FP黒田尚子のがんとライフプラン 49

老齢基礎年金の繰上げ受給をする前に知っておきたいデメリット(前編)

黒田尚子●ファイナンシャル・プランナー
発行:2018年4月
更新:2018年4月

  

くろだ なおこ 98年にFPとして独立後、個人に対するコンサルティング業務のかたわら、雑誌への執筆、講演活動などを行っている。乳がん体験者コーディネーター。黒田尚子FPオフィス公式HP www.naoko-kuroda.com/

公的年金は、私たちの老後の生活を支える大きな柱となるものです。しかし、原則として、老齢基礎年金が支給されるのは65歳から。

そこで、「がんに罹患してどれくらい生きられるかわからない……」「治療の副作用で体調が悪く、定年退職後に雇用延長ができない。収入が減って生活が苦しい……」などの理由から、繰上げ受給を選択する人も少なくありません。ところが、繰上げ受給をすると、早く年金が受け取れる反面、状況によっては不利になってしまうこともあります。

今回は、とくに、がん患者さんに生じる可能性のある事例に沿って、手続きする前に知っておきたい繰上げ受給のデメリットについてご紹介したいと思います。

前編は「障害基礎年金」との調整についてです。


まず、基本的な繰上げ受給の概要については、以前執筆した「FP黒田尚子の知ットク!がんマネー処世術 5」の「年金繰上げ受給」(2013年5月)をご参照ください。

その上で、繰上げ受給をするということは、その時点で「65歳に達している者と同じ扱いを受ける」という〝繰上げ受給の効果〟をきちんと理解しておきましょう。

繰上げ受給の最大のデメリットは、減額された年金を一生受け取ることになり、その後、状況が変わったからといって、変更や取り消しができないという点です。

そして、これ以外にも注意すべき繰上げ受給後のデメリットがあり、その1つが一部を除いては、障害基礎年金が受給できなくなるということが挙げられます。

繰上げ請求後の障害基礎年金との調整とは?

そもそも障害年金は、初めて病院で診察を受けた日(これを「初診日」といいます)から1年6カ月を経過した日、あるいは、それまでに治った(その症状が固定化し、これ以上、治療の効果が期待できない状態に至った日を含む)日(これを「障害認定日」といいます)に、障害等級1、2級(障害厚生年金なら1~3級)に該当した場合に受給できます(なお、これ以外に保険料納付要件も必要)。

障害年金を請求する場合、この「初診日」と「障害認定日」に所定の条件を満たしているかどうかが非常に重要なのです。

なお、がん患者であれば、例えば、人工肛門や新膀胱の造設、尿路変更術を施術した場合については造設または手術を施した日、喉頭全摘出の場合については全摘出した日などが障害認定日となります。ただ基本的には、体調が悪くなったとしてもすぐに障害年金がもらえるわけではないということを覚えておきましょう。

そこで肝心の調整が行われるケースについて。

まず繰上げ請求後に初診日がある場合は、障害年金の請求できません(図1「請求できない事例①」参照)。

年金には、「老齢」「障害」「遺族(死亡)」という3つの支給事由がありますが、「1人1年金」という大原則があり、それぞれ支給事由が異なる年金を併給できないことになっています(例外あり)。

そこで、前述したように、繰上げ請求をしてそれが認められると、65歳になったと同じ扱いを受けるので、「生活に必要な年金は『老齢』でもらっているから、その後に障害者になっても『障害』はもらえませんよ」ということになるのです。

また、繰上げ請求前に初診日があっても、60歳以降なら厚生年金の加入者や国民年金の任意加入者などの被保険者でなければ、障害認定日が繰上げ請求後の場合も同様です(図1「請求できない事例②」参照)。

さらに「事後重症請求」もできません。

これは、障害認定日時点では障害等級に該当していなかったけれども、その後65歳に達する日の前日までに障害が悪化し、障害等級に該当する状態に至った場合の請求をいいます。

例えば、以前にがんに罹患して、現在は障害年金を請求できる程度の障害にはないけれども、今後、治療の副作用や再発・転移等で症状が悪化する可能性がある場合、繰上げ請求してしまうと、障害年金が受給できなくなりますので注意が必要だということ。

このほか、障害等級3級に該当し、障害厚生年金を受給している人が、繰上げ請求をした後に、症状が悪化し2級に該当するようになっても、障害基礎年金を受給することができなくなります。

障害基礎年金が受給できるケースもある

一方、障害認定日から3カ月以内の状態の診断書を取得して、障害年金を請求することを「認定日請求(本来請求)」といいますが、これが1部認められるケースがあります。

例えば、繰上げ受給権発生前に初診日と障害認定日がある場合(図2「請求できる事例①」参照)と、初診日において国民年金等の被保険者である場合の障害認定日請求です。その際、障害認定日が繰上げ請求後であっても請求できます(図2「請求できる事例②」参照)。

このほか、障害年金2級以上の受給権者が年金の繰上げ請求後に症状が悪化した場合、1級に上げるための改定請求も可能です。

老齢年金の繰上げを選ぶ人は、年々減少しているものの3割以上いる!

厚生労働省「平成28年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」(平成29年12月)によると、老齢年金の繰上げ受給を行っている人は、平成28年度は34.1%となっています(新規裁定については、9.2%)。

平成24年度は、40.2%でしたので、それよりも若干減少傾向にはあるものの、年金受給者の3割以上を占めているというのは驚きです。

また、年金額がアップする繰下げ受給を選択する人はわずか1.4%。それ以外は65歳の本来受給を選択しています。

実際、年金が本格的に支給されていない60~65歳未満のがん患者からの相談は増加しています。繰上げ受給を行った3割以上のうち、どれだけの方が、繰上げ受給のメリット・デメリットを正しく理解しているのか? 情報を正しく伝えることの重要性を再認識しているところです。

 

今月のワンポイント 年金に関する書籍などを見ると「老齢基礎年金を繰上げ請求した場合、原則として障害年金は受給できない」と書かれてあることが多いようです。ただ今回取り上げたように、実際には、個々の状況によって障害認定日請求ができるケースもありますので、諦めずに検討してみるのも一手です。とはいえ、繰上げ請求した後は、被保険者にならない限り、障害基礎年金の受給権は発生しないと言えそう。くれぐれも繰上げ請求する場合は、安易に決めず、年金事務所などでよく相談・納得をして、慎重に行いましょう。

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