院で購入できる」という話や、「爪が割れたり皮膚が焼けただれたりするので、今日出すワセリンを塗るよう」にとか、「歯もボロボロになるので、病院内の歯科口腔外科で診てもらうこと」とか、「口内炎で食事が思うように摂れなくなり、さらに味覚が無くなるので体重が15~20㎏ぐらい減って体力が低下する」、そういった副作用は1年から2年続くこと等。絶望の淵に突き落とすような恐ろしい副作用について説明を受けたのだった。
今後起こるだろう副作用の説明を聞いているうちに村野さんは、「この病院にこのままいたら死んじゃうんじゃないか」と思ったりもした。
最後に訪れた放射線科の医師に、「ステージⅣと言われたんですが、自分の余命はあとどのくらいあるんですか」と尋ねた。
すると医師は、「それは聞かないほうがいいですよ」と少し笑って応えたのだった。
それを聞いた村野さんは「自分が余命幾ばくもないんだ」と思う反面、何の自覚症状もないので実感が湧いてこなかった。
それらの説明を一通り聞いて帰る間際、一緒に説明を聞いていた奥さんが「何度か伺っていますが、陽子線などはどうでしょうか?」と主治医に尋ねると、「どこでやっても同じですよ」とこれまでと同じ応えが返ってきた。
「何やっても同じなら、死ぬしかないんだな」と、諦めて帰路についた。
「中咽頭がん ステージⅣからの生還」を検索

がんと告げられた夜は不安の余り眠ることが出来ないという人が多いのだが、自覚症状がまったくなく、がんだという現実感に乏しい村野さんは、病院での疲れもありぐっすり眠っていた。
午前3時頃だっただろうか、奥さんから揺り起こされた。
「インターネットで『中咽頭がん ステージⅣからの生還』というワードを入れて検索したら、陽子線を使って助かっている人たちの症例が出てきたの。ステージⅣaの人だけじゃなく、ステージⅣbの人も助かっているのよ」
そこは、村野さんが悪性腫瘍と告げられたときから奥さんがネットでいろいろ調べていて、村野さんに一番いい治療法だと思っていた病院だった。
住まいから遠いことと、今の病院であれよあれよという間に入院の運びになってしまっていたので、ためらっていたのだが「どうせだめなら、その病院に行ってみましょうよ」と言う奥さんの言葉で、村野さんの気持ちは決まった。
善は急げだ。翌朝、奥さんが病院に電話を入れ予約を取った。
一方、村野さんは入院する予定だった病院に行き、主治医に「やはり陽子線の治療を受けたいので、紹介状を書いて欲しい」と告げた。
主治医は快く紹介状を書いてくれた。そしてこうも言った。
「もしそちらで診てもらえなかったときのことを考えて、入院の予約はそのままにしておきますから」
「担当している医師に悪いからと、他の病院への紹介状を書いてもらうのをためらったり、検査資料を請求できない患者さんやそのご家族が多いのが現状です。一昔前は他の病院に移るときは喧嘩するしか方法がなかったものだが、今は昔と違い自分の検査資料を要求することや他の病院への紹介状の請求は患者の権利なんです。遠慮することはないんです。
それでも他の病院に移るのはかなり勇気がいると思いますが、私の場合は『余命は聞かないほうがいい』という言葉で、『ああ、この病院は私の病気を治せないんだ』と思い知らされたので、妻の『どうせだめならより良い病院に託しましょう』というひと言で、即決心できたのでした。誰の命でもない自分の命なんですから、納得いく治療を受けたいですよね」
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