FP黒田尚子のがんとライフプラン 55

がん患者の妊孕性温存とそれにかかる費用は?

黒田尚子●ファイナンシャル・プランナー
発行:2018年10月
更新:2018年10月

  

くろだ なおこ 98年にFPとして独立後、個人に対するコンサルティング業務のかたわら、雑誌への執筆、講演活動などを行っている。乳がん体験者コーディネーター。黒田尚子FPオフィス公式HP www.naoko-kuroda.com/

2017年に策定された「第3期がん対策推進基本計画」には、これまで取り上げられることのなかった小児がんやAYA世代、壮年期、高齢期といった、ライフステージ別のがん対策が盛り込まれています。

このうち、AYA世代とは、15歳から39歳までの思春期・若年成人を指しますが、この世代のがん患者の抱える課題の1つが「妊孕性(にんようせい)の喪失」です。

「妊孕性」とは、子どもを妊娠する力のこと。近年、多くの医学会などで注目のテーマとなっているがん患者の妊孕性の温存について、具体的な方法とそれにかかる費用、自治体等の助成制度について取り上げてみたいと思います。

がん治療による妊孕性への影響は?

卵巣や子宮、精巣などの生殖器にがんが発症すると、手術で切除せざるを得ないケースが出てきます。また、抗がん薬などの薬物療法や放射線療法を行うことによって、これらの臓器に影響を及ぼし、機能不全を生じさせる場合もあります。

ちなみに、筆者が乳がん告知を受けたのは40歳のとき。乳房全摘後、2年間ホルモン治療を行いましたが、その間、月経は止まったままです。「年齢的に、このまま閉経するかもしれない」と主治医から告げられていましたが、治療終了後、数カ月で月経が再開したときには、何だかとても嬉しかったことを覚えています。

筆者の場合、既婚で、すでに第1子を授かっていました。けれども「できれば、もう1人くらい産みたい」と思っていた矢先の発症。それでも治療前に、第2子出産を希望しているなど、主治医へ伝えることは思いもよりませんでした。

仮に、告知を受けたのが、未婚あるいは不妊治療中でまだ子どもがいなかったら、どうしていたでしょう? その当時は、まだがん患者の妊孕性温存に対する認識が低く、がん治療を優先し、出産をあきらめていたかもしれません。

そうなった場合、がん治療で妊孕性を喪失してしまうことに対して、選択の余地がない、仕方ないと理解はできても、後悔する気持ちはずっと残ったままだったと思います。

がん患者の妊孕性温存の方法とは?

がん治療後、子どもを授かる可能性を残すために、がん治療の開始前に、生殖医療技術を用いて、妊孕能温存を行うことを「がん・生殖医療」と言います。

妊孕性温存の方法としては、女性がん患者の場合、卵子凍結、受精卵凍結、卵巣組織凍結、男性がん患者の場合、精子凍結などが挙げられます。

いずれの方法を選択するかは、①がんの種類、②がんの進行度、③治療の状況(薬物療法で使用する抗がん薬の種類、薬物療法の開始時期)、④本人の状況(現在の年齢、配偶者の有無)などによって異なりますが、実際に妊孕性温存を行うがん患者は多くないようです。

がん罹患時に生殖能力を有した満20歳~50歳の男女約500人を対象に行った調査によると、妊孕性温存を実施した患者は全体の約16.8%。

行った妊孕性温存の方法は、受精卵凍結(47%)、卵子凍結(33.7%)、精子凍結(18.1%)、卵巣組織凍結(6%)、その他(1.2%)となっており、受精卵凍結と卵子凍結で約8割を占めています。

「がん治療後に子どもを持つ可能性を残す思春期・若年成人がん患者に対するがん・生殖医療に要する時間および経済的負担に関する実態調査 」(平成28年度がんサバイバーシップ研究助成金(一般研究課題))研究代表者・御舩美絵(若年性乳がんサポートコミュニティPinkRing代表)

また、これらの生殖補助医療を用いた妊孕性温存は、いずれも保険適用外で高額なことも問題視されています。同調査でも、費用について、30~50万円未満が27.7%と最も多いものの、50万円以上も約半数(45.8%)を占めています。

これらの費用は、がん治療とは別にかかるもの。経済的基盤の充分とはいえないAYA世代にとっては重い負担です(表1)。

■表1 女性がん患者の妊孕性温存法

2022年4月1日以降、女性の婚姻年齢が16歳から18歳に引き上げ
出典:「小児、思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン2017 平成28年度厚生労働省子ども子育て支援推進調査事業等より」一部抜粋の上、筆者が編集作成

都道府県が実施する不妊治療への助成金制度

がん患者でなくとも、不妊症などに悩む夫婦に対して、高額な不妊治療費の一部を補助する公的制度として都道府県が実施する「特定不妊治療助成金制度」があります。

対象となるのは、①所定の特定不妊治療以外では妊娠の見込みがない、もしくは極めて少ないと医師に判断された法律上の婚姻をしている夫婦、 ②治療期間の初日における妻の年齢が43歳未満である夫婦です(原則、夫婦合算の所得ベースが730万円以下の要件あり)。

対象となる治療は、「特定不妊治療」といわれる体外受精および顕微授精です。

給付の内容は、妻の年齢等によって異なります(表2参照)。

ただし、自治体によっては、不妊の原因を調べる検査やタイミング療法、人工授精などの「一般不妊治療」に対して助成金を補助するところもあります。

■表2 特定不妊治療助成金制度の給付の内容

がん患者への妊孕性温存のための助成金制度はまだわずか

しかし、前述の助成制度は、対象者が法律上の婚姻関係にある夫婦に限定されており、未婚のがん患者は適用除外となっています。

そこで、滋賀県や京都府、千葉県の一部の自治体(いすみ市、館山市)では、独自にがん患者に対する妊孕性温存治療助成事業を行っています。

対象になる治療や助成金額、対象者などは、各自治体でさまざまですが、基本的には、適用が受けられるのは一生に1回のみ。生殖機能温存療法に要する費用が対象で、入院費や入院時の食費等の直接関係のない費用などは対象外です(表3)。

ただ、不妊治療にかかる費用は保険適用外で高額ですから、利用できる制度があれば積極的に活用したいものです。

■表3 がん患者妊孕性温存治療助成事業

日本癌治療学会「小児、思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2017年版」

 

今月のワンポイント 助成制度は、実施する自治体によって給付内容等が異なりますので、お住まいの各都道府県の公式ホームページで「特定不妊治療」というキーワードでサイト内を検索してみると良いでしょう。受給資格を満たしていれば、国と自治体の両方から助成金を受け取ることも可能です。手続きには期限がありますので、早めに確認することをお勧めします。

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