仕事をしながら療養する
NPO活動と患者会活動が会社の仕事と好循環を生んでいる

取材・文:菊池憲一 社会保険労務士
発行:2011年12月
更新:2013年4月

  
石見雅美さん 石見雅美さん

石見雅美さん(53歳)は、長年、広告代理店で、プロモーションの企画立案の仕事をしてきた。年1回、定期健康診断を受けていた。ところが、2006年9月、乳がん検診で乳がんが見つかり、治療をしたが、残念ながら脳転移、骨転移、肝転移をした。医療費控除などを利用しながら治療をしている。

医療系の仕事に縁があると感じた

06年の夏、左の乳房に異変を感じた。「あせもかな」と思った。あまり気にせず、そのままにしていたが、9月になっても治らなかった。そこで、婦人科クリニックで、乳がん検診を受けた。毎年、会社で受ける定期健康診断には、乳がん検診は入っていなかったからだ。9月末、婦人科クリニックの医師から「乳がんです」と言われた。48歳のときだ。

乳がん告知を受けたとき、ヘルスケア関連事業を行う大手商社系企業に、正社員として転職した直後だった(健康保険・厚生年金・雇用保険に加入)。転職先の会社は7月に設立したばかり。すべてが手探り状態で多忙だった。社長は健診関連の業務経験があり、健康診断に精通していた。石見さんは、社長に「検査で乳がんとわかりましたが、これまでの広告代理店での経験と、がん体験を活かして、仕事はやりたいです。医療系の仕事に縁があるような気がします」と話した。社長は、「それならやってくれ」とすんなりと受け入れてくれた。

10月、がん専門病院を受診。治療方針と入院期間、手術予定日などが決まった。石見さんは、会社の仕事と治療を両立させるスケジュールを組み立てた。入院中は、ノートパソコンと携帯電話があれば、仕事は続けられる。それが可能な部屋を探した。1日3万8000円の個室ならパソコンの使用が可能で、仕事ができそうだった。プロモーションの企画立案の仕事と同じような感覚で、計画を立てた。11月から、仕事をしながら術前の抗がん剤治療を受けた。

07年3月、がん専門病院に入院。左乳房を全摘。わきの下のリンパ節も切除した。2b期で、ホルモン感受性なし。乳がん細胞の増殖を促進するHER2たんぱくはプラスといわれた。4月に退院。入院は21日間。会社の仕事は、個室に持ち込んだパソコンを使って行った。外出許可を得て、打ち合わせをしたこともあった。会社の給料は、通常通り支払われた。差額ベッド料金を含めた医療費はかなりの金額になった。会社で加入中の健康保険と、個人で加入中の2つの民間生命保険会社からの手術・入院の保障金で支払った。

石見さんは毎年、春と秋、鬼怒川か熱海の温泉に家族旅行に出かける。無事に退院した日、予定通り父母と妹の子供たちの7人で鬼怒川温泉に行った。温泉には入れなかったが、楽しかった。温泉旅行後は、入院前と同じように会社に通勤。外来で術後の抗がん剤治療を受けながら働いた。抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けた。かつらであせもができた。両足にむくみが出た。階段を2段上がっても息切れがして、手すりにつかまらないと倒れそうだった。さまざまな副作用に耐えながら、治療を終えた。医師からはハーセプチン()を用いた再発予防の治療を1年間続けるようにと勧められたが、休むことにした。心身ともにきついと感じたからだ。半年後、元気を取り戻した。働きながら外来でハーセプチンの治療を1年間受けた。

入院期間以外は、1日も休まずに出勤。乳がん検診などの女性疾患の検診を普及させる事業に力を注いだ。「医療の分野では、これまでプロモーションがありませんでした。広告代理店での経験と自分の乳がん体験を活かして事業に取り組みました」。会社の仕事は軌道に乗り始めた。術後の経過も順調だった。1人息子は、中高一貫校で寮生活をしているから手がかからない。

ところが、手術後3年目の09年4月、父ががんで死亡。9月母も亡くなり、体調を崩した。母の葬儀の準備中、ろれつが回らなくなり、頭痛に見舞われた。

相談した医師から「脳検査を受けたほうがよい」と言われた。検査の結果、脳に10個ほどの転移が見つかった。通院中のがん専門病院には脳外科がなかった。そこで、大学病院の脳外科でガンマナイフ治療を受けた。09年10月と10年2月、1回に5個ずつ、1日入院で治療をした。社長にはきちんと説明して、会社の仕事に影響がないように心がけた。しばらくしてから、骨転移も見つかった。11年7月から腫瘍マーカーが徐々に上がってきた。今度は肝転移が見つかった。化学療法で治療を始めた。

転移が見つかってから、社長と何度か話し合った。「治療による仕事への影響はほとんどありませんでしたが、自ら申し出て、月給を下げてもらいました。ただし、健康保険・厚生年金・雇用保険はそのまま継続加入し、医療費控除の活用などで、負担を軽減しています」と石見さん。

ハーセプチン= 一般名トラスツズマブ

NPO活動と患者会活動を会社の仕事と両立

会社の仕事と同時に、NPO活動や患者会活動なども行っている。

1つ目はNPO活動で、自分の医療情報を自分で保管できるサービスの実現を目指す。地域や国が変わっても、自分の医療データを自分で自由に使えるようにしたいと考えている。病院が変わっても今までの医療情報を自分で管理することによって、健康を自分で管理できるようにする。

2つ目は「マンマチアー委員会」の活動。「マンマチアー」とは「女性の乳房を守る応援団」の意味。乳がん検診を受けてもらいたい、乳がんで苦しむ女性を減らしたい、という思いを込めた。3人の乳がん患者で結成。月1回の乳がん啓発活動がベースだ。

会社の仕事もNPO活動、患者会活動も、がんの啓発で相互につながっている。よい循環を生んでいるという。石見さんはフットワーク抜群。深刻になりがちながん体験を明るく笑い飛ばしながら話す。「人のために行動し、動いていないと生きている感じがしないの。病気でもバリバリ仕事をして、おいしい食事や温泉旅行を楽しみたい。笑って、楽しくしていたほうが自分らしい。充実しています」と話す。

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医療費控除
医療費がかさんだとき、医療費控除制度で確定申告をすると、税金が払い戻される場合があります。石見さんは、医療費の領収書を病院、薬局ごとにきちんとファイルしています。毎年、医療費控除制度を利用しています。乳がんでは、リンパ浮腫のマッサージ費用、医療用かつらなども対象になります。確定申告(~3月15日)の時期には税務署で無料相談があります。医療費の領収書を整理して、この制度を活用してください。


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