人生、悩み過ぎるには短すぎてもったいない 〝違いがわかる男〟宮本亞門が前立腺がんになって
1958年東京都生まれ。2004年、アジア人演出家として初めて手がけた『太平洋序曲』がトニー賞候補に。以後、ミュージカルのみならず、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎等、ジャンルを超える演出家として、国内外で活躍。2019年、前立腺がんからの復帰を機にこれまでの宮本亜門から宮本亞門に改名。20年にはコロナ禍で立ち上げた「上を向いて歩こう」を歌や踊りでつなぐプロジェクト動画がYouTubeで累計250万回を超える再生回数を記録。近著に『上を向いて生きる』(幻冬舎)がある
がんが発見されるのは何も自覚症状が出てからばかりではない。演出家・宮本亞門さんの場合はテレビの医療バラエティに出演したことがきっかけだった。
前立腺がんステージⅢに近いⅡと診断され選択した治療法や闘病生活、がんから生還を果たし『上を向いて生きる』を上梓した宮本さんにコロナ禍のなかいまの思いを訊いた――。
テレビ番組で前立腺がんが見つかった
宮本亞門さんの前立腺がんが見つかったのは、2019年3月『名医のTHE太鼓判!』(TBS系)に出演したことがきっかけだった。
「最初にオファーをいただいたときには仕事が立て込んでいてお断りしたのですが、2回目のオファーのときには丁度、2カ月ぐらいスケジュールが空いていたので『コレストロール値が多少高いくらいかな』と軽い気持ちでお受けしました。結果として大変ラッキーだったと思います」
番組での血液検査の結果、PSA(前立腺特異抗原)値が15.515だった。
一般的に前立腺がんかどうかの指標としてPSA検査がある。PSAは前立腺細胞が作るタンパクで、前立腺がんがあると血液中の濃度が高くなる。PAS値が0~4であれば正常、4~10はグレーゾーン、10以上の場合は前立腺がんが疑われるとされている。
宮本さんの場合、このPSA値は確かに微妙な数値ではある。本人に自覚症状はあったのだろうか。
「確かにそれまでは排尿がスムーズだったのに、少し出にくくなったと思っていました」
番組の医師からは「前立腺に影があります。専門病院で精密検査を受けてください」と言われ、NTT東日本病院の泌尿器科医師の志賀淑之さんを紹介された。
その病院で針生検を受けると、がん細胞が見つかり、精密検査の結果、前立腺がんステージⅢになりかけているⅡだと診断された。
医師からは「亞門さんの現在の前立腺は〝薄皮まんじゅう〟の状態です。〝あんこ〟をがんだとすれば、すぐにでも転移する状況になっています。手術するなら早めにしたほうがいい」と告げられた。思っても見ない展開に驚く宮本さんだった。
前立腺は男性だけにある臓器で膀胱の真下に尿道を取り囲むように位置し、形や大きさはクルミに似ている。前立腺がんは以前、欧米に多かったが最近では日本でも増えている。
「それまでは前立腺のぜの字も知らなくて、お医者さんから言われても、何かの腺ぐらいにしか思いつきませんでしたし、自分の下半身にそんな腺があることすら何も知りませんでした。そのくらいまったく無知でしたね」
それまで宮本さんは、自分の健康についてまったく無関心だったわけではない。毎年のように人間ドックで自分の体のチェックは怠らなかった。ただ検査項目の報告書の内容はよく目を通していなかった。
例えば、血液検査の項目では「PSA値は高く要精密検査」という記載があったのだが、余程悪い状態なら別途病院から自分に連絡ぐらいあるだろうと、忙しさもあって軽く考えていたという。
実際、病院から連絡もないので、「大したことじゃないんじゃないか」と放っておいたのだ。
「コレステロール値が高いことは医師から人間ドックを受診するたびに言われていました。PSA値もそれと同じようなもんだと軽く考えていました」
熟慮の結果、ダヴィンチ手術を選択
前立腺がんの治療法には手術、ホルモン療法、放射線治療の3つがある。
宮本さんは記者会見を開き前立腺がんであると公表すると、会見を見た世界的建築家の安藤忠雄さんから電話が入ってきた。それは「亞門ちゃん、絶対にお腹を切ってはいけない。重粒子線のところに行ったほうがいいよ」というものだった。
宮本さんはそのとき演出する舞台が3つ控えていて、4カ月ぐらいは地方に行ったり海外に行ったりしなくてはならない状態だった。
そんな話を聞いた主治医からは「放射線治療やホルモン療法をするより、スケジュールがタイトな宮本さんのような場合には、全摘出する選択が一番いい方法だと思う」と言ってくれていた。
しかし折角、安藤さんが重粒子線治療を勧めてくれたので、主治医に相談すると、「亞門さんの目で確かめて、自分が一番いいと思う選択をしてください」と言ってくれたのだった。そこで宮本さんは千葉にあるQST病院(旧放射線医学総合研究所病院)に行ってみた。宮本さんは言う。
「そこは病院ではなく、研究所という雰囲気でした」
面談した医師は、宮本さんの持参したレントゲン写真を見て「これは早めにスタートしないと危ないな。しかし、丁度、夏はメンテナンスの時期に当たっているので、早くても2カ月か3カ月先になりますね」と告げた。
「急がなくてはいけないと言いながら治療が開始されるのは2~3カ月先。自分の仕事も入っているのに正直、どうしたらいいのかと思いました。ただこの医師の話を聞いていると『すぐうちでやりましょう』とは言ってはくれないんだとわかりました」
そのとき自分はここには「招かれざる客」、と感じたという。
「全摘手術をすれば勃起障害だとか射精障害だとか、尿漏れなどのもろもろの障害が出るということは聞いていました。一方ホルモン治療を行なえば、人によりけりだそうだがホットフラッシュが起きて精神的に不安定な気持ちになることもある。友人からもホルモン治療の大変さは聞いていましたから。
自分は演出家なので100人近くの人に指示を出すとき、もし僕がホルモン治療のせいで感情的に自分をコントロールしにくかったら、すぐ作品に影響を与えてしまう。それが僕には怖かった。僕ががん治療のせいで演出が酷かったら、出演者にも観客にも迷惑をかける。そこで何が自分にとってのQOL(生活の質)なのかを冷静に考えてみました」
熟慮の末、宮本さんはダヴィンチ手術を選択する。
主治医が「一緒に頑張りましょう」、と言ってくれたことも宮本さんの背中を押した。
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